128.閑話 町長アシル感慨にひたる
慌ただしく出て行かれた親子を見て、アシルはその場にへたり込んだ。
もう何年も前から蔓延る不正に悩まされてきた。それらを生んだ原因は貧困にある。
雨が降らないわけじゃないし、荒れた気候でもないのに、何故か畑の野菜が育たない。何を植えても結果は同じで、畑は荒れていく。結果、食べ物が段々と減った。それだけでなく森から急に魔素が減り続け、森が枯れていく。それと追随するように町で魔法を発現させるのも大変になり始めた。段々と手詰まりになっていく現実に、町はどんどん廃れていった。職がなく住む場所を追われた者がならず者として暴れだし、あの国と繋がる者が増えていく。
今回残っていた子供たち20人は、それらの犠牲になったといってもいい。何故ならほとんどが獣人、または混血と言われる子達だったからだ。
だけど元々差別があったわけじゃない。元々この町は種族の違いで明らかな差別はなかった。だが、貧困が続くと人は格下を作りたがる。自分たちよりもっと酷い者がいるから、自分たちはまだマシだと。
そう思いたいがために、またそう思わせられるように思考が先導され、人間以外を迫害するようになった。特に孤児となっている混血の子達は明らかに差別を受けていた。孤児院に居ても食事を与えられないはまだマシで、殆どの者が売られていったという。その子達の運命はそこでほぼ決定する。人を買うなどという非道なことを平然とする者たちだ。幸せなものなどほぼいなかっただろう。鉄格子に居た子達たちがいい例だ。
分かっていたのに、聖職者として勤めていた経歴さえも、役に立てなかった。
いや、それどころか、人の悪意に立ち向かう手立てを何も持っていなかった。教会が後ろ盾をしている間は、権威があったためそれなりに裁けていたが、俗世では証拠がなければ裁けないなどと理不尽さを感じながらも、法に則って従うしかなかったのだ。
そんな中で開けた、どでかい風穴。聖女という絶対的存在は、証拠あるなし関係なく罰することが出来る権限を持つ。天馬という神の御使いを伴っているからだ。
それはもう、絶対的強者。どんな者でも逆らうことは出来ない、神の裁きなのだから。
誰が想像したであろう。まだ幼い少女によってたった一夜にして、ここ数年の事態が全て収拾されることを。しかも証拠付き!
夢でも見ているのではないかと疑いたくなるが、お腹に入ったお肉がそれを肯定している。
この町は生まれ変われる。
そしてこれは序章にすぎなくて、この証拠がある限り兄のいるブレイロット街(領)にも一石を投じていくだろう。
こうしてはいられない。
先ほど約束したことを実現させなければ!
これで手続きは終了する。
20人の殆どが登録にないものだったが、そこを今突いても仕方ない。この町にいたのだから、わたしの権限で行う。国もこれぐらいでは文句は言わない。この証拠を持って行けば、お釣りの方が大きいのは間違いないのだから。これで国が動ける。侵略・略奪行為が認められたということで宣言をすれば、問答無用で投獄またはその場で処分も可能になる。少しは風通しも良くなるだろうし、この国の反逆者も一緒に処分できるのだから。
どれだけ感謝しても足りないぐらいだ。
だからこそ、聖女マリーの意思に反して、この国に巻き込まないなう様にしないといけない。この時世に食料を提供してもらえるだけでも、有難いのだ。
ああ。あの肉は素晴らしかった。家畜のヤギとは違って、弾力があり濃厚な香りが鼻に抜ける時の、何とも言えない味わい。淡白なものしか最近は食べられてない分、貴族たちには受けがいいかもしれない。いざという時の交渉に使えそうな気がする。あのタレと一緒に、後で交渉をしてみようか。
そんなことを考えている内に、どうやらスープなどの食事の配給が終わった様で、戻って来られた。
「手続きは完了しました」
そのことを伝えると、聖女マリーはホッとした顔をされた。
「じゃあ、今日連れて帰っても大丈夫ですね」
普通であれば体力的に難しいと思われるが聖女マリーのことだ、手立てなんて幾らでもあるだろう。神の御使いもおられるし。
「はい大丈夫です。念のためこの書類をお持ちください」
ホセ村長に渡すつもりだったが、何故か聖女マリーが受け取って書類の確認を始めた。書類読めるのですかと聞くのも憚れ、それを見ていた。
「国の印みたいなのは要らないんですね」
その一言に衝撃を覚えた。書類の書式のこともご存じなのか!
