第41話 聖女の中の悪魔
「ヘステリアからどす黒いものを感じた?」
「はい、本当に時々……それも一瞬なんですけど、人が変わったみたいに冷酷になるというか……」
「なるほど」
その原因は大体想像がつく。
このゲームのキャラクターには心の善悪を示すマスクデータがある。
数値が高いほど善人であり、低いほど悪人となる。
目安としては、数値が一桁の場合は極悪人だ。
10台だと悪党、20台だと小悪党、30台だと性格が悪い一般人だ。
上を見ると90以上は聖者として崇められるレベルで、80台でも民の模範とされるレベルである。
この善悪ポイントは行動によって多少上下する事があるが、普通にプレイしていれば劇的に変化する事はない。
せいぜい初期値からプラスマイナス20程度が限界だ。
原作では俺マール・デ・バーグは丁度中間である50だ。
何の面白みもない数値だ。
ユフィーアは80でかなり善人。
元海賊のヴェパルさんは40でやや悪人寄りだが、このくらいの数字ならまだ善良な市民のカテゴリーに入る。
ヘステリアは原作で唯一この善悪ポイントの初期値が100のキャラである。
一方その幼馴染のデメテルは2しかない。
プレイヤーが介入しない場合、各キャラクターはこの数値を元にしてどのような行動をするかが決められる。
具体的にはこの数字に最大プラスマイナス10の乱数を加えた結果が判定条件となる。
俺の場合は40から60までの間を変動する事になり、その時の気分でちょっといい人だったり、ちょっと悪い人だったりする。
ヘステリアの初期善悪ポイントは100なので、マイナス10の状態でも90もある。
わざと善悪ポイントが下がるような行動を繰り返して素の善悪ポイントが限界まで下げて、かつマイナス10の乱数を引いたとしても、70までしか下がらない。
どう転んでも悪人になるはずがないキャラだ。
だが新たなバグの発見により事態が一変する。
有志が検証を行った結果、素の善悪ポイントが118以上になった時にそれが起こる事が分かった。
乱数の値を加えた結果が128ポイント以上になった時にオーバーフローを起こしてしまうのである。
このゲームは善人ほど善行をして素の善悪ポイントが上がりやすく、悪人ほど悪行をして善悪ポイントが下がりやすい。
その為、このゲーム屈指の善人であるヘステリアは善悪ポイントがとんとん拍子に上がり、気が付けばこのバグが起こり得る118という数値まで上昇している事がある。
そしてオーバーフローを起こすと行動を判定する数値は一瞬だけとはいえマイナス128相当となり、彼女はまさしく悪の権化となる。
本当に一瞬だけなのでそれによって周りに被害が出る事は滅多になく、またそれに気付く人も殆どいないが、確率はゼロではない。
原作でも他の主人公を選択していたプレイヤーから、NPCのヘステリアが突然破滅の呪法を用いて地方の都市をひとつ吹き飛ばしたとか、自ら魔物の封印を解いて王都を攻め落とさせたとか、祝福の歌の代わりに呪いの歌を歌いだして王都全体が地獄のような光景になったとか、このバグの事が知られていなかったら誰も信じないような出来事の報告も上がっている。
レベルが低い内は聖女としての力もたかが知れているので大して脅威にはならないが、S級パーティまで成長した今なら話が違う。
ユフィーアの話から、ヘステリアの善悪ポイントは遥か昔に118以上になっていると判断できる。
何かが起きてからでは遅い。
俺とユフィーアは急いで準備を整え、氷の洞窟があるキルヒホッフアイス山へ向かった。
◇◇◇◇
王都の北にあるキルヒホッフアイス山は万年雪を纏った高大な山だ。
雪に閉ざされた厳しい環境は人間達を寄せ付けず、氷属性の魔獣達の楽園と化している。
そしてこの山の主として君臨しているのがアイスドラゴンである。
その性格は凶悪そのもので人間を全く恐れず、度々人里へ下りてきてはそこに住む人々を襲い、その大きな口で一飲みにする。
ヘステリアはアイスドラゴン討伐の依頼書がギルドの掲示板に貼られるや否や、即座にそのクエストを受注したらしい。
アイスドラゴンの推奨討伐レベルは100。
普通に考えれば平均レベル90台のヘステリアのパーティには荷が重いはずだが、ヘステリアは聖女の座から引きずり降ろされた今でもその力を使いこなす事ができる。
恐らく俺達の助力は必要ないだろう。
俺達は彼女を追って山の麓にある氷の洞窟の内部に侵入する。
洞窟内ではアイスタイガー、アイスコウモリ、アイスオーク、アイスシャーク、アイスニャルラトホテプなどの氷属性の魔獣が次々と襲いかかってきた。
どいつもこいつも今まで出てきた魔獣の色違いで、元々の魔獣に氷属性を付与した程度の違いしかない。
開発スタッフの手抜き具合が伺える。
この洞窟の魔獣は弱点が統一されているので対処が楽だ。
ユフィーアは手当たり次第炎魔法で焼き尽くしていく。
特に苦戦するような魔獣も現れず、気が付けば俺とユフィーアは談笑しながら戦っていた。
「そういえばユフィーアは昔単騎でドラゴンを討伐した事があったよね。アイスドラゴンも同じようにひとりで倒せそう?」
「どうでしょう? アイスドラゴンって実際に戦った事がないんですよね」
「ヘステリアのパーティがアイスドラゴンを討伐したら、竜殺しの称号を取られちゃうかもしれないね。いや、アイスドラゴンだから氷竜殺しになるのかな」
「私は別にその称号に拘ってる訳ではありませんけど」
「そうなの? かっこいいと思うけどな」
「そもそもドラゴンって皆さんが思ってるほど強くないですよ? ちょっと図体がでかいだけのトカゲじゃないですか。そんなものよりどうせなら魔王殺しとかの称号が欲しいですね」
「お、おう。頑張ってね」
ユフィーアとのおしゃべりが終わった頃には洞窟の最下層まで到着していた。
アイスドラゴンはこの階層にいるはずだ。




