第3話 ようこそバグだらけの世界へ
「なんだよこのクソゲー、バグだらけじゃねえか!」
俺はゲームが趣味のごく普通の高校生だ。
夏休みを利用して先日発売されたばかりのゲーム、Phantasy of the Windをやり込んでいるところだ。
それにしてもこのゲームはとにかくバグが多い。
ストーリーやシステムは面白いんだけど、それをチャラにしてくれる程の大量のバグが存在する。
噂では過酷な開発環境とぎりぎりの納期に耐えられず、デバッガーが全員バックレてしまったが、メーカーとしては発売を延期する訳にもいかないのでそのまま納品してしまったという経緯らしい。
攻略サイトの掲示板はもはやバグの発表会場と言っても差し支えない程、日々新たに発見されたバグ情報の投稿で溢れかえっている。
バグは今後のアップデートで少しずつ修正されていくそうだけど、俺はもうラスボスの前まで進んでしまっているんだ。
俺がクリアするまでには修正は間に合いそうもないな。
バグといってもゲームの進行の妨げになるものばかりではない。
レベルが無制限にアップしたり、無条件で敵を撃破してしまうような、プレイヤー側に有利に働くものもある。
しかし俺はそんなものには頼らない。あくまで正々堂々と戦う。
それがゲーマーとしての矜持だ。
そして俺はラストダンジョンを走破し、ついにラスボスまで辿り着いた。
ラスボス戦の途中でも容赦なく襲いかかるバグの数々。
味方の回復役は突然回復魔法を忘却し、魔導士がラスボスに電撃魔法を放つと主人公が黒こげになる。
一方でラスボスが使い魔を召喚すると、何故かこちら側に仲間として加わるという有様だ。
ダメ元で逃げようとしたところ、何故かこちらのステータスが大幅アップして通常攻撃が常時クリティカルヒット扱いになった。
RPGにはよく相手を混乱させる魔法が登場するが、プレイヤー自身をここまで混乱させるゲームは今まで経験した事がない。
そんなこんなで訳が分からないまま戦闘が進み、最後には勇者の剣がラスボスの胸を貫いた。
断末魔の悲鳴と共に崩れ落ちるラスボス。
どうやら勝利したらしい。
俺は正々堂々と自分のプレイヤースキルでラスボスを倒すはずだった。
しかし、このゲームのバグがそれを許してくれなかった。
ラスボスに囚われていた姫を救い出すと、何故かその姫と野球拳が始まる。
ここまでくると本当にバグなのか、それとも仕込みなのか分からなくなってくる。
画面上にグー、チョキ、パーの三つの選択肢が表示される。
折角だから俺はパーを選択する。
姫はチョキだ。
「あー、負けちまったか」
画面が暗転し、無情にも『ゲームオーバー』の文字が表示される。
もはやエンディングはどうしたなどと突っ込む気も失せていた。
ビリッ
その刹那、俺の身体が痺れ、意識が遠くなる。
まるでコントローラーを通して俺の身体に電気が流れた様な感覚だ。
(漏電……? やば……)
それが俺のこの世での最期の思考となった。
◇◇◇◇
「マール、いつまで寝てるんだ。もう朝だぞ」
男の声が聞こえる。
「さっさと起きなさい!」
うるさいな。
俺はうっすらと目を開ける。
ここは……ベッドの上……?
「起きろ!」
「うわあっ」
がたいのいい壮年男性が俺の被っていたかけ布団を無理やりはぎ取る。
「マール、今日は冒険者ギルドに登録をする大切な日だろ。さっさと支度をせんか」
マール……そうだ、俺の名前だ。
いけない、まだ寝ぼけているようだ。
「ああ、そうだった! 父さんもっと早く起こしてよ」
俺はベッドから飛び起きて急いで支度をする。
「さっさとそれを持ってギルドへ行って来い!」
俺は父親に鞄を投げ渡され、家から追い出される。
鞄の中には筆記用具にノート、そして履歴書が入っていた。
俺は履歴書に書かれている内容を確認する。
「氏名マール・デ・バーグ。年齢17歳。父はグラン・デ・バーグ。職業は冒険者」
父の様な立派な冒険者になる事を夢見ていた俺は、その日冒険者ギルドへ足を運び、幼馴染のホリン、ミーリャと共に冒険者となったのである。
以上が俺がこの世界に転生してきた時の記憶だ。
俺はゲームの内容を思い出す。
マール・デ・バーグはゲーム序盤から仲間にする事ができるキャラの一人だ。
原作の設定では剣と魔法を使いこなすユーティリティープレイヤーとして活躍するという事になっているキャラだ。
しかし、とあるバグによってゲーム内ではこのキャラは地雷扱いをされている。
何故か敵を倒しても一定以上の経験値が貯まらず、レベルが10までしか上がらないのだ。
有志が検証を行った結果、マールの経験値と、とあるイベントのフラグ管理をしている変数の記録領域が被っており、戦闘が終わった瞬間に上位1バイト分の経験値が強制的にリセットされる為にそんな事態を引き起こしているそうだ。
今考えれば、俺が全然成長しなかったのはこのバグが原因だったんだなあ。
そんな事を考えながら、俺は眠りに就いた。