7.無意識に自重していたらしい
目が覚めた時には、目の前にお供え物?があった。なんかの苗木?野菜の苗?これは何だろう?
「目が覚めた?」
「うん。これなに?」
「森の精たちが運んだ色んな果物の木よ。余っていたジャムを巡って何やら話し合いがあったみたいだから、作ってほしいという意思表示かしらね」
「ふーん」
甘いものが好きというのはわかる。だけど、父の話だと酒が好きなんじゃなかったの?精霊によるのかな?
「テーレ、ジャムすき」
もしかして森の精はテーレの眷属だから、テーレが好きなものが好きなのかも。サクレの周りに植えて一緒に育成したら、大きく育ちそう。
「中々手に入らない砂糖がでたら、嬉しいわね」
母のその言葉に、衝撃が走った。
そういえば、砂糖を使ったお菓子や料理はほとんど出てこない。辺鄙な村だから仕方ないとどこかで思っていた。スローライフを楽しむためには、甘いものは必須だというのに。
花を育てて蜂の養殖が出来たなら、はちみつが手に入るからと思っていたけれど。
なんてことだ・・・。
ジーザス!
いやいや違う世界の神に祈ってどうする。
あたしにはテーレという素敵な子がいるじゃないの。
うふふふっ!
「テーレ、あまいジャムたくさん作ろうね!」
「ジャム!」
これがキッカケでマリーは無意識にアラフォの常識に囚われていた自重さんが、全く機能しなくなることを今はまだしらない。
テーレのるんるんオーラに沿うように、心なしか周りの木々もと一緒に楽し気に揺れている。
それを見ておもいだした話がある。
確か父がお酒を飲んで酔っ払うとよく話す話の中に、精霊の森のことがあった。
酔っ払いの話は無駄に長いし、要領得ないことが多いので確かではないけれど、要約するとこの村の森奥深くに精霊の泉があり、その泉の水で作った酒を森の精霊はたいそう喜んでいたとか。
だからその森のことを精霊の森として村人たちは不可侵を決めていたが、魔物が増え始め、その数の多さと強さで精霊の泉に行くことが出来なくなり、水の精も森の精も瘴気によっていなくなった。という話だったと思う。
間違いないねー。
ざわめきの中に、森の精じゃない声が混ざっている。
父の酔っ払いの戯言とか思っててごめんよー。
しかもかわいい声なのに、「酒欲しいー」とか聞こえるし。
欲しかったら手伝ってね。働かざる者食うべからずだよ。
って、心で言いました。言いましたけど、これは…。
母再びフリーズ!
エディは振り回していた棒で、やってきた色んな水色のぷにぷにを突いている。
空色、水色、紺碧、瑠璃色と見た目はグミみたいでカラフルで可愛いけど、言っていることはおっさん。
酒以外にないんかい!
「エディ!」
母が今までにないくらい顔色悪くなっている。昔見て怖くて寝られなくなったゾンビのようである。
あ、そうだよね。
どんなに突かれても酒をくれとしか言っていない水の精。
エディのことを怒ってないし、何度も向かっていく様子は鼻歌歌っているかのように上機嫌で、微笑ましい。
きっと久々の人間との交流に、テンションが高いだろうとしかあたしには思えないけれど、母はこの世界の常識を知っているから、水の精の怒りを買ったらどうしようかと思っている。
可哀そうだから、早く誤解を解いてあげないと!
「かーさん、水さん、たのしいって」
「・・・楽しい?」
「さけー!って言いながら、あそんでる」
「え、あ、酒?」
「おさけ作ったら、あげるの」
そうだ!そうだ!とぽよん、ぽよんと跳ねている姿は、アニメの中のスライムそっくりだ。そういえば見たことないけど、この世界にスライムっているのかな?
そんな呑気なことを思っているあたしとは別に、母は酒の言葉で混乱から我に返ったようで、ホッとした表情を見せ、脱力していた。
ごめんねー。
これからもきっと間違いなくこの世界の常識を覆し、驚かせることばかりになると思うけど、母にも何か作るからね!
やっと頬に赤みが差してきた。
あ、うん。
この世界で生きやすくするためにも、綺麗になるもの大事!
そう、大事だよ!
それに甘いものだけではなく、酒を造るとなれば自重していられない。
水の精を満足させるためという建前もあるのだ、やるよ!
おー!
その心の声に合わせて水の精が一斉に飛び跳ねた。
楽しいね!