100.聖獣 フェンリル 長
オーブンを取り出し、大量の肉を並べて焼き始めたマリーを見つめる。
多少ひきつった表情はするが、それはリセとホセからの愛情籠った叱咤のせい。アルルの街のことを聞いて、悲痛になっているからではないことに安堵する。
この世界の理では、少しずつ、そう少しずつ多岐にわたった経験をしていく中で、鍛えられていく精神。それに合わせて見合った力やスキルが発生していく。だけど、マリーの場合は違った。
大人であった精神を持っていたとしても、この世界の経験値ではない。
逆に最悪な事態を想定することがなかった人生からの、常に命のやり取りをするこの世界は、常にストレスを受けていたことだろう。
更に先に力を持ってしまった為に、出来てしまうことが多くなり、逆に危険を呼び寄せていた。我々もついつい軽く考え、頼んでしまったのが間違いだった。
今回のことは特に失敗だった。先に我々が行動を起こし、保護だけ願えばよかったのだ。焦った我々が行動を促してしまった為に、起こった今回の事変。我としては暴れて街を壊滅状態に追い込み、国ごと潰れても良かったのだ。だが、マリーに言霊を言わせてしまったばっかりに、穏便に済んでしまった。
(聖女だった時代の残滓なのか)
正直、今でもこれで良かったのかと悩むところだが、マリーは妖精族だけでなく、人間にも死人がいないことに安堵していた。マリーと我らの間には、命の価値観が違いすぎたのだ。
我は、我らを狩る物と思っている者に、慈悲を必要としていない。狩るか狩られるだけの違いでしかない。
だがマリーは人の死を嫌うあまり、自分自身を犠牲にし、満身創痍に陥ってしまった。
無意識に奥にしまい込んだマナを全部使い、あと一歩遅ければ代償として何かを失っていた。いや、もしかすれば失われているモノがあるかもしれない。暫く皆で注意深く見ておく必要があるな。
シエロやテーレなど精霊たちにも、マリーに異変や変わったことが起きたら、必ず報告するように義務付けた。
長い年月をかけて、やっとまた出会えたのだ。我は、また、失いたくはない。
この世界が生まれ、育っていく過程を見てみた。それはまだ神が時々地上へ降りてくることがあった時代からだ。
その時の我はまだ、名もなき1つの魂だった。
植物が生まれ、動物が息づき、それらを捕食する大型の動物が出来、またそれらを土に返す役目をもつ小さき者たちが居た。
世界の安定を願い、世界樹が楔として植えられ、平等に誰しも癒しが与えられるようになった。世界樹を守るために精霊が生まれ、妖精が生まれ、やがて妖精族と言われる者たちへと生活様式で変化していった。
妖精の姿をそのままに、昔ながらの姿でいるフェアリー。
世界樹を食い荒らす者から守るために、獣人族と言われるケット・シーやクー・シー等。それらを支えるための物づくりをするドワーフやエルフ。
精霊と契約を結び、魔力で地上を発展させてきた。
それはとても優しくて、温かくて、緩やかな変化だ。
もっと変化を促したい。そう考えた神々は他の星々を見て回り、人間を作ることにした。それは賭けだったのだ。発展させながら壊していく物も多い人間。ただ荒れ狂うこの星を安定させるためには、多くのエネルギーが必要だったのも確かだった。
神は我に形を作り、好きに暮らしてみるとよいと、フェンリルとして生み出した。
我は手助けすることなく、ただの傍観者となりながら、魔力を集めながら生きていた。
その時作られた人間たちは、始めは精霊や妖精たちにとって、とても良い隣人だった。手を取り合い助け合い、街を発展させていく。便利な道具を作り、生活を少しずつ変化させていった。
生きることに精一杯だった時代が終わり、生活に少しずつ豊かにするものを生み出していく。
そしてさらに豊かにするために、平地を作るために森を拓き、動物を狩り、ごみを増やして行く。
