3-7
side正希
「おい、正希。起きてっか?」
「あぁ、入って大丈夫だよ」
部屋の主人の許可を取って扉を開けた勝也とその後ろに続いた面々は、何かを見ながらクスクスと笑っている彼に怪訝な顔をした。
"人族の危機を救ってくれ"という漠然とした勝手な願望で誘拐され、仲間の一人が殺されかけ、その彼が身を隠すためにここを立ち去って数日。
刻止を殺したと思い込んでいるオルダスが、「彼は己の力を過信して逃げ出してしまったのです」などと白々しく語ってからずっと機嫌が悪かったのが正希なのだ。
他の面々も演技の下で憤ってはいたが、彼が一番だったのは確実。
神殿の関係者がいなくなった途端、ストンと表情という表情を全て落としたように無になる彼はそれはそれは恐ろしかったと旧校舎のメンバーは語る。
そんな正希がこんなにも穏やかに、上機嫌に笑っているということは…
「毒嶋からの便りか」
「うん、その通りだよ」
「チッ、漸くかよ。遅ぇんだよったく、余計な心配しちまったじゃねぇか」
「まぁまぁ、あの毒嶋さんですから。ちゃんと手紙をくれただけでも良しとしませんと」
「…息災か」
「ねーねー、マッキー!何て書いてあるの?アタシにも見せて〜!」
正希だけで楽しむなどズルいと言いたげに詰め寄る面々に苦笑しつつ、彼はテーブルに皆を呼んで手紙を天板の中心に置いた。
ー 拝啓 皆の者、変わり無く過ごしているかね?金刺クン辺りがうっかり問題を起こしていなければ良いが、まぁ大丈夫だろう!もしもの時はこちらへおいで!歓迎するとも! ー
「何で初っぱなあの特級の問題児に問題児扱いされなきゃなんねぇんだよ!!大きなお世話だ!!!」
始めの数行で"らしさ"全開の手紙に、勝也が目をつり上げてテーブルを叩く。
手紙から「うはははは!」と馴染みの笑い声が聞こえてきそうだ。
「だが実際、あの男を殴りそうになっただろう、不良」
「うんうん。なるべく従順なフリをしようって決めた矢先にね」
「ぐっ…!し、仕方ねぇだろ!アイツの顔見たらつい、その、カッとなっちまったんだから!」
「巌さんが止めてくれて良かったですよね」
刻止が手紙で心配した通り、考えるより先に手が出るタイプの勝也はオルダスに牙を剥きかけた。
その場にいた堅吾が止めていなければ、今頃奴の顔はひしゃげ、勝也の扱いに何かしらの変化があったことだろう。
「てかさ〜、アタシはマッキーの指示だからおけまるー!って感じだったけど、何で従順なフリってのが必要なの〜?」
「奴らを油断させるためではないのか」
「それもあるけど、一番の理由は彼からの忠告かな」
そう言って、正希は手紙の続きをトンと指で叩いた。
黙って読んでみろ、とのことらしい。
ー ところで、誰かあの男に妙に付きまとわれていたり、突然挙動が不自然になってしまった者はいないかね?正希クンには伝えたが、仲間が脅されたり人質にされると厄介だ。波風を立てないよう振る舞いながら、皆に気を配って過ごすことをオススメするよ! ー
「まぁっ!?人質ですって…!?」
「マジかよアイツ…?毒嶋の事だけじゃなく、ンなことまでするつもりだってのか!?」
「…落ち着け」
「幸い、俺達が大人しくしているからかおかしな動きはないよ。ただ、オルダスが"そういう手"を使う可能性は確かに有り得るんだ」
正希も最初はあの忠告の意味が分からなかった。だが、刻止から聞いた話を頭の中で繰り返すうちに気付いたのだ。
刻止が"自分に危害を加えたら皆の反感を買い、都合が悪くなるのではないか?"と聞いた時に返されたオルダスの答え。
そこに、全てが詰まっていることに。
[そんなもの、どうとでもなる]
その台詞に含まれたニュアンスはおそらく、真実を伏せてしまえば良いという単純なものではなかったのだ。
本当に正希達をどうとでも出来ると思っているし、その手段があるという自信からくる言葉。
正希達の前でヘコヘコしている男とは別人のような傲慢さを孕むそれは、まるで己を支配者とでも思っているかのよう。
おそらく、いや、確実に、それこそがオルダスの本性。
