56.事件勃発
その日は色んなことがあってあたしは横になってすぐに寝い入った。
勿論、シエロの鬣に埋もれて。
そんな中おっさんの叫びが響き渡った。
「なんだ、なんだ!魔獣か!」
その叫び声の元に見張りをしていた村の者たちが、薪を持って駆け付けた。
そこには目を回して倒れている隣村の者と、何が起こったのか理解が出来ていないアマンダが呆然としていた。
「アマンダ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。それよりも何が起こったのか」
男が倒れている訳が分からず如何したものかと思案していると、リセがやってきた。
「あ、リセこれどういうことかわかるか?」
村の人はマリー絡みではないかと予想している。
その予想は、当たっている。
リセは村人にニッコリと笑ったかと思えば、後からやってきた隣村の村長を底冷えするような視線で射抜いた。
「アマンダになにをしたの!」
「どういう意味かわからん」
「へえ、そうですか。では、この者はこちらで処分させて頂いても?」
「な、なにを貴様は言っておるのだ!」
「アマンダに不埒なことをしようとした者を、裁くのは当然でしょ?それとも隣村では、泣き寝入りが普通だと?」
その言葉に駆け付けていた村人は、隣村の村長にいきり立った。
「どういうことだ、説明しろ!」
「意味が解らんな」
隣村の村長は苦々しい顔をしながら、「濡れ衣を着せるのがお前らのやり方か」と逆に罪をこちらへ着せようとする、実に小賢しい人物であった。
そんな言葉に皆、グッと声を詰まらせる。
リセは必死に考えた。結界石のことをいうのはいいが、それを証明させるためにはアマンダを攻撃しなければならない。もう一度襲われるという体験をさせることには、正直気が進まない。
意識を失っている隣村の者を睨んでも目を覚ます様子もなく、暫くにらみ合いが続いた。
そんな中、気の抜けたような子供の声が響く。
「シエロ、夜のお散歩?」
まだ夢の中にいる途中なのか、シエロに跨っているものの視点はぼんやりしていて、状況がわかっていないようだ。
「マリー、中に入ってなさい」
こんな状況で子供が顔を出していいわけがない。リセは焦ったような声を出し、マリーがこちらに来るのを止めようとするが、シエロは何食わぬ顔でやってきた。
「シエロ・・・」
意識を失っている者の前に止まると、突然前足で地面を強く蹴った。
それはこの仔馬にも見える容姿のものが起こせる現象ではなかった。
地響きと共に地面に穴が開き、土埃が舞う。
それは森の静寂を破るには効果覿面で、先ほどまで鳴いていた虫、鳥のさえずりだけでなく、遠巻きに感じていた生き物全ての気配を一瞬にして無くした。
息をするのもダメだと言わんばかりの静けさの中に、月の光がシエロを映し出す。
何者にも穢されることを許さない清浄な空気を纏い、神々しく銀の鬣が靡く。
言動を間違えれば一瞬にして塵と化してしまう、そんな恐怖にも似た畏怖がそこにあった。
マリーは先ほどの音で目が覚めたのか、今の現状に目を見開いて戸惑っていた。
えーと、これなに?
なんでみんながここにいるの?しかも石像のように、みんなが固まっている。
そう、村の人も隣村の者も母さんまでも。何があったらこうなるのか。状況が解ってそうなシエロに聞くのが一番手っ取り早い。
「ねえ、シエロこれどういうこと?」
「マリー、僕の下で転がったまま固まっているおじさんが、アマンダに不埒なことをしようしたんだって。結界石が発動したから、アマンダは触れられてもいないけど、結果おじさんが吹き飛ばされたの。こんなゴミ、塵にしてもいいよね?」
「え、アマンダに不埒なこと!それは絶対にダメなことだけど、塵にするのはもっとダメだと思うよ?」
「だって、こんな屑居たらダメ」
「ああ、うん。ダメだよね。だけど、人間には人間同士で決めたルールがあるから、それに沿うのがいいと思う。シエロのその判断だと隣村の人たち、多分ここにいる半分は消えちゃうかな」
あたしのその言葉に、ガタガタと震えだし立っていられなくなったのか、尻餅をつくものが出てきた。
そんな様子が目に入らないマリーは、シエロにどう説明をしようかと考えている。
村長一派って8人中何人だっけ?覚えてないけど、このおじさんと村長だけということはないはず。だとすれば、間違いなく消えることになる。
追い出したいけど、消したいわけじゃないとシエロに説明して、結局この人たちが何をしたかったのかを聞き出すことが先決だよね。
アマンダに不埒なことというけれど、それだけが目的だったのだろうか。それが目的ならば隣村についてからの方が、成功率が高まるし。
「マ、マリー・・・」
母さんの絞り出すような声に、思考を止めて顔を上げる。
ん?なんで隣村じゃない人までまだ金縛りにあったみたいになってるの?!
母さんの視線の先には・・・あたし?というか、シエロ?
「シエロ、母さんたちに何かしたの?」
「僕は何もしてないよ。屑を消し去ったらスッキリするかな~と思って、前足で地面を蹴っただけ」
そういうシエロの先を目を凝らしてみていると、ぽっかりと穴が開いていた。
そしてその穴の中に、転がり込んだおじさんがいる。
メチャいい仔馬にしか見えないシエロがこれをやったのなら、確かに怖いよね。
フェンリルだったら姿だけで想像が出来るから、そこまで怖くないのかもしれないけど。
「とにかく、シエロこのおじさんのことは母さんたちに任せて。あなたのスキル『裁き』発動したら、大変なことになるから」
ちょっと不服そうにしているシエロを宥めると、みんなの強張りが解けた。
その瞬間空気を肺に入れるべく、皆座り込んだり寝転がった。
村人たちの大きな息遣いと、虫の鳴き声が響き始め、それまで止まっていたかのような時間が流れる始めた。
マリーは自分にだけ何も感じなかったのでわかっていなかったが、この時シエロが無意識に神気を振りまいていたらしく、それに充てられていたのだった。
この事件がキッカケでマリーは、隣村の人たちから「聖女」と崇められていくようになる。
次回「57.マリーの安堵とシエロは容赦ない」
読んで頂き、ありがとうございました。