30.旅路 過去の大精霊からのメッセージ
森の中に入り暫くたったころ、シャンスはゆっくりと停まった。
「シャンス、凄いね」
車の中から窓を開けて声を掛けると、嬉しそうにやってきた。
窓から手を伸ばして頭をなでると、その手に頭をさらに押し付けようとグリグリする。体が大人になったといってもまだまだ子供で、ちょっと幼い彼は甘えん坊である。そんなシャンスが可愛いのだから仕方なのだけど。
「停まったか」
まだ旅は始まったばかりだというのに、疲れた顔の父さんはかなりホッとしている。それを慰めるように父さんの契約している森の精「ダン」が頭で跳ねた。
「えー、もう停まったの」
初めての体感が心底楽しそうなエディに、父さんはげんなりとした顔を見せた。
「折角の旅なんだ。もう少しゆっくりでもいいだろう」
もっともらしい父さんの意見に、ちょっとだけ残念そうな声を乗せた母さんが賛成した。
「森の中を知るということは大事なことよ。場所によって生えている木や草が違う。いる動物も変わるし、気温も変わる。それらに対処していくこともエディは特に大事でしょ」
冒険者というものに憧れを持っているエディは、その言葉にキラキラと目を輝かせた。
「景色をよく観察する!」
その言葉に父さんは満足そうだ。
方針が決まったところで、馬車と同じぐらいの速度で車を進める。
先ほどは速すぎてよくわからなかったけれど、この速度だと木々がよけていく様子がよく見える。それはまるでアニメーションを見ているようで、実際の風景に見えない。それはみんな同じような感想を持ったようで、同じ表情で前を見ていた。
「凄いもんだな」
「本当にね、実際話を聞くだけでは想像できなかったけれど、これは反則技ね」
エディはこの摩訶不思議な現象を食い入るように見ていた。
どうやらミミがしている、地均しが自分でもできないか考えているようだ。ミミの邪魔にならないようにコツを聞いていた。
あたしといえば、リュビを抱っこしてもふもふしていながら、お昼ご飯のことを考えていた。やっぱりここは遠足のノリでおにぎりとおかずかな。
おにぎりと言えば、おかか、昆布があたしの中の定番だったけれどどちらも今は遠い存在。次に浮かぶのもシーチキンマヨネーズだけど、これがまたない。魚はないし、マヨネーズはまだ卵が貴重すぎて、作れていない。ほんとトホホだよ。
焼きおにぎりは美味しいけれど、そこまで時間取れないだろうし、やっぱり王道の塩おにぎりとタレに漬け込んだお肉を焼いて食べるぐらいかな?
そんなことを考えていたが、飽きた。
始めの方は森にも光が入ってきていたので、植物や変わった木を見ているのも楽しかったが、数時間経った時には、光が薄くなりちょっと鬱蒼とした雰囲気になってきている。そこに生えている植物も前世の記憶にあるシダみたいなものばかりで代わり映えしないだけでなく、テーレが除けてくれた木々の間にも場所と同じぐらいの草たちが覆われており、視界が見えないときもある。
人の手が入っていない森は、人間が入れる状態じゃないっていう典型的な感じだよね。視界が遮られるのって、不安感をあおるし落ち着かない。でも実際はシャンスがいるので何かの気配を感じ取ったとしても、逆に敵さんが逃げているのが現状だ。
「ごはん・・・」
逃げていく敵を追えないのが残念そうにいうシャンスに、思わず吹き出しそうになるけれど、流石に今追いかけていいよとは言えない。シャンスがいなくなれば、きっと立ち向かっても無駄な車に向かってくるだろう。流石にここから出ない限り命に別状はないが、車ごと転がされるのはちょっと勘弁してほしい。
「もう少ししたら、ご飯にしましょう」
母さんの声に張り切ったシャンスは、開けた場所を探すように辺りを見回しながら走り出した。
視界がいい場所がなければ、収納されている塩おにぎりか、パンと塩コショウで焼いただけのお肉になる。
旅一日目のお昼は何になるのかな?
それから体感時間で30分ほど経ったころに、テーレが車を停めた。
「いい感じのところあった?」
「今日はここで過ごすといいと思う」
「ん?ここで夜を過ごすということなのか?」
「どういうこと?」
テーレの言葉の意味を聞こうとみんなが口々に尋ねる。
「この場所は僅かだけど仲間の気を感じる。この間まで何も感じなかったのに、気になるの」
テーレにそう言われてからその気が感じられるか、気を放って探してみるけれどまったくわからない。それはあたしだけでなく、森の気配を読むことに長けている父さんも母さんもわからないようなので、本当に僅かのようだ。
「急ぐ旅でもない。テーレが気になるなら確認したほうがいいだろう。不思議と危険な感じはないからここで食事をとるか」
父さんが車から降りて、シャンスと一緒に念のため周りを確認し始める。母さんも車の中から警戒中だ。
あたしとエディはそれらを邪魔しないように、車の中から大人しく外を見るだけにする。
車からのぞいた外の様子は、鬱蒼とした暗さもなく程よい光が差し込み、不思議と心地よい静寂に包まれている。
まるで前世にあった教会に足を踏み入れたような、そんな感じ。
そう思った瞬間に頭がキンッと痛み、映像とともに声も一緒に勝手に脳に流れてくる。
ちょっと、待って。頭痛いの。
もっとゆっくりしゃべって、聞こえない。そこどこよ!
そんなあたしの心の声など無視をして、ただ映像が脳裏を淡々と流れる。
情報量が多すぎて、気持ち悪い。
あたしの異変に気が付いた母さんが、あたしを抱き寄せようとするが何かに阻まれて手が届かないらしく、見えない壁を叩いていた。
倒れ掛けそうになった時、テーレが抱きかかえてくれたことでかなり楽になった。テーレの癒しが効いているのだと思う。心地よい気が流れて痛みを和らげた。
だけど情報を受け取るだけで相当の魔力を消費しているらしく、体の体温さえ奪われていく。リュビが温めてくれることにより、指先のしびれが少し和らいだ。
グンミが慌てたように果実水を口から溢れるのを気にすることなく注ぎ込む。
精霊達がしてくれることを受け止めながら、あたしの記憶じゃない誰かの記憶が走馬灯のように流れる映像をただ見ていた。
映像が終るとやっと体が動かせられるようになった。
同時に見えない壁もなくなったらしく、母さんに抱きしめられた。
「マリー、マリー、大丈夫なの!」
こっくりと頷く。
意識ははっきりしているし、状況もつかめているけれど兎に角脳を休めさせたい。
状況を掴んでいるテーレが母さんに説明をし始めた。
「マリーは大丈夫。どうやら仲間のメッセージを受けったために魔力を相当消耗したみたい。少し寝れば元に戻るから」
多分テーレが言ったことは本当だろう。少しだけ母さんに大丈夫という意味を込めて頷き、目を瞑った。
ちゃんと探すから、少しだけ寝かせてね。大精霊さん。
次回「31.閑話 俺の妹マリー ーエディ視点ー」
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