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第1話 捨石にされました

「おいマール、ボサっとしてねえで早く俺の援護をしろよこのグズが!」


「ちゃんとやってるだろ!」


 その夜、村の入り口付近に怒号と悲鳴が響き渡った。


「何よあれ、あんなのがいるなんて聞いてないわよ」


「くそっ、何が中級パーティにぴったりのクエストだ。あんなの伝説の勇者でもなけりゃ無理だろ」


 群れをなすオークの襲撃から辺境にある小さな村を守る。

 それが今回俺達のパーティ【トライアド】が受注したクエストだった。


 オークはモンスターの中でもかなり弱い部類に入る。

 レベル10程度の冒険者なら余裕を持って狩る事ができるはずだ。


 俺の仲間である戦士ホリンと魔法使いミーリャはどちらもレベル30だ。

 冒険者の成長(レベルアップ)には個人差がある為、俺は二人よりもレベルは低いがそれでも10だ。

 例えオークが群れで襲いかかってきたとしても負ける要素はなかった。


 しかし、オークの群れの中にひと回り大きな個体、オークチーフがいたのだ。


 オークチーフは本来ならば魔王の影響下にある魔界付近にしか存在しない上位の魔物だ。

 それがこんな片田舎に生息しているなど前例がないのだが、事実俺達の目の前に立ちはだかっている。


 オークチーフの腕から振り下ろされる大木のような棍棒の一撃を受ければ俺達はただでは済まない。


 俺はもちろんの事、ホリンとミーリャも身をかわすのが精一杯。

 じわじわと体力を削られる一方で、とても攻勢に転じるような余裕はなかった。


「ちっ、こうなったら仕方ねえ。マール、こっちにこい」


「なんだホリン?」


 俺はホリンに手招きをされて近くに寄る。


「こうするんだよ!」


「なっ!?」


 次の瞬間俺はホリンに突き飛ばされ、尻餅をついて転がる。


「痛っ……ホリン、何をするんだ!」


「悪いなマール、さすがにあいつを相手にするのは俺達には無理だ」

「私達の為に精々時間を稼いでね。バイバイ!」


 そう言い残すと、ホリンとミーリャの二人はオークチーフに背を向けて走り出した。


「おい、お前ら逃げるのかよ!」


「お前のような役立たずを今日までパーティに入れてやっていたのは、こういう時の為なんだよ」

殿軍(しんがり)なんて最高の名誉よ。良かったじゃん」

「最期に活躍の機会を与えてやるんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」


 何が殿軍(しんがり)だ、ふざけるな。

 あの二人、俺を捨石にして逃げやがった。


 見上げると、オークチーフが俺を凝視して棍棒を振り上げている。


「避けなきゃ……い、痛っ!」


 俺は転倒した時に足を挫いたらしく、満足に動く事ができない。


「回復魔法を……ダメだ、呪文を詠唱している時間がない」


 あの棍棒が振り下ろされた時、俺は間違いなく死ぬだろう。

 残念だが俺のこの小さな命は時間稼ぎの役にも立たなかったようだ。ホリン、ミーリャ、俺が死んだら次はお前達の番だぞ、ざまーみろ。


 俺の脳裏には今までの出来事が走馬灯のように流れてきた。

 両親の顔、初めて冒険者になったあの日の事、初めてクエストを達成した時の事。

 そして……今まで忘れていたような映像も流れてくる。

 誰だったかなこの人、どこだここ……全然記憶にない映像も流れてきたぞ。

 自分の記憶力の悪さに呆れてため息が出てくる。


「もう充分だ」


 俺は覚悟を決めて頭上の棍棒を見上げる。

 しかし、オークチーフの腕は一向に振り下ろされる気配はない。


 オークチーフが仲間に捨石にされた憐れな俺に情けでもかけてくれたのか?

 いや、そんなわけないか。俺の怯える姿を見て楽しんでるんだ。

 つくづくモンスターってやつは嫌な性格をしてやがる。


 そう思った次の瞬間、俺の目には信じられない光景が飛び込んできた。


 ゴロン。


 オークチーフの首が胴体を離れて転げ落ちたと思うと、頭部を失ったその身体はゆっくりと後ろ向きに倒れた。


「大丈夫ですか、少年」


 声のする方を見ると、ひとりの女騎士の姿があった。


 蒼天の様に透き通った蒼色の髪に、深緑の瞳。


 俺はこの女性を知っている。

 いや、このレイフィス王国で彼女を知らない人はいないだろう。


 ──勇者ユフィーア。


 王国に仕える騎士で、ドラゴン討伐等の数々の功績から、国王陛下より勇者の称号を賜った英雄だ。


「村の付近で巨大な魔物を見たという報告を受けてやってきましたが、まさかオークチーフがこんな辺境の村に現れるとは。後は王国の騎士である私がやります。民間人のあなたは下がっていなさい」


 そう言うと、ユフィーアは長い髪を(なび)かせながら周りのオークを手当たり次第斬り伏せていく。

 この目にも止まらぬ剣速こそ、ユフィーアを唯一無二の勇者と言わしめている所以だ。


 それにしてもこの上からの物言い、ユフィーアは昔から変わらないな。

 年齢だって俺とほとんど変わらないのに少年呼ばわりとか……。


「ん……昔から?」


 おれは違和感を覚えた。

 ユフィーアを最初に見かけたのは、俺が冒険者になった当日だ。

 ドラゴン退治を終え、その首を担いで王都に凱旋した彼女の姿を遠目から眺めていた……。


 いや、違う。俺はもっと前からユフィーアの事を知っている。

 さっきの走馬灯の中にも、魔王と戦うユフィーアの姿があった。


 ……いや待て、そもそも俺は魔王と面識はないぞ。

 何故あれが魔王だと分かる?

 過去にあんな場面に遭遇した事はないはずだ。


 じゃああの記憶は一体……


 俺は戦闘中という事も忘れ、頭を捻って思考を巡らせる。

 そしてその記憶の断片から、一つのタイトルが脳裏を(よぎ)った。


「ファンタシー・オブ・ザ・ウィンド……」


 俺が昔遊んでいたゲームだ。


「ゲーム……」


 そうだ、あれは俺がここではない別の世界に生きていた頃の記憶だ。

 俺は走馬灯によって前世の記憶を思い出したのだ。


 ……待てよ、つまり俺はあの時死んで、ファンタシー・オブ・ザ・ウィンドの世界に転生したって事か?

 そうとしか考えられない。


 俺は大きなため息をつく。


「よりによって転生先があのバグゲーの世界かよ……」

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