直接対面した刻止は誰よりも早く、そして確信をもってそれを察したのだろう。だからこその忠告だったのだ。
「今は俺達が"従順で単純な子供"だから適当によいしょして口車に乗せようとしているんだろうけれど、もし反抗的な態度をとるようになったなら…アレは別の方法を使ってこちらを操ろうとしてくるだろうね」
「成る程な。その場合、最も簡単で効果的なのが人質、か」
「そういうこと」
今回連れてこられた旧校舎のメンバーは、自慢出来るほど結束が固い。
仲間を第二の家族、どころか、家族そのものとして見るほどに。
だからこそ、もし誰かが人質にとられたとしたら…メンバーは容易に手が出せなくなるだろう。
例えば、言うことを聞かないと誰かを殺すと…そう言われてしまったら、皆従わざるを得ない。悩む必要が無いくらいに確信をもって言える。だって、自分はきっとそうだから。
それが分かっているからこそ刻止はわざわざ忠告し、正希はそれに従って動いたのだ。
「胸糞悪ぃ」
「うん。これは、うん、マジで最悪かな〜」
「ふんっ。気分は悪いが、今は屑の事は置いといて手紙を読み進めるぞ」
「…そうだな」
ー さて、本題だ!我輩クンの近況をお伝えしようじゃないか!この手紙から察せるだろうが、我輩クンと讃良クンは海でも火山の真上でもなく、安全に森の魔物の上に転移できたよ!おかげですぐにレベルが上がったとも!ラッキーだね! ー
森の魔物の上に転移したのが果たして安全と言えるのかとツッコミたいところであったが、喉から出かけた言葉を何とか飲み込んだ。
刻止の言うことをいちいち気にしていたら日が暮れる。
ー それで今、我輩クン達はベロニアという街にいるよ!しばらくはここを拠点にしようと思う。 ー
「ベロニアというのはどの辺りだ?」
「ええと、少し待ってください」
円魔の問いに答えるべく、天音は地図を取り出した。
【聖女】である彼女と【勇者】である正希には特別感を持たせたいのか、アイテムボックスが支給されているのだ。
ただしその容量は少なく、両手で抱えられるくらいの段ボール程度ではあるが。
「私達のいる神殿はこの、王国の北にある聖都市アステラです」
天音の桜貝のような爪の先が誰かの付けた赤丸を示す。
それがなくとも覚えてしまった文字に、少しばかり爪を立てたのはご愛敬だ。
「そしてベロニアは…あぁ、ここだね」
そんな彼女の指より南側。"アガレスの眼"を通して地図を見ていた正希が、大森林帯に程近い街に黒丸を付ける。
「ほう。国内ではあるが、面白いくらい真逆の場所に飛んだものだな」
「きゃは!トッキーってわりと強運だよね〜!」
果たして、魔物の上に転移するのは強運と言えるのかという再度の疑問は置いておいて、皆の目は続く文字を追う。
ー 聞いたところ、どうやらここは神殿の手が届きにくい場所らしくてね。おかげで気兼ねなく出歩けるよ!とはいえ、そのせいもあって有益な情報は中々入ってこない無いのだがね。一先ず分かったことは、異世界から【勇者】や【聖女】が召喚されたという情報は市井に出回っていないという事くらいかな。行商にもそれとなく聞いてみたが、噂すら流れていないみたいだよ。 ー
「何だと…?」
そこま読んで、円魔はぐっと眉間にシワを寄せる。
「確か僕達は、人類を救って欲しいなどという大それた理由をつけて召喚された筈だ。それなのに噂一つ流れていないなど…不自然じゃないか?」
ラノベを嗜んでいる円魔だからこその視点だが、この流れでは【勇者】や【聖女】は救世主扱いされるのが定石だ。
だとすると、民を安心させたり国の威信を示す目的で、召喚に成功した事を広めるのが自然ではないかと彼は考える。
そもそも、余程厳重に管理しない限り情報とは漏れ出るものだ。
僅かな空気の違いだけでも人は噂を紡ぎ出すのだから。
しかも、異世界の者に望みをかける程の状況であるなら尚の事、人々は国の動きに敏感になっていてもおかしくない。
にもかかわらず、噂は影すらないという。
つまり、そこまで徹底的に隠しているということ。
理由は分からないが、少なくともオルダスの本性から考えると円魔達にとって利益のある理由ではないだろう。
