3:裏道ではなく、本道を
それからしばらく。
落ち着いた私と上機嫌になったシエットは、丘の上でのんびり過ごすことにした。
隣に腰掛け、彼女が再開した花冠を作る工程を眺める。
一緒にしたい気持ちは山々なのだが…作り方は全く分からない。
こうしてみていると…やっぱりシエットは普通のお嬢様。
将来双剣を携え、エレナを守っていた存在とは到底重ならなかった。
「どうしたの、エレナ。花冠をじっと見て」
「あ〜。作り方、どうなっているのかなって」
「簡単だよ?これをこうして…」
先程よりはゆっくりとした手つきで、編み込まれる様子を見せてくれるが…さっぱり分からない。
何がどうしてそうなって、どうしてそう強固な繋がりが完成するのだろうか…。
「なんでそうなるのぉ…?」
「エレナ、後ろに回るね」
「う、うん…」
後ろから抱きつくような体勢になった彼女は、私の手に自分の手を覆うように重ね、指に触れる。
「ここをね、ここに通して…」
「わぁ…」
「それからこれを、こう…」
彼女の手が私の手を操り、花の茎を編み込んでいく。
こんな穏やかな時間がずっと続いていてくれた方が楽なのだが…そうも言えない。
今は分かれている時間と運命は、いつか編み込まれ…一つに収束する。
その「終わり」はまだ、無数に分かれている状態だ。
どこに進むかは私次第。
悠久都市のアルシェ。個別エンドと共通エンドを含め、エンド数は十四種類。
個別エンドがそれぞれ二つずつ。共通エンドが二つだ。
個別ベストエンドは…エレナと攻略対象のベストエンドではない。
奴らにとって目的を果たせたベストエンドで、エレナのことは基本的にそっちのけだ。
…ただ一つ、隠しだけを除いて。
「エレナ」
「…ワグナーさん」
「ワグナーお兄ちゃん。どうしてここに?」
「急に飛び出したから心配でさ…。追いかけてきたんだ」
孤児院からここまで慌てて追いかけてきたのだろう。
息を切らした私の兄貴分であり…悠アルの隠し攻略対象。
ワグナー・ファルシタン…将来の姿を得つつある年頃の彼は、これまた屈託のない笑みを浮かべて、私とシエットを安心させるように微笑んでくる。
最も、シエットは私の背後に隠れて警戒しているが…。
「よくこの場所が分かったね」
「エレナが行くところなんて一つだけだからな。で、何を作っているんだ?花冠?」
「……」
「ワグナーお兄ちゃん」
「ああ、シエットちゃん。やっぱり俺の事苦手?」
「……」
ワグナーお兄ちゃんの問いに、シエットは返事をしない。
先程述べてくれた三人以外は。やはり怖いらしい。
そんな対応でも、ワグナーお兄ちゃんは怒らない。
「残念。まだまだ時間がかかるらしい。それよりエレナ。お前、今日の洗濯当番もほっぽったろ」
「げぇ!?」
前世のことばかりに目を向けていてはいけない。
今の私には、今の生活がある。
孤児院での当番もその一つ。
忘れたり、サボったりしたらお仕置きだ…。どうしよう…。
「俺が代わりにしておいたから、今度の当番交代な〜」
「助かるよ〜。ありがとう、ワグナーお兄ちゃん」
「いいっていいって。そういうのも「お兄ちゃん」の役目だからな」
勿論だが、私達に血の繋がりはない。
私は産まれて数ヶ月ぐらいの時に、ワグナーお兄ちゃんは六歳の時に両親を失ってここに来ている。
ただ、偶然…同じ日に孤児院に来たことがきっかけで、ワグナーお兄ちゃんはよく私の面倒を見ていたらしい。
それは今も変わらない。将来も、全然変化がない。
全てのルートを攻略した後、ワグナールートが解放される。
攻略対象全員の望みをほどほどに叶え、私がいなくても解明できる目処がたった瞬間、村を出て新天地への冒険へ向かうエンドだ。
最後のスチルは、エレナも晴れやかな笑みを浮かべていた。
ワグナールートは、エレナが唯一真っ当に幸福な未来を掴めるエンドとも言える。
あの曲者揃いの攻略対象の中で、ワグナーは良心的な存在。ダメな要素が全くない信頼できる人とも言える。
しかし、ワグナールートでは一つだけ分からないことが存在した。