増えていくゴミに対応しようと、自然に魔力を食べるものが出てきた。魔物の出現である。
――自業自得だと冷めた目で見ていた。
始めは命を落としていたが、それらに対抗する物(武器)を生み出し、魔物の原動力となる魔石に目を付けた。文明が一気に開花する。だが、その文明の開化と共に訪れたのは、争い。
魔物を退けることが魔道具や武器で出来るようになれば、それらが隣人に向かって行くのには、時間がかからなかった。
いくつかの村が出来、街が出来て、国が出来る。魔物により国が無くなることもあれば、内側から崩壊することもある。それらを繰り返していく中で、精霊は数を減らし、世界樹が焼失した。
魔物があちらこちらで跋扈する世の中で、瀕死の者を生き返らせる術を失い、国はどんどん国力を衰えさせ、こぢんまりと纏まっている。今や誰のものでもない土地が、有り余っている状態だ。無闇に広げれば、あっという間に食糧難になるからだ。
そんな中、神は決断する。聖女を遣わし、癒して行こうと。
その試みは、始めはとてもうまくいっていたように思う。だが、欲を掻く人間はどこにでもいる。聖女を囲い始めた。確かに聖女が居なくなれば、また疫病や怪我がもとで死人が増えるのは必然。特に階級層はどんな手を使ってでも、身近に置こうとし始めた。
結婚だ。
自国で聖女が誕生すれば、必ず王妃になるようにどの国もそう法律を作った。
マリーの前世の聖女だった時は、唯一王妃になっていない。安全な場所で子を産み育てている間に、何十人何百人と死人が出るのは、聖女として不条理だと。
法律だと言い放つ王に、聖女は縛られるものではない。ここであたしを縛るならば、この国を出ていくと、御使いである天馬をその場で呼んだ。
それから居なくなろうとする聖女を見て、この国に必ず戻ってきてくれるならばと、了承した。
面白い人間が居たとその時初めて、我は人間に興味を持った。それまでは聖獣として、どんなに力になって欲しいと懇願されても、まったく興が乗らなかった。我は傍観者にすぎぬと。
その聖女は言う。
「まあ、その毛並み。素敵なもふもふね!」
力を欲するのでなく、我の毛並みを褒め、それに埋もれることを欲する人間に、飽きれながらもそれから度々現れては、連れだしてやった。聖女は囲われる気はないと言いながらも、目の前に現れる病人や怪我人を放ってはおけぬ。
だから我も時には共に戦い、共に癒し、共に今を楽しんだ。
気が付けば、1000年経って初めての友を得た。
その後友は、聖女として寿命を全うし生を終えた。後の我の消失感は、酷かった。
数少ない精霊の泉を拠点に、ただそこに在るだけの者に成り下がっていた。
時は流れ、いつの間にかフェンリルの長として一族を率いていた。
そして、また友に出会った。
懐かしい。あの時の魂の何倍もの輝きに満ち、可能性を秘め我の前に現れた。
あの時の記憶などなかろうに、毛並みだけは相変わらず一番だと褒める。
「長!お肉の味はどうするの?」
「まずは、塩だけで焼き具合をみるのも良いのではないか?」
「おお!長、流石わかってるね。それにしても長、今日は一段ともっふ、もっふしてるね」
そうであろう!この村の澄んだ空気に、美味い肉。その上マリーが抱きついてくれば、自然に聖の気が流れてくる。その我の毛並みに死角はない!
マリーがソワソワし始めた。
我のもふもふで癒されるのならば、いくらでも抱き枕となろう。
古き友の心を守るべく、我は共にどこまでも往こうぞ。
読んで頂き、ありがとうございました。
第2章はこれで終了です。
次回第3章(ダンジョン街(仮))のスタートは未定です。
新連載
落ちた先は魔女の島?悠々自適な生活
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よろしくお願いいたします。




