ベランダ
父親はベランダで煙草を吸っている。
「親父、ちょっといいか?」
俺が声を掛けると父親は煙草の火を消し部屋に入った。
煙草の匂いが強くした。
「仕事の事で相談なんだけど。」
俺は去年から親父の会社で働いていた。
「また榊さんと口論したらしいな。」
笑いながら父親は言う。
「榊さんが言ってることはわかるんだよ。でもまだ俺も余裕が無くてつい口論になっちゃうんだ。」
「まぁ、働いていけば慣れるよ。」
そう言い、窓を開けたままベランダに出て煙草を吸い始めた。
「親父は苦手な人とかいないのか?」
「たくさんいたし、今でもいるよ。でも俺は社長だからな。そんな事言ってらんないだろ。」
「強いんだな。」
「強いわけじゃないよ。そういう時はこのベランダから煙草を吸いながら街を眺めるのが好きなんだ。」
そう言い親父は窓を閉じた。
会社でミスをしてしまった。
榊さんが注意してくれたのに無視して取引先を怒らせてしまった。
親父と一緒に謝罪に行くことになった。
「お…社長。すみませんでした。」
「誰にでもあることだよ。お前だけのせいじゃない。」
父親は笑いながら言った。
怒鳴る取引先を相手に親父は謝罪をした。
会社へ戻る道中、
「俺が榊さんの言うことちゃんと聞いていれば…。」
俺は呟いた。
「でもこれでちゃんと反省できたろ?」
「ああ、もう同じ過ちはしないよ。」
会社に着くとまた親父が呼ばれて別の取引先に向かった。
「何かあったんですか?」
榊に尋ねると、
「また別のクレームだ。」
親父は別の社員が申し訳なさそうにしている肩を叩き笑顔で励ましていた。
「まだわからないかもしれないけどクレームとかは全部社長が対応してるんだよ。」
「え?」
「俺の会社で起こった事だから俺が謝りに行くのは当たり前。社員だけ行かせる訳にはいかないって。あの人は人間として本当に強いんだ。」
それを聞いていつか俺も親父みたいな大人になりたいと思った。
あれから何年経っただろう。
親父は突然病気で亡くなってしまい俺が会社を継ぐことになった。
死に物狂いの毎日を過ごしている。
久しぶりに自宅に帰ってベランダに出た。
吸ったことのない煙草を取り出し火を点けた。
「ゲホゲホ!」
それでも煙草を吸った。
「親父…。親父の見てた景色だよな?もっと何を見てたのか聞けばよかったな…。」
俺は呟いて煙草の火を消した。