136.ツェルスト公国の首都、ベッドポリ
「こんにちは!」
挨拶は大事。
突然聞こえた子供の声に、一瞬何が起こったのか理解できていないのか、多数の目がこちらをポカンと見ている。
どうやら会議中の中に飛び込んだらしい。
知らないおじさんに指を刺された。
その者が何かを発する前に、あたしに気づいたアシルさんが颯爽とやって来て膝まずいた。
「聖女マリー、どうされましたか?」
流石だ。
身綺麗にしたパオロさんとあたしたちを見て何かを悟ったようで、仰々しく対応してくれた。
「出来れば至急、お話したいことがあります(かの国のことで)」
アシルさんにだけわかるように、最後の言葉は口元を隠して耳元で囁いた。
どうやらこの場はあの国がやらかした件についての話し合いだったらしく、「すぐに部屋を用意します」と執事に指示を飛ばした。それを見て皆青ざめながら一斉に席を立ち、膝まづく。
「皆さん少しばかり時間を頂きたいだけなので、席におつき下さい」
そうあたしが伝えても、皆微動だにしない。こんな大事な会議の席に、突然きたあたしが悪いのだけど!
勘弁して!あたしの胃が痛くなるので、席に着いて!
「ローランド殿、席に着いて待たれよ。聖女マリーが困っておられる」
「パ、パオロ様!良くぞ、生きてらした」
「聖女の願いで、今があるのだ」
「そう、でしたか」
「聖女の望みだ。しばし席で待たれよ」
ローランドと呼ばれた男性が席に着いたことで、皆席に着いた。それでも落ち着かないのか、目をさ迷わせている。
こればかりは仕方ない。
心の中ですぐに居なくなるからごめんねと呟いて、呼ばれるのを待った。
着いてから5分もたたないうちに呼ばれたので、すぐに場所を移す。
ドアが閉まった途端に、緊迫した空気が緩んだのが分かった。本当に、ごめんなさい。でも悪いのはあの国だからね。
あたしだって、こんな政治に巻き来れるような案件、抱えたくないし!いらないし!
応接室らしき場所に通されたので、深く座ったらひっくり返りそうなソファにちょこんと座る。これは仰々しい服の時に座る場所だね。出来ればうちの村の綿でフカフカの座り心地がいい方がいいのに。長く座ってると腰痛めそう。
村に帰ったら家具を作っている人に、貴族や金持ち販売用のソファやベッドを作るのもいいかもと進言してみよう。
「聖女マリー、緊急の話とは」
話をするのを憚れるような案件で言い淀んでいるとアシルさんは思ったようで、かなり顔が強張っている。内容はそうだけど、言い淀んでいるわけじゃなくて他のこと考えていました、とは流石に言わないよ。
「経緯は後で話しますが、アルバンティス王国にクーデターが起こっています。どこの国の兵かわかりませんが、共に王族を捉えたようなので、実質国としては消滅したようなものかと」
「なッ⁉」
絶句しているアシルさんの気持ちは計り知れないものがあるが、残念ながらご愁傷様ですとしかいえない。こんな子供が持っていていい情報でないから、さっさと手放すよ。
聞こえているものとして経緯を話し、どのように動くのかは国に任せますと席を立つ。
「便乗した略奪や殺戮など、無いことを望みます。――その場合・・・・・・」
それから先はわざと言わなかった。相手の想像に任せることと大抵は大きく捉えてもらえる。他の貴族たちが大したことないと暴走した時は、国が責任を取ればいい。
さて、あたしの責任はこれで譲り渡した。今からシエロに乗ってツェルスト公国に行って、パオロさんの娘さんや婿のカイル将軍を弔ってあげなきゃ。
「シエロ、お願い」
父さんの青白くなっているアシルさんを憐れむ目には無視をして、この場から立ち去ることを優先した。お小言は聞きたくないのだ。
「シエロ、ここはどこ?」
大地震の跡地のような、瓦礫の山しか目に映らない。戦火に呑まれたと言っても、お城とかもないって・・・。
「ツェルスト公国の首都、ベッドポリだよ」
「えっ、だって、本当に・・・何もないよ?」
「実際僕が見たわけじゃないけど、徹底抗戦したみたいだよ。奴隷になって人間の尊厳を奪われるぐらいなら、故郷で散りたいと」
シエロの目には何が映っているのだろうか。映画のように出来事の一つとして捉えているのを見ていると、神の御使いなのだと改めて思った。きっと同じものが見えたら、ドラゴンの長もフェンリルの長も同じことを言うのだろう。永い時を流れゆく景色のように生きている。そう思うと一緒にいる自分はどんな存在なのだろうかと改めて思う。これからも、ちゃんと自分の目で見て判断しよう。
「そうか。皆と一緒に、散ったか」
大事な娘さんの最後を思うパオロさんの目には、今は何が見えているのだろうか。
「愛する者と共に在れた娘は、無事に天へと還れただろうか」
その呟きを拾ったからではないが、念のため地に鑑定掛けた。この場の空気通り、淀んではいない。それどころか、この地は早くも再生へと踏み出していた。だからこそ、ここが戦地だったのかと尋ねたぐらいだ。
この地はとても美しく優しい場所だったに違いない。だからこそ地も再生を望んでいるし、昔のようになって欲しいと願っている。ただそうなればまた奪いに来るのが分かっているからだろうか。侵略者を拒むように実を付けるような木や花は咲いておらず、足元に生えているのは雑草花と呼ばれる可愛いものばかりだ。
――取るに足らない地だと、思わせるように。
だからこそリッチとなった将軍も、憎しみを敵国だけに定め、地竜を従えてスタンピードを起こせたのだろう。どこまでも民と共に在ろうとする将軍と、国の為に戦った善良な者達が住んでいた国。
「ねえシエロ。首都はここでも、他に街もあったんでしょ?そこはどうなったの?」
「多分、小さな村や町はあると思うよ。カランキ村みたいな感じで」
「そう、っか」
「行きたい?」
「そうだね。まず、あの国がどうなるか見届けてからにするよ。まずは、この地に眠る人たちをしっかりと埋葬してあげたい」
穢れはないけどしっかりと次に向けて歩き出してもらうために、呼び出したグンミと一緒に優しい雨を降らすように浄化を掛けた。足元の草花たちが嬉しそうに項垂れていた首を持ち上げる。ふわりと吹いた風と共に、ありがとうという声を拾ったきがした。
「パオロさん、共同墓地を作ってそこに埋葬しますか?」
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