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5:喪失したのは、大事なもの

ピステル家。

この村に居を構える貴族は、とても領民に優しい。

定期的に領民を集めて食事会を催したり、孤児院の経営費用や農作に関わる費用など、多岐に渡る支援を行ってくれている。

シエットの生家らしい、優しさで作り上げられた家。


しかし、それを成せる家を作り上げたシエットの父「マシュー・ピステル」辺境伯は、己にも他者にも、そして実の娘にも厳しい人…というのが、シエットを通して見た「彼女の父親」。

そんな彼と、今から対面する。


「あ、屋敷前に馬車…」

「ちょうどみたいだね。いこ、エレナ!」

「あ、ちょ…シエット!急に走り出したら危ないから!」


長年シエットと一緒にいる私でも、こうしてマシューに会うのは初めて。

と、いうことは…彼はなかなか屋敷に帰ってこない存在であるのだろう。

普段の彼女から、更に子供っぽく。

無邪気に駆け寄る姿は…背中から見ていても、愛らしく思えた。


「お父様!おかえりなさい!」

「ただいま、シエット」


お父様と呼ばれた細身の男性は私とシエットと同じ目線になる為、膝を降ろしてくれる。

シエットの、繋がれた手が…ちょっとだけそわそわしていた。

久しぶりにお父さんと会えたのだ。おそらく、普段の彼女は…帰ってきたばかりのマシューへ抱きついていたのだろう。

ぎゅっと、手に力が込められる。

けれど、今日は少しだけ我慢。


「それから…彼女が手紙で話していた」

「うん!エレナだよ!」

「君がエレナか。娘から話は聞いている。よく来てくれたね」

「お、おひゃつにお目にかかります…!」

「緊張をする必要は無い。シエット、先に食事の準備を進めていなさい」

「はい」


「エレナ、君は私の書斎へ」

「シエットは、別なのですか?」

「二人で話したい」

「は、はい…」


てっきりシエットと二人で話す時間が設けられると思っていた。

しかし、私だけでマシューと二人で話すことになるだなんて…。


「大丈夫だよ、エレナ!私はご飯の準備をしているね!」


マシューに軽く会釈した後、エレナは軽い足取りで去って行ってしまう。

遠ざかるシエットがスローに見える中、私の正面にいる男だけは普通。


「では、私達も行こうか」

「ひゃい…」

「体調が悪いのかい?ああ、孤児院からこの場所は、子供の足では少々きつい道のりだね。抱っこしてあげよう。おいで」

「…」


どうして私は初対面の男にだっこされているんだろう…。

こういうのは久しぶりに会った娘にしてあげるべきだ。


「あ、あの…ピステル様」

「マシューで結構だ。シエットと混ざる」

「し、シエットはシエットです。ピステル様は、ピステル様で」

「マシュー」


…近くに顔がある分、威圧感が凄まじい。

今後の事もある。逆らわない方がいいようだ。


「…マシュー様は、いえ。結局要望通りに呼んでしまったのでこの問答は不要ですね」

「驚いた。シエットから同い年で孤児院の子供と手紙で知らされていたから、普通の子供を想像していたのだが…妙に聡明だな」

「…そ、粗相がないよう、練習していましたので」

「それで身につく言動では無いと思う。年相応の愛らしさがない。強いて言うなら…そうだな。社会に出たばかりの若者のような振る舞いだ」

「…」


この国の成人年齢は十五歳。

それに三年を加えたら、前世の年齢になる。

…見抜かれているわけでは無いと思うのだが、なんというか、見透かされた気がしてしょうがない。


「さて、ここが私の書斎だ。君はシエットのサポートを行うため、先生達に助力を依頼してくれ。それから…待期していただいているミーシャ殿にも声をかけ、食事の場に来ていただけるよう伝えてくれ」

「承りました、旦那様」


背後にいたらしい執事さんは、マシューの命を受け、そのまま立ち去ってしまう。

私は抱きかかえられたまま、書斎の中へ。

分厚く、子供の力では一人で開けられなさそうな扉の先へ…。


◇◇


扉が閉まったと同時に、マシューはそっと私を降ろしてくれる。


「…」

「あの、いかがされましたか、マシューさ、ま…」

それから彼は微動だにすることなく、ぼんやりと私を見つめ続け…口を開いた。

「とりあえず、気を抜いて欲しい。ここでは二人。部屋は声も漏れない設計になっている」

「それはそれで危ないのでは…」

「娘と同い年の子供に危害を加えるような趣味は持ち合わせていない…。改めて、マシュー・ピステルです。娘がお世話になっています。先程は威圧的な振る舞いをして申し訳ない。エレナ・アルケーさん」

