109.閑話 三人の成長
マーティン達商隊は、順調にカランキ村まで夜営をして無事に着いた。
ここでは水の補給だけして、すぐに出発する。
本当ならばここは素通りしても良い場所なのだが、三人に出来ればこの村を見せて欲しいとホセが頼んだ為に、態々商隊は通ることにしたのだ。
「ここでは30分ほどで出発する」
「わかりました」
返事をして、村の中に入っていく3人をマーティンは温かく見守った。
私たちが精霊村で衝撃を受けたと違う意味で、君たちも衝撃を受けるだろう。
君たちは、どんな答えを出すのか。
商隊たちが水を補給している間に、ヨハン、ビアス、カーヤは初めてカランキ村の現状を見た。
そこで初めて、周りの大人たちが諭すように言っていた意味が分かったのだ。
「自分たちの暮らしがどれだけ恵まれているか、実感できるだろう」
「選ぶ権利、自由があるということに感謝をし、学びなさい」
「自分たちがどれだけ恩恵を受けていたのか、知るだろう。そして自分に何が出来るのか、探すと良い」
「この村を出て外へ出たい」と何度も言うたびに、大人たちがあれこれいうのを、ヨハン達三人はいつも耳障りに感じていた。
だからこの話が出た時に、一緒に行きたいと真っ先に手を上げた。
夜営を始めたした時も、薪を拾い火を熾し、自分たちが初めて作ったスープは、余り美味しくなかった。今日一日のことだからと、我慢しようと三人で話をした。明日になればカランキ村で、何か売られている物があれば買おうと、貰ったお小遣いを握りしめていた。
それにテントの立て方や畳み方など習ってきたが、護衛の人たちとは比べ物にならないぐらい時間がかかった。そして作ったテントで寝れば、下はしっかり均しておかなければ背中が痛くなることや、火をくべておかなければ、虫が入ってきて大変なことになることも、お風呂にも入ることが出来ず、体を拭くだけしか出来ないことも、衝撃だった。
護衛の人たちに、水を飲む以外に使えるだけでも有難いことや、重たい荷物を荷馬車で運べることなど普通はないのだから、恵まれていると言われた時も、大袈裟に言っていると思っていたのだ。
まさか、村でならタダで飲める水がお金で売り買いされること。
物珍しそうに寄ってくる子供たちが痩せていること、汚らしいこと、誰も遊んでいないこと。
誰しも皆何かの仕事をしている。
そして食べている量がとても少ない。
自分たちが保存食として持ってきた物の方が、はるかに食べているものが良かった。
これに食べ物を売ってくれとは言えなかった。
「水を確保した。次に行く」
「あ、はい」
何も手にすることなく三人はお腹を空かせたまま、何とも言えない顔をしてカランキ村を出て行った。
「びっくりしたか?」
護衛をしている一人の青年、ゴーランに声を掛けられた。
「そう、ですね」
「だろうな。精霊村は特殊な村だろう。街から何カ月もかけて食料を探す旅に出なければならないほど、飢えている町や村が多い中、あの村だけはとても豊かだ。正直、精霊なんてお伽噺でしかなく、今でもいるのかと思っている」
「それは!」
「まあ、話を聞け。人間誰しも、実際に見たものしか信じようとしないものだ。だけど、本当に居るのかもしれないと思わせる、不思議な空間があそこにはあった。始め疲れ切っていたからか、桃源郷に迷い込んだのかと思ったぐらいだ。飯は旨いし、水も豊富で風呂まである。宿場のベッドは上等で、使われている布も最高級で、朝になったら何もない場所に居たらどうしようと思ったぞ」
「まさか・・・」
「お前らの着ている服も、装備も、この騎獣のコッコも、ホントあり得ねえ。しっかりと世間を学ぶといい」
自分たちの着ている服を見て、あの村の現状と比べた。
確かにあの村の大人たちよりも丈夫なものを、・・・着ていると思う。
何年か前にこの村が危機に瀕した際、物資を以て助けたことがあると知っていた。
それから時間が経っているのだから、それなりだと思っていた。
――だけど、現状は違った。
想像していた以上に、酷かった。
確かに昔はそんなに美味しいものは食べられなかったから、いつも泥だらけになって畑を耕すか、草原に狩りに行っていたと思う。だけど、すぐに村は豊かになってきたし、そんなものだと思っていた。
いつもマリーばかりが優遇されていると、僻んでいたのは間違いだったのか?
大人たちが言うように聖女の神託は本物で、精霊たちが手助けしてくれていたから、村は栄えた?
村を出てから、精霊を一人も見ることはない。
あの村の畑の土は、とても痩せ衰えていた。
あれでは、野菜は育ちにくいはずだ。
「なあ、ビアス、カーヤ。俺たちは、間違っていたのか?」
「わからない。だけど、精霊村が豊かなのはわかった」
「私はね、確かめたかったの」
「何をだ?」
「私はもう16歳。女である私は、将来は結婚しか道がないのかなって。だけど、アマンダが言ったの。可能性は幾らでもあるんだって。外の世界を見てくれば、わかるからって」
「アマンダ姉さんか。俺たちが着ている服殆どが、アマンダ姉さんが作ったものだもんな」
「マリーがこんなのが欲しいって、言いだしたことがキッカケなんだよって、前に教えてくれた」
「マリーって何なんだよ」
ビアスは不貞腐れたように呟いた。
「聖女、なんでしょ。だから色んな力を持っているって」
「ずりぃよな」
「ビアス、それは違う、と思う」
「なんでだよ」
「だって、マリーが精霊たちと一緒に色んなことしてくれなかったら、あの村と同じ運命だったんだよ?みんなの家だって、公園だって、お風呂だって、食べ物だって、全部マリーが私たちに分けてくれたものじゃない」
「「・・・・・・・・・」」
俺たちは、その正論に沈黙した。
「それにね、今は精霊村って皆呼んでいるけど、『はぐれ村』って忌嫌われた村だったんだよ。どこからも外れ者が集まった村だって」
「ひこちゃんだって、丈夫な荷馬車だって、あたし達のものじゃないよね?10歳の子にあたし達、おんぶにだっこで冒険ごっこしてていいのかな?」
「ダメだろうな。・・・分かってはいたんだ。自分たちで用意したものなんて、何一つない。お金の計算の仕方も、文字の読み書きも、俺たちはお菓子が食べられることにつられて嫌々習ったが、それがなければ、今回付いてこれなかったと思う」
「ヨハン、マーティンさんに何か言われた?」
「計算が出来るかと文字が読めるのか、確認された。出来たことに、かなり驚かれた。出来なければ、頼まれても断っていたとも」
「俺たち、何が出来るのだろう」
「わからないわ。でも、出来ることを頑張るよ!女だからって、言われたくない」
「ああ、そうだな。マーティンさんが見守ってくれている間に、俺も商人とは何か、しっかり勉強する!」
「僕だって、護衛の人に色んな事を聞く!」
皆が送り出してくれた意味を、チャンスを無駄にはしない!
三人の団結力と決意は固まった。
グランの冷たく鋭い瞳が、ひこちゃんとチラリと視線を合わせて緩められ、機嫌よくピィーと鳴きながら馬車の少し先に飛んで行った。
どうやらギリギリだが、合格点に達したらしい。
マリーに仇をなす者に容赦がない、従魔たちの見守りは続く。
読んで頂き、ありがとうございました。
出張中~。