144.心優しき世界樹の巫女大精霊
チョコレート騒動は早々に終わらせようと、次の日にクッキーをもって聖女の森へ行った。待ってましたとばかりにクッキーを持って行った森の精に、初めて恐怖を抱いた日。殺気なんてないはずなのに、殺気立っているようにしか見えないその様子は、鯉に餌をやって恐怖を感じた子供の頃が浮かんだ。
クッキーはテーブルに置いて早々に立ち去りたかったが、次のことを考えるとそうはいかない。その後作ったチョコレートを貰って帰らないと、また来ることになる。
あの時、なんでチョコレートを食べたいなんて思い出してしまったのだろうか。良い案だと一瞬でも思ったあたしを恨みたい。毎日これを繰り返すなんてこと、勘弁して欲しいなぁ。一瞬で来られるけれども!面倒というだけじゃない、この精神的な疲れ!
クッキーを受け取ってやっと落ち着いたのか、チョコレートがテーブルに並べられた。見た目がハートとかあるのは、昨日のブランデー入りチョコを真似たのか。チート過ぎる精霊達に「ありがとう」を言って早々に立ち去った。
取りあえず精霊村の自分の部屋に戻った。だけど、何となく落ち着かない。子供たちが楽しそうにクッキーを作っている声が聞こえる。自分が連れてきたのだから、エディに任せないで自分が面倒を率先してみるべきなんだと思うけど、あたしがそれをすると不公平になり過ぎるんだって。どの子に対しても平等に出来そうにないなら、極力周りに溶け込むために関わらない方がいいと言われている。
確かにそうだと思う。精霊村のマリーでいるために、家族が手助けしてくれるのは、本当にありがたい。15歳までは自由に・・・なんて子供じみた言い訳は、きっとそのうち限界を迎える。来年冬が来て雪が解けて春になるころには、覚悟が必要かも。
頭をゆっくり休ませるために、どこかでゆっくりしたいなぁと思った時
『来たらいいのに』
脳内に響くこの声はアリアのものだ。
そうだね。
久しぶりにもふもふとゴロゴロもいいなぁ。
「シャンス」
『わーい』
テーブルにチョコレートの袋を置いて、世界樹のところへ行ってくるとメモを残して転移した。
『来たわね』
「うん、来たよ」
『あなたはまだ子供なんだから、ゆっくりすればいいの』
「そう言いながら、薬大量にくれるじゃん。ある意味怖いよ」
『前にも言ったけど、そういう状況が起きるってことじゃないわよ。あなたが嘆かなくていいようにという、気づかいだから』
「わかってるよ。神託もしてもらって、平和そうだし」
グラント・グレイが空をゆっくりと飛んでいる。どちらからも映る景色は、それなりに平和だ。小競り合いとか怪我を伴う喧嘩とか、そんなのはいつも起きているので、それぐらいでは慌てない。知り合いならともかく、関わり合いの無い人まで助けるのは、違うと思うのだ。
『そうよ。あなたが動けば痕跡は残る。逆に争いに発展しないように、見えない振りをすることは大事。それらは私たちの仕事だから』
だけど、それが原因であなた達は眠りについた。
『それが、この世界の定め。必要な時にあたしたちは生まれ、生まれた文化で戦火が起きたなら、また消える』
地球でも繰り返してるもんね。終わりは見えない。
『そうそう、神じゃないんだから、大仕事は彼らに任せればいいの』
不思議だな。
始めはどうしてやろうかと思っていたアリアが、なんか一番まともに見えるとか。達観しているからかな?いや、自分の役割を知っている、ということかな?
『褒めても何も出ないわよ』
「チョコレート、食べる?」
『食べてみたい』
「じゃあ、シャンスと一緒に3人でお茶にしようか」
『『さんせー』』
アリアとはこういう話を前にもした気がしている。それが今世なのか、記憶にない前世なのか。記憶が曖昧なのは、かなり精神が落ちていたのだろう。だからこそここに誘ってくれるのだろうし、今はそれでいいや。
クッキーとチョコレートをお皿に出してつまむ。
『美味しいわね!』
「うん、美味しい」
『おいしー』
シャンスの場合は一口だと思うから、一緒にジャムパンも出してあげる。
『そのパンも食べてみたい』
結局お昼ご飯もいらないぐらいに食べて、そのままシャンスのもふもふに包まれて昼寝をして、陽が傾きかけたころ目を覚ました。
あたし、ふっか―――――――つ!
「魚食べたい」
『いつもの調子が出てきたじゃない』
「うん」
『精霊の森を抜けた先に海があることは知ってると思うけど、更に先にある島がいい感じだと思うわよ』
なんでそんなこと知っているのかと聞くのは止めた。世界樹の元に、精霊王が眠ってるんだった。気配を探るってみれば、マグマは精霊王が来てくれてなんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、明日にでも行ってみよう」
『さかな、おいしい?』
「美味しいと思うよ。シャンスも一緒に食べようね」
問題は、どうやって魚を捕まえるかよ。
網作って投げてシャンスに引いてもらったらいいかな。
『あみ、引く』
ただ網を木の枝で作るのは流石に出来ないから、縄で作ってもらうかな。余り小さいのは取っても仕方ないから、抜ける方向で。だったら編むだけだからアマンダに頼んだら作れるかな?
よし!
『じゃあ、また遊びに来てね』
「ここにチョコレートの木生やす?」
『うーん、それはいいわ。マリーが持ってきて』
「えっ」
『月に2回は定期的に、ね。・・・一応、卵から生まれたんだから、マリーにも面倒を見る責任があるでしょ!』
「・・・忘れてた。そう、だったね。分かったよ、アリア」
『分かればいいのよ、わかれば』
心優しき世界樹の巫女大精霊「アリア」
あたしが死を迎えてもなお生き続ける精霊。あなたの行く末も明るいものでありますように。
読んで頂きありがとうございました。
この辺りはゆっくりと進みました。
いつか『アリア』と『マリー』の関係の閑話が書けたらと思ってます。