「んー、アタシには難しい話とかよく分かんないけど〜…原因ってたぶんコレじゃなーい?」
思考を回す円魔を横目に、透子は長い爪でその先の文をちょんちょんとつついた。
ー それともう一つ。どうにも神殿と王国…この場合城や王族と言うべきかな?とにかく、両者の仲はよろしくないみたいだよ。これは街の人達皆が声を揃えて言っていたとも!ー
「王様とかと仲悪いってことはさ〜、もしかしてアタシ達が来たって事も言ってないんじゃね?的な〜」
「…一気に、キナ臭くなった」
「いや元々クセェだろ。更に増したけどよ」
召喚自体が王族…つまり国に内密で行われていたとしたら、成る程徹底的に秘匿する必要があるだろう。
王城より人の出入りが少ない…いや、むしろ無いに等しいこの場所だけであれば、噂を押さえ込むのも難しい話ではない。
大聖堂と言ってもシンボル的なものなのか信者が来ることは滅多になく、山奥にあるせいで近くに人も住んでいないのだから。
疑問に対する答えを得て、円魔は深く息を吐いてソファに身を預けた。
その表情はまるで晴れていない。当然だろう。
如何せん、その答えはある根本的な問題を浮かび上がらせてしまったのだから。
「僕達が呼ばれた目的…随分と疑わしくなったな」
「そうだね。本当に救いを求めて呼んだのなら、たとえ勝手な召喚だったとしてもこんなにコソコソする必要はないと思うよ」
「ですが、人間を襲う危機というものは実際あるのですよね?毒嶋さんが残した本にもありましたし…」
天音がチラリとビューローを見る。
彼女の意図を察した正希はソファから立ち上がると、視線の先から一冊の本を持ってきた。
それは刻止が倉庫から持ち出し、ここに置いていった本の一冊。
題名は『わざわいとひかり』…あえて分類するならお伽噺である。
内容はこうだ。
ー この世界の神様はちょっぴり意地悪です。変わらないものが嫌いで、新しいものが好き。
だから、神様は問題を出します。
新しい"答え"を知るために、問題を出すのです。
「やあ、やあ、私の可愛い子達。好きなように、この災いに立ち向かってご覧なさい」
皆、うんうんと悩みます。
どうすれば良いのかと悩みます。
けれども神様の問題は難しくて、皆困ってしまいました。
神様はちょっぴり意地悪です。
問題が解けないダメな子は、パクリと食べられてしまいます。
やがて、世界から友達が沢山、沢山、消えました。
ですが神様は出題をやめません。
「やあ、やあ、私の可愛い子達。好きなように、この災いに立ち向かってご覧なさい」
皆、またうんうんと悩みます。
どうすれば良いのかと悩みます。
けれどもやっぱり神様の問題は難しくて、皆困ってしまいました。
そうして再び、友達が沢山、沢山、消えたのです。
それでも神様はやめません。
「やあ、やあ、私の可愛い子達。好きなように、この災いに立ち向かってご覧なさい」
皆、またうんうんと悩みます。
どうすれば良いのかと悩みます。
どうしよう、どうしよう。
答えが見つからない。見つからないよ。
このままじゃ、人族は悪い子になってしまう。
そんな時、とある美しいお姫さまの涙がぽたりと枯れ木に落ちました。
するとどうでしょう。枯れ木は見たことのない美しい花を咲かせ、舞い散る花びらが光の道を繋いだのです。
その光からやって来た使者は"勇者"といい、とても素晴らしい力を持っていました。
人々は喜び、王様達は国をあげて宴を催し、皆で勇者を歓迎します。
そして、どうか我らを助けてください、助けてください、と願ったのです。
「わかりました。私が皆を救いましょう」
やがて願いを聞き届けた勇者は災いに立ち向かい、その力で神様の問題を見事解いてみせました。
お姫さまは勇者に口付けを送り、民はありがとう、ありがとうと勇者を褒め称え、ずっとずっと幸せに暮らしましたとさ。また、次の問題を神様が告げるその時まで…めでたし、めでたしー
挿し絵には古き良きドット絵のRPGで見かけるような勇者のイラストが描かれており、その足元にはいかにもな魔方陣。
