43.良き隣人とフェンリルの長の考察
焼きあがったお肉にまず3種のタレそれぞれつけ、説明をしながら目の前に出した。
子供用の甘口タレ(色んな果物を摺り下ろした果糖の甘みあり)
普通のタレ(ニンニクショウガをタップリ摺り下ろし、臭みを消すハーブや薬草を細かく刻み攪拌させたもの)
最後に酒飲み用に普通のタレに辛みをつけた辛口タレ(磨り潰すと豆板醤みたいになるものを投入し、攪拌させたもの)
シャンスは迷わず、いつも食べている普通のタレがかかった肉にかぶりついた。
長はまずは1つずつ食べてみると言い、甘口タレに浸したブロック肉にかぶりつく。
あたしも甘口ダレで、だけど大きさは一口大の肉にかぶりつく。
うん、安定の美味しさ。
やっぱり体がお子様だからだろうか、甘口ダレが一番おいしく感じる。普通ダレも美味しいのだけど、舌に僅かだが苦みが少し残るのが、残念。ただ、もう少ししたら美味しく感じる予定である。
長のお皿から目を細めて味わっていたお肉がなくなったので、二つ目のブロック肉を普通ダレをつけて入れる。
大きく頷いた後、ブロック肉が口に入れられた。
閉じていた目がカッと見開いた。
迫力があり過ぎて、食べていたお肉を落とした。
なんてことするんだ、フェンリルの長。
怖いじゃないの。勿体ないじゃないの。
それに両肩に乗った肉球でゆさゆさと揺られたら、リバースしそうになるからやめて。
「旨い。これは旨い。始めに食べた物も旨かったが、これはその上をいく。シャンスが自慢するはずだ」
興奮状態のフェンリルの長よ、お願いだからテンション下げて。
あなたがテンション上げ過ぎたら・・・。ほら、みんな追随するじゃない。
あちこちで遠吠えをかますフェンリルたちに、うるさいと頭を叩きたいの必死で我慢。
相手は森の獣王フェンリル。間違ってもサモエド犬ではない。遠吠えしてダメだと躾をする必要なんて、ないのだから。
でもね、その遠吠えが村の外からも聞こえるというのは、どういうこと?
みんなも今までにない状況に、やや引き気味だ。これが元の大きさならば、普通の人は完全にびびっちゃうよ。
とりあえず落ち着かせねばと、長の口の周りを拭いてからにょ~んと引っ張った。これで遠吠えできまい。イケメンフェンリル台無しである。
長の遠吠えが止むと周りのフェンリルも止めた。
これでよし。
唖然としている長に向かって聞く。
「今度のお肉のタレも同じのがいい?それとも辛めがいい?」
「・・・辛めで」
「辛かったらすぐお水が飲めるようにしておくね」
「ああ、助かる」
3つ目のお肉のブロックをお皿に入れ、辛口タレを掛けて差し出した。
すぐに食べようとしない長に、???を貼り付けて首を傾げた。辛口がいいって言ったよね?
「あ、いや、我も1000年以上生きているが、こうも普通な態度の人間は初めてだ」
「ん?それって駄目なこと?」
「いや、問題はない。ただ力の差があり過ぎて、我らフェンリルを敬う、畏れることはあっても、友のように接する者はいない。新鮮なだけだ」
「だってこれから一緒に魔と戦う同士になるのでしょ?隣村の言葉が通じない人間よりも、とても信頼できるもの。一緒に美味しいものを食べて、森を守るために戦って、良き隣人であることが難しいの?」
「・・・そうだな。今までは難しかったのだ。そんなことを言う人間もフェンリルもいなかった。我もシャンスがどれだけマリーと暮らすことが楽しいかをいうから、我もみんなも興味を持った。そういうタイミングだったのだろう。今は旨い飯に意識が持っていかれてるがな」
「じゃあ、満足するまで食べて」
「ああ、貰おう」
結局普通ダレと辛口ダレを交互に食べて、長がお腹いっぱいになるころにはあたしの体力が限界だった。
長を枕にそのまま、スヤ~と眠りについた。
マリーが眠ったのを機に、ホセは長に挨拶に行った。
「フェンリルの長、マリーの父親のホセと申します。マリーが色々と申し訳ありません」
「いいのだ。これから暗い話をせねばならぬと言うのに、気分は晴れやかだ。それに今まで食べたことがない旨さだった。我らには調理をする技能は持ち合わせてはおらぬ。だから旨い飯を食べるには、そなた達に作ってもらわねばならない。その飯の代価で我らが力を奮う。それでいいのではないか?」
「それぐらいしか出来ませんが・・・」
「それが、大事なのだ」
真顔の長にホセは頷くしかなかった。
どう考えても対価があっていないが、ここで何かを求められても返せるものがない。長の好意を有難く受け取ることにした。
「ところで本日あったことを教えてくださいますか?」
「我も確実なことはわかっていない。言えることは浄化された精霊の森の範囲が今確実に増えている。それに伴い魔物が元あるべき姿にゆっくりと戻っていった。だが、力あるものは奥へ奥へと逃げ延びていた。それだけなら力ないものは力あるものに淘汰されるだけで、数を減らすだけだから問題はない」
黙ってうなずく。
「ただその奥に一気に魔がたまったせいで、どうやら洞窟がダンジョン化したようなのだ」
「ダンジョンが出来た・・・」
「そうだ。森の奥深く誰も行くことはない。だから発見が遅れ、気が付いた時にはスタンピードが起きた後だった」
「では、そのダンジョンをクリアしなければ、また繰り返すと?」
長は黙ってうなずいた。ただそれだけではない理由がありそうだ。聞いていいのかどうか迷ったが、心臓をバクバク言わせながら、聞いた。
「それだけでないのですね?」
「確信はない。だが、自然に起きたスタンピードではない気がするのだ」
「そ、それは」
「そうだ。魔の王が生まれた可能性がある」
ホセは目を固く瞑り、眉間に深いしわを作った。
フェンリルの長の考察が正しければ、今までにない激しい戦いになることを物語っていた。
「次回 予知夢」
読んで頂き、ありがとうございました。