91.閑話 僕たちの主マリー
《シエロ視点》
倒れていくマリーを見るのは、これで何度目だろう。
自分のことよりもいつも誰かの心配ばかりして、深い眠りに入るマリー。
本当であれば15歳で覚醒するはずだった力が、前世を思い出したということから、7歳とかなり早まった。そのせいで力が体に収まりきれず、気を失うという安全装置が働く。正直何度止めようと思ったかわからない。
個人的には力づくで止めて怒られた方が精神的に楽なのだけど、――まあ、止めても止まらないだろうと予想が付く。
無意識なのだろうね。
・・・それに、もう聖女としての魂が完全に呼び起こされている。今までみたいに相手に名を付けるという『絆』で結ばれた契約でなく、名で名を縛るという聖女としての契約が行われた。
聖女マリーの意思がそこにある限り、これから出来るダンジョンという地下街は、不可侵の地域となる。
マリーはもう一つの記憶が戻った時、どうなるのだろうか。出来ればこの世界の今世は聖女であっても、普通に女性としての人生を送らせてあげたいと神は願っていた。
『崇められ、傅かれるだけの聖女なんて、つまらないわね。来世は、普通の人がいいわ』
眠るようにこの世界を去った大聖女の最後の言葉だったらしい。
今となれば実にマリーらしいと思ってしまう。
神はその言葉を世界に貢献した大聖女を労わるように、聞き届けた。
徳を積んだ聖女の魂は、地球という上位の星へと転生された。
その地球でマリーの前世は残念ながらアラフォーと呼ばれる、人生半ばにして終わってしまったが、普通に生き、喜怒哀楽全てを経験したらしい。
それはなんだかわかる気がする。
自由なのにもかかわらず、どこか自分でブレーキを掛けるように縛りを作る。どこか窮屈そうな気を感じるのは、可能性を見出しながらも、限界を知っている人のものだ。
だからこそ、倒れるだけにとどまっているのだと思う。不安を持たない、先を考えない若さゆえの暴走をしていれば、この村に多分マリーはいなかった。とっくに街まで冒険だと出かけ、国に目を付けれらていただろう。
この村だけであるならば、もう少し時間が稼げる。
マリーのお陰で隣村の状態が回復したことも、まだ知られてはいないしね。
正直闇にかかわりたくはないが、あれはクロの領分だ。
闇で光を隠すように、この村が発見されないように、王国に目を付けられぬうちに、迷い石を作らせよう。その上でテーレに周りを樹で埋めさせ、森で囲ってしまえばいい。
この状態に陥ったのも、結局は人間の欲が具現化されただけのこと。自分たちの犯した罪を認めないまま手を差し伸べてしまえば、延命された分だけ反動が来るに違いない。それに本来ならば15歳まで聖女の力は封印されていたのだから、マリーがそれを知る必要などないのだ。
せめて体が整う最低の年齢10歳までは、穏やかに過ごさせてやりたいと神は言った。
その願いは僕の願いでもある。
だからね、マリー。
趣味でダンジョンを作るのは賛成だよ。
村を発展させるのも賛成だ。
沢山新しい植物を生み出して、楽しく笑っていた欲しい。
なんなら、卵を沢山生み出してもいいと思う。
マリーの好きなもふもふの国にしてしまってもいい。
だからね、無理をしないで。
《クロ視点》
相変わらず規格外な主だ。
腕の中のマリーからは、寝息が静かに聞こえてくる。
ただ不思議なのは今回倒れた原因が、完全な魔力切れではないこと言う事だ。
確かに表に視える魔力はあまり残っていない。だが、奥深くにある魔力タンクともいえる魔力壺には、まだまだ残っている。その証拠に、今回はテーレが騒いでいない。これはどういう意味を持つのか。
・・・まさか。
「クロ、それを口にしないでね」
「どういうことだ、シエロ」
「そんなことより、早くマリーを休ませてきて。僕には出来ないんだから」
少し拗ねたような物言いで、我を急かせた。
確かに横になってもらったほうがいい。
軽い体を持ち上げ、マリーのベッドに運んだ。
先ほどよりも寝息が安らかになった気がする。
ああ、そうか。この部屋はサクレの気で満たされている。常に回復が促されているのだ。
闇をつかさどる我がこの部屋に居ても問題がおきないのは、マリーとの契約があるからだろう。
本当に、不思議な子供だ。
『クロ、外に』
態々念話で我を呼び出すとは、先ほどのことだろう。
外に出てすぐに音漏れ防止の結界が張られた。
「クロが気付いたことは、絶対にマリーに伝えないで」
「何故だ?マリーも気づいていないのか?自分の体だぞ?」
「気づいてはいると思う。だけど、無意識に制限しているのだと思う」
「何のために?あれがあれば、どんなことでもマリーならば出来てしまうだろう」
「だからさ。マリーが自分の力を過信して、誰も我々を頼らなくなるほど怖いものはない」
「外の奴らか・・・」
「それだけじゃないけどね。わかっているなら、黙っておいて」
「シエロがいいのであれば、問題ない。我はマリーさえ笑っていればいい」
「ふん!今頃気付いたのか、遅いね!」
一々突っかかってくるシエロにムッと来るが、子供の言う事だと放っておいた。
あの魔力壺を使えば、マリーに出来ないことなど何もない。今は精霊を頼っていること全て、一人で出来てしまうのだから。それがわかれば、マリーは一人でどこかに出かけ、一人で冒険をしてしまうかもしれない。知らない間にマリーが危機に陥っているなんてことがあれば・・・。
――考えたくはないな。
皆、元魔王の我より酷いことになりそうだ。
まあ、マリーに何かあっても問題はない。我ならば少しでも影や闇があるところならば、すぐにでもマリーのとこへ行けるのだから。
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