内容的にもこの"勇者"が召喚された存在であるのは確かだろう。
「なーんか、この勇者ってまんまアタシ達って感じだよね〜」
「けどよ、こいつらは別にこっそり呼ばれたワケじゃねぇだろ」
「"人々は喜び、王様達は国をあげて宴を催し、皆で勇者を歓迎"ってあるから、むしろ真逆だろうね」
「ああ。時代と共に勇者の扱いが変化したのか、あるいはこの"次の問題"とやらに関係なく呼ばれたからなのか…」
「…判断、出来ない」
「そうですね。その通りです。たった一冊の本ではどこまでが真実か分かりませんよね。それに、所詮はお伽噺なわけですし…」
「ぶっちゃけ、アタシらが都合良く考えてるだけで、実際ただ誘拐されただけーって最悪な可能性もあるよね〜」
テーブルを囲う面々に沈黙がおちる。
何が真実で、何が虚飾か。それを判断するにはあまりにも情報が足りなすぎる。
正希はぐるぐると空転するだけの思考をこめかみに指を押し込んで止め、やるせない思いをため息と共に吐き出した。
どんなに気持ちが沈もうが、切り換えねばならない。
自分達の無力感を嘆いている暇はないのだ。
「取り敢えず、状況は何も変わらないけれど…希望は一つ見えた」
「希望って何だよ、正希」
「今回、俺達の召喚が国をあげてのものではないと分かっただろう?だとすると、王城の方にコンタクトさえ取れれば…」
「ふむ…状況は大きく変化する、か」
「うん。少なくともオルダスの手のひらからは抜け出せるはずだ」
むしろ、それこそが一番大きい。
仲間を殺そうとした人間を許せるほど正希達は大人ではないのだ。
刻止の件だけでも怒りでどうにかなりそうなのに、正希の手元には駄目押しとばかりに許しがたい情報がある。
皆には秘密にするつもりだが、それによる憎悪は筆舌に尽くしがたいものだった。
「んじゃさー、トッキーに頼んでみる?」
「…王都から、遠すぎるだろう」
「ええ。それに、頼りっぱなしというのも悪いです。私達の方でもう少し頑張ってみましょう?」
「そうだね。どうやら彼、楽しんでいるみたいだし」
ー そうそう!聞いておくれ!我輩クン達、冒険者になったのだよ!どうだい、異世界っぽいだろう?情報収集の足掛かりと資金調達の為とはいえ、ワクワクしてしまうとも!まぁ初日から絡まれて、殺されかけたけどね!ー
「いやアイツ死にかけすぎだろ」
勝也は顔をひきつらせ、円魔は「外は世紀末なのか??」と混乱を露に文字を追う。
一度流し読みをしていた正希はその先に続く文章を思い出し、そっと額を押さえた。
ー とはいえ、安心してくれたまえよ!我輩クンの愛する毒で、きちんと黙らせたからね!そうそう、こちらでも硫化水素は問題なく効くみたいだよ!ー
有識者…円魔、天音、堅吾は天を仰ぐ。
「ねー、りゅうかすいそ?って何〜?サッシーは分かる〜?」
「知らねぇけど、たぶん殺った」
「まあまあ、ふふ…因果応報ですよね」
「本性出てんぞ【聖女】」
「ふん、正当防衛だろう」
「…だな」
「その通りだよ」
しかし、誰一人として刻止を咎める者はいなかった。
これが旧校舎メンバーなのだ。
常識人の皮を被るのに疲れた者や、普通の輪に溶け込めない異端者、人に言えないような危ない本性を持つ者達の居場所。
そこに籍を置く面々が良い子ちゃんな筈もなく。
特に中心人物たる正希達はネジが外れている。
これまで"腹黒い"という程度で済んでいたのは、ひとえに地球の法があったから…というくらいには。
ー と、いう事で!我輩クンの毒は有効みたいだから、安心して置き土産の事を伝えられるね!正希クン、ベッドの下を見てくれたまえよ! ー
「…ん?」
この辺りはまだちゃんと呼んでいなかったのか、正希はきょとんと瞬いた。
「え、何〜?まさかエロ本〜!?」
「こら、透子ちゃん!しー、だよ?こういうのはデリケートな話題だから…」
「いやその気遣い逆に嫌だし、そもそもそんなもの置いてないからね?」
「ハッ!枯れてんなァ、【勇者】サマ?」
「…ドンマイ」
「怒るよ???」
「茶番はいいから、早く見てこい」