「ええ、小さな町だということと、教会に属していたこともあり私の裁量で出来ます」
「そうなんですね。組織が絡むと色々手続きが大変ですね。父さんのサインとか要りますか?」
「はい、こちらに受け取りのサインをお願いします」
「父さん、ここにサインだって」
目を通して問題ないと思ったのか、ここだという場所を示した。
言われたホセも目を通して問題ないと確認の上サインをしたのを見て、思った以上に教養があることに驚いた。確かにここに来た子供たちも計算は出来ていたし、お金のやり取りも出来ていた。
今回気付けて良かった。村だからと言って侮っていたら、しっぺ返しを貰うのはこちらだということをしっかりと認識し、兄にも国にも伝えておかなければならない。
「あ、そうだ。あの巣窟にあった品々はどうなるのですか?」
ああ、本当に侮れない。聖女というだけじゃない利発さを持っていらっしゃる。
「聖女マリー様が下げ渡しても大丈夫だと思われるものがありましたら、持ち物が分かる物はその者が優先で買い取りをするようになります。分からないものは、競売にかけられます」
「わかりました。では全部下げ渡しで大丈夫です。仲介料はどれぐらいですか?」
「こちらの手数料は1割です」
「・・・意外と良心的」
「国や街によって多少違いはあります」
「かかる税金が違うからかな?トップの裁量幅があるんだと思うけど。それだったら更に1割を寄付という形にしてもいいかも。子供たちは引き取れるけど大人までは難しいし、炊き出しとかに使ってもらうということで。どう思う父さん」
「・・・そうだな。それでいいんじゃないか」
そう言ったホセは遠い目をしていた。多分、あの荷物のことなど頭になかったのだろう。聖女の方はかなり商業の才があるようだ。
「その代わり利益が出た分の食料は提供しますよ。査定して貰えるなら、お肉もブロックで卸します」
「それは今すぐにでも可能ですか?」
「・・・ええ、隠しても無駄でしょうし、ここに出していいですか?」
台を指さしたと思ったら、次々にお肉の塊が出てきた。
「これが大大熊の肉全て。これが角大鹿のモモ肉、角大ヤギのモモ肉ですね」
20人掛けのテーブルが全て肉で埋まった。これだけでも助かるが、街の人数でいえば一日分だ。もっと出してもらえるだろうかと思っていると、こちらで解体をするなら素材ごと売ってくれるとの提案があった。
「では、これらを各2頭ずつお願い出来ますか?」
少しばかり欲張り過ぎただろうかと思っていたが、2頭でいいならと裏庭に出してくれることになった。
あの深淵の森を浄化したのだ、生半可な数ではないのだろう。
思った以上に魔物の大きさが大きい。これを解体するのも一苦労だろうと思う。
出されたものを見れば、それなりに傷がついているものと、比較的綺麗なものがあった。
「かなり傷がついたものは、その場で処分したんですよ」
なるほど。聖女マリーは戦いも可能と。
益々怒らせてはならない人物だ。分かってはいたが、王の機嫌を取る方が楽だと思う日が来るとは。
「では、時間もないのでこれで失礼します。この内訳はあの荷物の明細と共に、また後日教えてください」
「わかりました。ありがとうございました」
お辞儀をして顔を上げたら、既にみんなの姿はなかった。
なんと豪気な方だ。信用に値すると思って頂けるように、しっかりとやろう。
読んで頂きありがとうございました。
ブックマーク&評価も嬉しいです!
誤字脱字報告もありがとうございました!
風の精→空の精にまだ直せてません。
時間が足りない。
一括で、どどーんと直らないかな。