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「ふむ、意外と簡単に侵入出来るものだね」


すっかり陽の落ちた外より濃い暗闇の中、刻止は手当たり次第に物をあさっていた。

その手がコツリと何かに触れた拍子に、ぼうっと光が灯って彼と周囲を照らし出す。


光ったのは小さなランタンに似た何か。

ガラクタに紛れて転がっていたソレを手近な木箱に乗せれば、立派な室内灯として機能した。


そう、ここは、()()なのである。


「おや、ここは倉庫だったのか。良き!やはり先達は我輩クンに味方してくれているらしいね!」


刻止は己が侵入に使った小窓を見上げ、そこに浮遊する光の球に長い袖を揺らした。

彼は森から離れた後、目の前にやってきたこのホタルに似た光に導かれて神殿へと帰りついたのである。更には侵入路まで教えてもらい、今に至る。


"ソレ"が何であったのかなど正しくは分からないし、景色に溶けるように消えてしまった今となっては知りようもないが…刻止は森の方角へ深く頭を下げた。


「…さて!せっかくの倉庫だ。何か使えそうなものでも探そうではないか!」


そして、顔を上げた瞬間にはパッと真面目な空気を消し、彼は埃っぽくごちゃごちゃした室内を歩き回る。

切り替えが早い…というより、興味が移ろいやすいのだ。すでに光球のことは頭に無いだろう。


刻止がまず向かったのは、壁と一体になっている棚。

石造りのそこには埃を被った紙の束や本がぎっしりと詰まっている。


「うへぇ、これは酷い。埃で真っ白じゃないか!荒れ具合から見てもしやとは思ったが…どうやらここはほとんど出入りが無いみたいだね」


都合が良いと目を細め、取り敢えず目の前にあった紙束を手に取ってみた。

袖をハタキ代わりに埃を払って見れば、現れたのは几帳面に並ぶ文字列。

騒がしく煌めく瞳が今だけは鳴りを潜め、彼は真剣にそれを追っていく。

そしてやがて、晴れ晴れした表情で顔を上げた。


「うはははは!読めない!!!」


この場に他の面々がいたらズコー!とずっこけるところである。


刻止はポイッと紙束を放り、調べても読めないだろう本棚から無造作に置かれている木箱へとターゲットを移す。


蓋のついていない箱には、演劇の小道具でしか見た事がないような剣や槍、斧といった武器が本物と思えない気軽さで詰め込まれている。しかし、明かりを鈍く反射させる切っ先は冷ややかで恐ろしく、確かに本物であることを本能的に理解した。


男子としては武器など憧れてしかるべきだし、刻止も当然ワクワクしたものだが、武術に心得が無い以上持ち歩くだけ邪魔なので、泣く泣くスルーを決める。


次に目を付けたのは蓋の閉まった木箱。

けれどもこちらは釘が打ち付けられているのか、非力な刻止では蓋を浮かせることも出来なかった。他の木箱を試してみるも、結果は同じ。


「うーむ…いっそ斧で壊してみようかな?…おや?」


少々乱暴な方法を考えつつもめげずに次の木箱に手をかけたその時、微かに、しかし確かに蓋が動いた。

どうやら釘を飲み込んでいた周囲の木が、腐敗で脆くなっているらしい。


これ幸いと笑みを浮かべた彼は隙間に指を引っ掛け、やや強引に持ち上げる。

予想通り、ミシッと悲鳴を上げながら木箱は開いた。


「うはははは!御開帳!さてさて、何が入っているのかな?」


ランタンを近くに置き直し、好奇心の赴くまま中を覗き込む。

例えるなら…オモチャ箱、だろうか。

箱の中には雑多な道具と綺麗な石、瓶に入った怪しげな液体、丸められた紙、呪われそうな人形や何故か鼻眼鏡、その他何に使うのか分からない不思議な物体がごちゃっと分別なく入れられていた。