円魔に虫でも追い払うような仕草をされつつ、正希は己のベッドの下を覗き込む。
無いとは言ったが、ちょっとドキドキしてしまったのは内緒だ。
狭い暗闇に目を凝らせば、メイドの入室を拒んでいるせいもあってホコリがちらほらと遊んでいる。その中にキラリと光る物を見つけ、彼はおそるおそる手を伸ばした。
カツリ。指先に、ヒヤリとした固い感触。
「これは…ガラス瓶?」
取り出したそれは、大小の容器だった。
この世界にガラスがあるのかは分からないが、見た目と質感は正希の呟き通りガラス製に近い。
小さい方は手のひらに隠れる程度。
大きい方は握り拳二つ分程の高さで、でっぷりと太めだ。
どちらも腹の中では透明な液体が揺れている。
「おーい、マッキー?何があったの〜?」
「水…ではないかな。何かの液体みたいだけど…」
眉を寄せながらテーブルに戻ると、コトリと置いたそれらを円魔と堅吾がドン引きの目で見ていた。
どうしたのかと思ったが、手紙の続きを見て正希も「ア」と察する。
ー それ、我輩クンが生成した毒でね! ー
「なんて物を人のベッド下に隠してるんだ!!!?」
少し考えれば、いや考えずとも分かっていた事ではある。あの刻止(毒狂い)が用意したのだ。毒じゃない筈がない。
しかしそれはそれとして、毒の上で寝起きしていたという事実に正希の口調が荒くなったのは致し方ない事だろう。
普通に物騒である。
ー 小さい方はいざという時にでも無理やり飲ませてしまうといいよ!勿論、盛っても良いが…どちらにせよ、ケチらず全部一気に使いたまえ。大きい方は使用人や兵の注意力を削ぎたい時にでも食事に混ぜることだ!こちらは少しずつの使用で大丈夫だからね ー
皆の視線がキラキラしたビンに注がれる。
陽光を反射したそれは美しいはずなのに、眺めていると背に氷水を入れられているような心地がした。
何が怖いって、これらが何の毒で摂取すると何が起こるのかが明記されていないことだ。
「円魔」
「鑑定不可だ。文字化けしている」
「そっか…はぁ…」
「いや怖すぎっしょ」
「どうすんだよコレ」
「…危険物」
今日一番の問題がまさか、刻止の置き土産とは…皆は頭を抱えた。
その場に居らずとも問題を起こすのが毒嶋刻止なのである。天晴れと言う他無い。
と、唐突に天音が二本のビンを丁寧に持って立ち上がる。
何をするつもりかと目で追えば、彼女が向かったのは正希のベッドではないか。
そして…何事もなかったかのようにビンを元に戻した。
「天音さん????」
「はい?何ですか、相光さん」
「何で戻したのかな??」
「何の事でしょう?」
正希はオルダスに、この世界の神とやらに問いたくなった。
にっこりと黒い笑顔を浮かべる彼女のどこが【聖女】なのかと。
まぁ、自分にも盛大にブーメランが刺さるのだが。
「っし!んじゃ今日の朝会はこれで終いだな」
「はーい解散〜!」
「…ドンマイ」
「考えてみれば、元々そこにあったワケだしな」
「では、失礼します」
面倒かつ物騒なものを押し付けてそそくさと退出していった皆と正希を隔てるように閉まった扉を、ヂッと特大の舌打ちが叩いた。
「はぁ…揮発性でないかどうかだけ確認しておこうか」
正希はテーブルの上を片付け、ビューローの上へ移す。
そしてふと、そこに貼られた数枚の紙に目を向けた。
否、貼られたでは些か不適切か。
ペーパーナイフにより縫い付けられている、が正しい。
見るからに狂気と殺気を感じ取れるそれは正しく行った本人…正希の狂おしい怒りの象徴だ。
現に今も視界に入れただけで瞳が暗く燃えている。
これは先程皆と見ていた本…刻止が置いていったお伽噺に挟まっていたメモ書きである。
見落とす筈もないので、刻止がわざと挟んでおいたものだろう。
一番最初に開いた正希はそれに気付き、メモ書きのうち一枚に書かれたある一文でここで成す事を決めたのだ。
ー異世界人など所詮、道具に過ぎないー
「…ふふっ!」
陽光が雲で陰る。
まるで彼の顔を見てしまわぬようにと目を塞ぐように。
「あぁ…その時は君の置き土産を上手く使わせてもらうよ。刻止くん」