「子供にさん、だなんて…」

「子供が相手だとしても、僕は君に十分な敬意を払うべきだと考えているよ」


先程とはうって変わった、暖かな雰囲気。

おそらく、これが本来の性格だ。威圧的な振る舞いは、領土を守る為に形成したものなのだろう。


「手紙で知らされた通りであるのなら、君はシエットの護衛に立候補し…自ら戦う術を身につけるため、私に助力を求めている。その話に齟齬は?」

「ありません。全て事実になります」

「よろしい。しかし、なぜ護衛に立候補を?」

「大事な存在を、失わないために」

「そうかい」


深く聞かず、窓辺へ。

手招きされたその先にいるのは、シエットと三人の女性だった。

彼女が普段通りに振る舞えているところを見るに、きっとあの三人がシエットの先生たちだ。


「実は、あの子には弟が一人いたんだ」

「…え」

「あの子はまだ二歳だったから覚えていない。だから伝えてはいない。産まれたばかりの息子は、妻と妻の生家へ帰省していた道のりで、盗賊団に襲撃され…命を落としているとね」

「…なぜ、それを私に?」

「聞きたいんだよ。私は妻と息子、二人の大事な存在を失っている。君にはあるかい?そういう過去が。そして、残されたシエットを何に変えても守り抜く不動の意志が」

「あります」

「聞かせて貰おうか。君の失ったものと、意志の形成を」


それを話すためには、私の事情を話すことになる。

普通は話さないだろう。話したとしても、シエット相手になるべきだ。

しかし、私は既に選択を間違え、取り返しがつかないところに来ている。

事情を伏せたまま会話を行う選択肢は、もう消えてしまっているのだ。

しかし、マシューはゲーム本編で表立って登場しない上、登場人物全員手が出せない領域にいる。

それに短い時間ではあるが、彼の性格や行動から…口は堅いだろう。

彼からしたら突拍子もない話ではあるが、前世の話を受け入れて貰えば、彼の存在は私にとってとてつもない有利を運ぶはずだ。


「これは前世の話になるのですが」

「凄く唐突にとんでもないことを言い出したね…」

「私は親友を自殺で失いました。理由も分からないまま、できることもできないままに…気がついたら、いなくなっていました」

「…君は」

「彼女を失った私は、現実を上手く認識できなくて…ふわふわとした日々を送っていました。そこを、とある女の子に救われました。それがシエットです。いまから少し成長した彼女は、純鈴エレナに、こう声をかけてくれました」


今でも、思い出せる。

あの日、私はシエットの台詞に救われた。


『私はどんな目に遭おうとも「貴方のせい」とは言わないわ』

『でも、貴方は後悔しちゃうのよね。私のせいでって。自分にできることは、沢山あったのではないかって』

『…その気持ちは大事にすべきよ』

『貴方が悔やんで、泣きたいなら泣きなさい。その涙は私を全て受け止める』

『自分の非力に怒りを抱くのなら、それを忘れず抱き続けなさい。その怒りを私は全て受け止める』

『…それが今の貴方に必要なことだと私は思うわ、エレナ。色々なことに直面し、感情を擦り切らした貴方には、負の感情でも何かしら抱くことが重要なの』

『それを失ったら、貴方は帰ってこられない場所に行ってしまう。私はそこに貴方へ向かわせるわけにはいかない。私に、大事な親友を失わせないで』


…なんてことない、叱咤の台詞。

そんな言葉に、私は確かに救われた。

シエットらしからぬその声に、私は浮ついた意識を現実に固定させられ、失いかけていたものを取り戻せたのだから。


「…そこでやっと、泣けました。何もできなかった自分に怒りを、悔しさを抱きました」

「そうかい。何かを失うと、自分の大事なものまで失いかける。気持ちは分かるよ」

「私はシエットのおかげで、感情を失わずに済みました。貴方もですよね」

「ああ。シエットがいてくれたから、この子の為に頑張ろう。この子が幸せに生きるためならば、何だってしようと…二人の墓前で誓ったよ。君は?」

「私は、失ったものはもう取り戻せないから…せめて、失わないように手を貸せたらなと思っていました」


私があの子にできなかったこと。

自殺という選択を選んでしまう子の助けになれたら、と思うようになり…カウンセラーを目指して進路を定めた。

そこまではいいが…その半年後に、死んでしまったから…何も叶えられないまま転生を果たしてしまった。

そして、かつて自分を取り戻してくれたシエットに巡り会えた。


「彼女は前世の私にとって恩人であり、今の私にとって大事な友達です。失いたくない、大事な存在です。彼女を守るためなら、私はどんな事でもやりきる所存です」

「…とんでもない人間が現れたものだね。前世の話は信じがたいが…信じた方がいいようだね」

「…信じられるんです?」

「今も信じられないけれど、言動は大人びているし、前世の話もしっかりしすぎだ。それに先程の言葉は…妻が年一更新をしていた遺書に必ず書かれていた言葉と一緒。シエットにはまだ文字の読み方を教えていない。君は勿論遺書の存在を知らない。全て同じ文章がでてきたんだ。信じた方が腑に落ちる」


