51.マリー 隣村へ行く準備をする
母さんが倉庫に米を見に行っている間に、あたしはシエロと共に果実園に向かった。
え、なに!メッチャ寒いんですけどここ。
原因を探してみると、果実園の端に氷の塊が鎮座しており、その周りを森の精が囲んでいる。
森の精?何をやってるの?
目を凝らしてみると森の精が枝に力を注いでいた。
あれはサクレの枝?
枝に張り付いている森の精の魔力が不足すると、すぐに他の森の精が果実で魔力を補っている。
あの時感じた魔力の塊はこれか!
だけど一体何のために?
「水の精が一族の誇りを掛けて行う【禊】の儀式だね」
「禊の儀式?」
「あの氷を作り出しているのは水の精。そしてその中心にいるのが黒助殿だよ。森の精が足りなくなる魔力を補っている、ってところだね。媒体がサクレの枝なら、十分でしょ」
「それって、大丈夫なの?」
「僕が力を貸したらきっとすぐに済むと思うけど、黒助殿を無理やり変換させてしまうことになると思うよ?やる?」
黒助を変換させるって・・・。何でもないことのように言うシエロに、本当に規格外な子だったことを実感する。
「やらなくていい。水の精の誇りを穢すのはよくないし、そんなに力が余ってるなら、果実を採るのを手伝って」
「いいけど、僕が触ったら違う果物になっちゃうよ?マリーが食べるならいいけど、他の人が食べるのはかなりまずいことになると思う」
なにそれ、こあい。
それにあたしは大丈夫って、どういう意味?
シエロと契約で繋がったからかな?
うん、きっとそうだということにしよう。
この子のことを追及するには、ちょっと勇気がいる。
それにしてもある意味力がありすぎて、色々手伝って貰うにも気を遣うね。
とりあえずは、隣村に行くときの応援要員ということで。
さて、森の精の邪魔をしないように採れる範囲の果実を採ろう。辺りを見渡すとすぐに食べられそうなのは、ポムとマンダリン、セレサ。
持ち運びがしやすくて、すぐに食べられる物がいい。となると、マンダリンだね。セレサもいいのだけど、冷蔵庫がないともちが悪いのが残念。
ということで、マンダリンを採るべく梯子をかけ、籠を肩から斜め掛けすれば準備万端。目につくものを籠に入れいった。
20個ほど採った時に、母さんが戻ってきたみたいで、呼ぶ声が聞こえる。
「マリー」
「はーい。今マンダリン採ってるの」
「蔵の中にも収穫済みのがあったから、今回はそこから持っていきましょう」
果実園に現れた母さんは一瞬ビクッとしたけれど、ルコから聞いていたのか、氷の塊が目の端に移らないようにしながら、こちらにやってきた。
「出来るだけ早く村を出ないと、良い場所で野営が出来なくなるから、すぐにでも出るわよ」
「うん。わかった。じゃあすぐに蔵に行くね」
「ええ、急いで。私はこれから戸締りをするわ。忘れ物はない?」
「大丈夫。シエロ、乗せて行って」
マジックバックに、先ほど採ったマンダリンも入れて背中に背負い、シエロに乗り込んだ。
さあ、どんな乗り心地?なんて思っている間に、蔵の前にいた。
お?
「ここでしょ?」
一瞬で着いた?
「何を呆けているの?急いでるんでしょ?」
「う、ん」
蔵の前に突然現れたあたしたちに、驚く村の人たち。
そうだよね。それが普通の反応。
「あ、ごめん。転移が初めてだった?マリーが知っている場所ならいつでもすぐに行けるよ?」
「そうなんだ」
先に言っておいてよ。転移できるのはステータスみたから知っていたけど、あんなに簡単にできるとは思ってもみなかった。
でもまあ、これで色々と強みが出来たと思っておこう。
「あ、この子シエロっていうの。よろしくね」
「あ、マリー驚くことはそこじゃないが、まあいい。どれに積めばいい?」
「どれか教えてくれたら、あたしが入れるから大丈夫」
お気に入りとなった、背中にあるリュックをみんなに披露した。
「可愛いでしょ!」
天馬であるシエロとリュックに何度か視線を行き来させていたが、大きなため息とともに「そうだな」とだけ言って目の前に米とマンダリンを出してくれた。
「ホセも大変だな」
村の人がボソッとつぶやいた言葉に、我に返った。
マジックアイテムは高価なものだという知識は知っている。
「これ、見つからないほうがいいよね?」
「そうだな。今はシャンスがいない。だから出来るだけ普通のバックに見せかけておけよ」
「うん。わかった!ちなみに、マジックバックって売られてる?」
「ほとんど出回ってないな。多分持っているのはSランク冒険者や上級貴族たちだけじゃないか」
ですよね。
身近なものだったら、Bランク冒険者だった父さんが持ってそうだもの。持っていたという話を聞いたことがないから、やっぱりすごい貴重なものなんだ。
でもまあ、そんな貴重なものを子供のあたしが持っているなんて、きっと誰も思わないから、ちょうどいいかも。
「教えてくれてありがとう」
シエロに乗って母さんの元へ急いで戻った。
消えたマリーに村人たちは思う。
あれ1つでどれだけの価値があるのか、本当にはわかっていないだろうと。
でも今更だとも思う。
車にしても、果実水にしてもどれ1つとっても、一生遊んで暮らせるだけのお金が入る。ましてやそれを生み出すことが出来る精霊たちの存在。
しかも今回は天馬とか!
こんな辺鄙な村に現れるとか、本当にあり得ない。
逆に辺鄙な村だったから良かったのだとも思う。
人間では理解に及ばない存在から慕われる稀有な存在マリー。
この村の宝といっていい。
その宝が村の外を知って、何を思うのか。
怖いもの見たさ、とでもいいのか、少しだけワクワクしてしまうのは仕方ないと思う。
読んで頂き、ありがとうございました。