讃良に日頃「整理整頓!」と怒られている化学部の倉庫より酷いのではないだろうか。


取り敢えず、刻止はガラクタの一番上にあった物を手に取ってみることにした。


「ふむ?これは…虫眼鏡かな?」


丸いガラスとそれを囲む金属製の枠。

そこから同じく金属製の棒が一本伸びている。

見た目だけで言えば、刻止の呟いた通り虫眼鏡だ。

しかしガラス部分はまっ平らで、従来の虫眼鏡のように物を拡大して見せる力は無さそうである。


「うはははは!名探偵刻止である!!手がかりはどこだー!証拠品はどこだー!凶器はどこだー!」


ガサ入れに早くも飽きてきたのか、刻止は虫眼鏡モドキを右目に当てて遊びはじめてしまった。この名探偵はおそらく毒殺事件の現場には飛んで来ることだろう。


「視界良好!どれどれ…大陸の歴史、勇者とお姫様、スライム(単細胞)でも分かる錬金術、魔法序論、魔物図鑑第Ⅷば…ん??」


パチリ、と瞬いて、刻止は虫眼鏡モドキをどけた。

目の前にあるのは、最初に確認した読めない本と紙の詰まった棚だ。

読めなかったはず、だった。現に今も謎の記号の群れが背表紙に張り付いているようにしか見えない。

しかし、虫眼鏡モドキを再び目に当ててみると…


「ダンジョンの歩き方・中級編…おお!読める!!何かね、これは!!」


つるりとしたレンズ越しに見ると、意味の分からない記号の群れがたちまち日本語へと変わっていくではないか。

この世界にもドラ○もんが存在しているのかと目を輝かせた刻止だが、当然そんなワケがない。


これは魔道具というものであり、人の持つ魔力を使って力を発揮する便利道具だ。明かりとなっているランタンもそうである。

まぁ、今の刻止には知るよしもない事なので、彼の夢が壊れるのはまだ少し先だ。


「うはははは!これで役に立ちそうな本も分かるし、読めるね!良い拾い物をしたとも!早速見繕うとしようじゃないか!」


そうして、遠慮の欠片もない倉庫あさりは小窓から光が差し込むまで続いたのだった。

それを知るは安心したように瞬く光の球だけであり、扉の前にいた形だけの見張りは()()()意識を失っていたので、何も分からないまま全てを見過ごしたのである。



まだ日が顔を出し始めたばかりの早朝のこと。

しぱしぱと寝不足を訴える目を擦りつつ、正希の部屋には勝也、円魔、堅吾、透子、天音、そして讃良が集まっていた。


【勇者】という称号故か皆の倍以上に広い部屋はその人数でも手狭になる事はないが、だからこそ会議室代わりに使われる羽目となり部屋の主としてはやや不服である。


さて、そもそもこんな朝早くから集まって何をしているのかと言えば…


「…読めるかい?」

「無理だな」

「数式並みに意味不明~!ってか、アッキーが無理ならアタシらにはもっと無理だって~」


テーブルの上に積み上げられた本や資料を開いては、揃って頭を抱えていた。


正希達は昨日部屋へと案内された後、宿舎で働いているらしい使用人や見回り兵を捕まえては質問や世間話をし、この世界に関する情報の収集に勤しんでいたのである。


その成果がローテーブルの上に散らばる資料であり、いつの間にか中心核に据えられていた正希他五人が、皆に「後はヨロシク!」と押し付けられたものだ。

ちなみに、他の皆は今頃ぐっすり寝ていることだろう。


「讃良ちゃん、寝てて良いのよ?」

「そうだね。無理に俺達に付き合わなくても…」

「大丈夫です。先輩方こそ、昨日からずっと動きっぱなしですし…一度休んだ方が良いんじゃないですか?」


軽く仮眠を取ってから合流した讃良は、徹夜している面々を心配そうに見渡した。

いきなり異世界なんて所に連れてこられた…それだけでも精神的負担は大きいというのに、その上で皆をまとめ、こうして寝ずに情報を整理してくれようとしているのだ。頭が上がらない。