他の五ルートでエレナを支え続けたシエットが、全く出てこなくなるのだ。
最後の旅立ち。その見送りにすら来なかった彼女がどうなったかは、プレイヤーも知る術がなかった。
エレナにとって明確な幸福が待つワグナールートは最善と言える。
しかし、「わからない」が存在しているシエットにとって最善ではない可能性がある。
「で、エレナ。そろそろ昼食の時間になるけど…帰ってこないのか?」
「あ〜。うん、もう少しだけ。シエットもお家に送り届けたいし」
「わかった。女の子二人よりは、俺もいた法が安心かもだけど…シエットちゃんはそうも言えないだろうから。先に帰っているよ。夕方の当番は忘れるなよ〜」
「わかってる!」
先に戻るワグナーお兄ちゃんの背を見送る。
不確定な要素があるルートには、絶対に進めない。
…彼女が五体満足かつ生存しているルートはただ一つ。
工夫は必要だが、ワグナールートより確実性がある方へ進むべきだろう。
今後、信頼できる彼の力を借りることはあっても…最後まで彼の手を取ることは絶対にない。
…なんだか、先程から人を利用することしか考えていないことに嫌気が差すな。
しかし、これからもそういう思考を抱き続けなければならない。
少なくとも、身の安全が保障されるまでは。
「…エレナ」
「ああ、シエット。大丈夫?落ち着いた?」
ワグナーお兄ちゃんの背中が見えなくなった頃、私の背後にいたシエットが声をかけてくる。
震えは止まっているらしい。いつものシエットだ。
「ごめんね。ワグナーさんのこと…」
「大丈夫だよ。ワグナーお兄ちゃん、怒ってないだろうし。返事をしなかったこと、気にしているのなら私から事情を伝えておくよ」
「あの事は、秘密にしておいて。私が、お父様と先生と、エレナ以外が側にいる生活が辛いこと…」
「でも、事情を知っている人が多い方がいいと思うよ。それにワグナーお兄ちゃんだったら協力してくれるだろうし」
「…それでも、お願い」
「わかった。これは、二人の内緒ね!」
いつになく真剣な表情でお願いしてきたシエット。
彼女がこうして頼むのだ。隠しておいた方がいいのかもしれない。
「ありがとう、エレナ。じゃあ、そろそろお昼だし…帰ろうか」
「そうだね。お家まで送るよ!」
「お願い」
「そういえば、お昼から訓練なの?」
「うん」
「訓練って、何してるの?」
「今日は、護身術の日。東桜国から、ヴォリアニクスまで渡ってきた武道家を講師としてお招きしているの。これが武術訓練の中では一番大変…」
確か、東桜国はこの世界で言うところの東洋の国。日本に相当するところだ。
ここから留学してきた攻略対象もいるんだよなぁ…時系列を考えるに、彼に出会うのは最後だろうけど。
ちなみにヴォリアニクスは私達が住んでいる国の名称だ。
この町の名はイーシロン。村名はヒュノーシェ。ヴォリアニクスの最北に位置している。
帰り道。丘の上から眺めるその景色は、殺風景。
まだ、何もない。
しかし私達が十五歳になる頃、村外れに遺跡が発見される。
この場所に古代文明が存在していた事実と、不老不死の存在が明らかになれば…この村は文明を研究する学者や不老不死を求めた冒険者が集まり、拠点として活気づく。
何もない、長閑な田舎町の景色を見られるのは、今だけだ。
「どうしたの、エレナ。ぼおっとして」
「ううん。なんでもない。訓練、頑張って」
「勿論」
「私も、すぐに追いつくから」
「…待ってる!」
六歳。前世の記憶を取り戻した私は、ゲーム本編が始まるまで「できること」を行うため、動き出した。
残り十二年。時間は多いようで少ない。
幼子故に、できることも多くはない。
それでも知恵をつけ、体力をつけ、戦闘力を得る。
ゲーム本編のような、シエットに助けを求め、文明解明と町から逃げ出し…今後も攻略対象から追われるノーマルエンドは死んでも迎えない。
私が迎えるべきノーマルエンドは、登場人物を全員出し抜き、文明をシエットと共に解明するエンド。ただ一つ。
下準備には念入りに、時間をかけて。
初めていこう。私達が穏やかに生きられる道を、歩むために。