…あの言葉は、シエットのお母さんの言葉だったらしい。

確かに、言い聞かせ方が母親みたいな印象を抱いたが…まさかその通りだったとは。


「ともかく、僕らの意志は同じらしい」

「ええ。経緯こそ違いがあるにせよ…目的は同じ」

「手を取り合わない理由はない」

「取引をしよう、エレナ。僕は君をシエットの護衛に任命し、シエットに同行しても問題が無い人間になれるよう、支援を行おう」

「はい」

「その代わり君は、死んでもシエットを守り抜け」

「勿論です」


「後…そうだな。前世関係の話をしたのは、僕だけかな」

「ですねぇ…」

「この話は僕以外…勿論シエットにも内密でいこう。君はどうやら、シエットの未来で何が起こるか知っているようだからね。その知識を有効活用させて貰う」

「いいのですか?私は貴方が有利になるような…」

「僕が利用するのはシエットに関わることだけだ。余計な知識を蓄えれば、君が知る未来から大きく逸れる可能性がある。君はいいのかい?僕がエルファの子息を殺すチャンスを見つけ、彼を殺し…君が知る未来を改変したりしても」

「それはダメです」


間髪入れずに否定した言葉に、マシューはついつい笑みが零れてしまったらしい。

しかし、その発想が出てくるところから、あの一件はマシューも相当お怒りのようだ。

そこは、安心した。流石に娘を「世界で一番ブス」なんて言われて怒らない父親でなくてよかった。


「だろう?他の知識は己だけで活用しなさい。未来を、大きく変えない程度にね」

「わかりました」

「私が不在の間は手紙でやりとりを行おう。勿論偽名でだ。詳細は後日送付する手紙に記載する。他に何かあるかな」

「じゃあ、一つだけ」

「なにかな」

「今回の一件には、無関係なのですが…シエット。挨拶した時、お父さんに甘えたそうにしていたので、後で私にしていたように抱っことか、沢山してあげてください」


気づいているか気づいていないのか分からないけれど、一応伝えておきたいことを一つだけ。

マシューは想定外の願いに目を丸くしていたが、嬉しそうな笑みを浮かべつつ…冷静を装いつつ、返答してくれた。


「…いいだろう。シエットはとても不思議な境遇にある素敵な友達ができたようだ。これからもよろしくね、エレナさん」

「勿論です」

「では、そろそろシエットの元へ行こうか」

「…再びあれに戻るんですか?」

「当然だよ。この人格は私の弱みだからね。表の性格の方が、付けいる隙を与えずに済むから」


扉を出た瞬間、マシューは先程までの朗らかさを包み、表情一つ変わる気配のない冷徹な気配を身に纏う。

表用人格といつもの人格。その変化には驚かされてばかりだ。

…けれど、これを覚えていたら何かと使えそうな気さえする。手紙で聞いてみようか。


「エレナ、長い廊下を歩くのはきついだろう。抱っこをしよう」

「そういうのは娘さんだけにしてください。それに私、中身十八歳なので」

「精神年齢の点でも、私は三歳年上だ。年上には甘えるといい。それに肉体年齢は子供なのだから、エネルギーを節約できる場面はなるべく節約すべきだ」

「そういうところ張り合うんですか…うん?」


三歳年上。つまり、マシューは二十一歳。


「…若いですね。シエットは十五歳の時の子ですか」

「前世の常識に引きずられているな。この世界では、もっと言えば貴族であるなら十五歳で第一子に恵まれることなど普通のことだ」

「すっごく前世紀…」

「なんだろう。意味は分からないのにとてつもなく馬鹿にされた気がする。君には戦闘訓練だけでなく、一般教養の先生も招集しておこう。常識を身につけたまえ」

「ありがとうございます!」

「嫌味に礼を返さないでくれ…」


ともかく、成果は上々。

私はシエットの護衛に任命され、マシューに支援を受けつつ、戦闘訓練に加えて貴族が学ぶような一般教養も学べる。

さらに、前世の話が共有できる存在もできた。

私は、シエットを守る協力者として、マシューという心強い仲間ができたのだ。

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