20.閑話 精霊には人間の常識は通じない ー父ホセ視点ー
マリーが声を上げて楽しそうに精霊たちと庭で遊んでいる。
それが何とも自然で、精霊たちとの付き合いが上手くいっているのがよくわかる。
こちらが構えすぎていたのかもしれんな。
この村には元々名前がない。色んな町や村で生きにくい者が集まって出来た村だからだ。
生きにくい理由はそれぞれ違うが、人よりも突出した才能を持っている者が多い。貴族はそれを取り込もうとするが、平民は自分と違うものを相容れない。だから居場所を失い、冒険者となり外に出るしか方法がないのだ。
そんな者たちが集まった場所。
隣村では『はぐれ村』と呼んでいるらしいが、気にしていない。そこに忌むような意味が込めれていてもだ。そう呼ぶ本質には畏れを含んでおり、スペックの高い我々のことを羨んでいるのが透けて見える。
薬草にしても畑で育つ野菜にしても、はるかにこの村の方が豊富なのだ。
どうやら他の村では土地がやせ細り、薬草も野菜も年々取れにくくなってきているらしい。
流石伝承の精霊の森が近いだけある。
だからなのか、年々色々と交換率をあげてきている。行商人が持って来ている物でさえ、この村で交換してやっているのだとばかりに砂糖や塩を交換するのにもマージンをとろうとする。
最近は少し腹立たしく思いながら、対策を練らねばと思っていた所だった。
そんなことも全部マリーが吹き飛ばした。
スキル授与で初めて聞いた『ガチャ卵』マリーの説明を受けてもガチャの意味さえ分からず、取りあえず何かが生まれる卵を生みだすスキルと認識した。
それがまさか、サクレが出てくるとか誰が思った?
マリーは可愛いもふもふな動物が出てくるのだと思っていたみたいだし、誰もが色んな意味で固まっていた。
もふもふがどういいのかは、よくわからんが。
あの時の興奮は忘れられない。一生に一度見ることさえ出来ないと思っていた木だ。それが目の前にあるんだぞ!落ち着けと言う方が無理だった。
それからというもの、平凡とは程遠い日々となった。冒険者となって各地を回り色んな現象を見てきたが、ここまで変わるようなことはない。
サクレに魔力を渡してマリーが倒れた次の日にはドライアドが生まれ、マリーの守護者になっているし、それだけでなく直ぐにサクレが大きくなったと思えば、森の精が生まれ舞い森へと行く様子は圧巻で、この世のものとは思えない情景だった。
同時に、瘴気が薄れ森が還ってきたことを意味した。
それだけで一生分の驚きを体感したと言っていい。以前狂った竜に遭遇して、見つかれば命がないと思った時よりも精神的に疲れた。凄さが分かっていないマリーとエディは森へ行けるとはしゃげるとか、羨ましい限りである。
村人たちも元冒険者や異能者が多い為、すぐに森の異変に気付いていた。鑑定を使えるものも多く、すぐにマリーの傍に居るドライアドにも気づき、驚きながらも納得した者も多かった。
中には変わったスキルもちがいるからスキルならそんなもの、という認識が広がっているせいもあると思う。が、意外に皆冷静だな。
そう思っていたが、精霊を前に皆緊張していただけだと知ったのは、少し経ってからだ。
その後も精霊とは人間と違う理の中で生きている者だと認識はあったが、どこまでも常識破りだった。
果実の木を生みだし、材料になる苗木を持ってきて、すぐに作れないとなるとスキルまで与える。どうしてこうなったのかと頭をひねっても、その答えに行きつくことが理解できない。
その発想はいったいどこからやってくるのだろうか。
そしてマリーがそれに驚きながらも受け入れが出来るのは、やっぱり愛し児だからなのか、子供特有の柔軟さなのだろうか。
そんなことを考えている間は、まだ心は平穏だった。
それ以上にこの世界の伝承がマリーを通して精霊の口から語られ、精霊王に纏わる話も聞いた。精霊王・・・あの精霊王。物語でしか聞いたことがないような精霊王。
一体何が起こっているのわからず混乱したが、リセの声掛けで我に返り、取りあえず頭を纏めるために村に戻ることにした。
村に帰れば、持ち帰ったものをみた村人は歓喜した。肉が果物が定期的にとれるとなれば、隣村の横暴など大した問題ではなくなる。宴会だとばかりに、みんなで祝った。
マリーが早速貰ったスキルで新しい調味料を生みだし、みんなで美味しいと乾杯して・・・。
そこまでは酒を飲んだ高揚感で考えてもわからないことを棚に上げることが出来、疲れもあったがまだ意識が保てた。
――保てたのだがな。
ドライアドのテーレがいきなり大きくなるとか、精霊の泉が村に出来るとか、果実樹がいきなり増え育って、村が大きくなるとか、あり得ないことだらけで色んなことが麻痺していった。
開き直りが早かったのは、リセだった。
「これで腹立つ隣村に頭下げなくていいわね。みんなで美味しいもの食べましょ」
その言葉に賛同したのは村の女性たちだ。生活が豊かになるのは子を育てる上で大事なことだ。飢えないだけでなく、滅多に食べられない果物があり、肉が食べられるだけで満足度が高まるだけでなく、子育てもしやすい。
良いことだらけなのだから、精霊たちと共に頑張ろうということになった。
――なったのだが、精霊たちは止まることを知らない。時間が経つにつれ、村全体でやるべきことが増えてくる。
ん?ビールが飲みたいのか。もう大麦の時期じゃないからな。
仕方ない、仕方ないんだ。
ただ、仕方ないで終わらないのが精霊だった。
驚きすぎて、疲れてきた。これは俺の精神力を高めろという試練なのか?!
精霊本気の力を見誤った。
そうだよなー。突然森に果物の木を生やすことが出来るのだから、大麦だって作れるよな。植えたとたんに大麦が収穫できるようになってるとか・・・朝飯前だった。
村人たちはあんぐりと口も目も開きっぱなしで、酒の酔いも一瞬にして冷めた様子だった。森の様子を見てきた俺ですらこれだから、初体験の皆はそうなるな。
おーおー。わかるぞ、わかる。今の心境は手に取るようにわかるぞ!
頷いているとそこに神父がやってきた。
「これは精霊様の恵み!この村に祝福をしてくださったのじゃ、ありがたく頂くとよい。皆と酒を飲むのを楽しみになさっておる」
その言葉で、村人全員腹を決めた。
全力で精霊たちのフォローをすると。
――決めた、決めたのだが、果物の砂糖煮が万能薬になるとか、果実水がポーションの効果があるとか、やり過ぎではなかろうか。
マリーはただ喜んでいるが、本当に大丈夫なのだろうか。
これから続々と続く魔改造されたモノたちに喜びながらも、胃をそっと押さえるホセの姿を目にするようになる。
明らかに普通の卵でない不思議な動きをする卵に、無駄と分かっていても、今度のガチャ卵はちょっとは普通だと嬉しいと願うホセであった。
何気にスペックの高い村人が多い理由と、気苦労の多いマリーの父ホセの心境でした。
次回「フェンリルの子『シャンス』と魔法少女?」予定