「うーん…正直なところ、体は休みたがっているんだけどね…あはは」

「残念ながら、とてもそんな気にはなれん」

「…気が急く。…先手を、取らねば、と」

「ここで頑張んないと、アタシらもアイツらもみーんな困るじゃ~ん?ならやらなきゃっしょ~!」


…とは言うものの、中々進展が無く、疲れが溜まっていく一方なのも事実だ。

"異世界に興味津々なお子さま"の猫を被った面々に、「良かったらどうぞ」と本を貸してくれる親切な人(チョロい人)は多かったが…どれを開いても読めないのならただのインテリア。

結局、聞き込みで得られたものだけが意味のある情報だ。


(あまりにも…少なすぎる)


正希は挿し絵の無い本を開いては閉じ、閉じては避け、また次の本をテーブルの真ん中で開く。せめて絵図でもあればと願ったものの、何度繰り返しても出てくるのは読めない文字の群れで…


「うはははは!!キミら、朝っぱらから()()()を囲んで何をしてるのかね!」

「「「なんて!?!?」」」


とんでもない台詞に全員がボンッと顔を赤くして、本から可能な限り距離を取った。


「ふむふむ、第一章…獣人族や妖精族との性交渉を行う前にまず、その体の仕組みを理解するところから始める必要がある。次ページから詳しく解説するが、基本種族が違えば…」

「「まてまてまて!!!!」」


爆弾を投げただけでは飽き足らず、着火させにかかったテロリストの口を正希と勝也が慌てて塞ぎ、円魔と堅吾は見事な連携て件の本をゴミ箱へシュート。なんとも鮮やかな捕り物劇である。

尚、透子と天音は白い目で男衆を睨みながら讃良の耳を塞いでいた。

その讃良はと言えば、何事かと呆けたのも束の間。


「…は、ぇ…え!?先輩!?刻止先輩じゃないですか!!?」

「「「…ぁ、本当だ」」」

「うはははは!」


眠気で頭が回っていないことに加え、とんでもない発言が投げ込まれた衝撃で気付くのが遅れたが、正希と勝也によって押さえつけられているのは毒嶋 刻止その人に間違いない。


「やぁやぁ諸君!!熱烈な歓迎ありがとう!!我輩クンは帰ってきたよ!!」


というか、間違えようがない。


「せ、先輩ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「おっと!?寂しかったのかね?良き!存分に我輩クンを堪能するが良いよ、讃良クン!」

「なんか埃臭いですぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「うはははは!!」


偽物を疑う余地もない通常運転に正希達は目を細め、ここに来て初めてかもしれない無防備な笑みで表情を崩した。

ブレない"普通"が朝日より眩しく、実家…いや、旧校舎のような安心感を感じてしまったのだから仕方ない。

しっかり者の彼ら彼女らとて、所詮まだ子供なのだから。


「…元気そうで何よりだよ。怪我はしていないかい?」

「あの男に何かされたりしなかったのか?」

「殺されかけたし、死ぬ予定だけど…無事だね!!」

「「「ちょっっっっっと待て!」」」


穏やかで優しい雰囲気が一瞬で散った。この人でなし。

感動は頭痛に早変わりである。

「これだからこの変人は…」と呟いた円魔に、皆全面的に同意だ。


「…毒嶋」

「ん?どうしたのかね、皆?顔色が悪いよ!あ、毒でも摂取したのかい?」

「あ"ー!テメェって毒をな!!」

「えぇと…その、何があったのかお聞きしてもよろしいかしら?」

「はいはーい!アタシも聞きたいな~!ってか、殺されかけたって何!?ヤバくない!?」

「うはははは!良き!では語ろうではないか、我輩クンの大、冒、険を!!」


言うが早いか、刻止はずびずび鼻を鳴らす讃良をくっつけたまま正希のベッドの上に仁王立ちすると、舞台役者よろしく朗々と夜中の出来事を語り始めたのだった。


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