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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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婚約者と乙女

 リーデシア=アルミアは侯爵令嬢である。ウェーブがかった栗色の髪に琥珀の瞳を持ち、穏やかに微笑む姿は花の精霊のようだと言われている。

 そんな彼女には幼馴染みで騎士の婚約者がいた。侯爵子息のアルフレッド=リグタードである。

 二人の出会いは今から十五年前。当時三才だった二人は、親同士が隣の領地だったこともあり、挨拶をかねて顔を合わせた。

 艶やかな栗色の髪を揺らし、優雅にそれでいて可愛らしく挨拶をしたリーデシア。彼女に一目惚れしたアルフレッドは、その場で膝をつき彼女にプロポーズをした。そして同じく一目惚れしたリーデシアは、感激の涙を浮かべながらそれに頷いた。


 これに驚愕したのはお互いの両親である。

 まだ三才の子どもが初対面の相手にプロポーズをし、それを受け入れる。そんな展開を考えてすらいなかった彼等は、親同士で緊急会議を開いた。

 お互いの領地のメリットだとか婚約によるデメリットだとかを詳細に話し合った結果、特に問題もないのでまあいいかと婚約に至った。あわよくば子ども同士で仲良くなり、友好的な関係を築いておきたいと考えていたのだろう。さすがに婚約までは考えておらず少々予定外ではあったものの、良好な関係を築きたい旨は一致していたために婚約と相成った。


 その後ぐずったアルフレッドにより、リーデシアは花嫁修行という名のお泊まりを繰り返す。一ヶ月に二日だったのが数週間に三日となり一週間に三日へ変わり、とうとうアルフレッドの策略通り完全に住み込み同居が始まったのである。


 話は変わるが、二人の住む王国は緑豊かで土地に恵まれた国だ。隣国は海に面し漁業が盛んで、反対隣は鉱山が発展した国である。

 お互いがお互いの得意分野で発展してきた三国は、つねに協力関係にあり同盟を結んでいる。これにより物資の安定化を図っているのだ。

 そんな王国では、貴族平民問わず十三才から十八才までの五年間学校に通うことが義務付けられている。これは数世代前の王が定めた法によるものであり、賢王と呼ばれたその人は知識と知恵の重要性を見抜いていたようだ。

 

 そして王国に住む二人もまた王立学園に通っている。

 王国は平和そのものであり、最高学年にあたる二人もまた平和そのものである。

 そんな中、リーデシアは婚約者を待つ間、友人であるハンナとテラスでお茶を楽しんでいた。


「ズバリさ、婚約者から愛される秘訣を教えてほしいんだけど」

 ブラウンのミディアムヘアを指先で弄りながら、ハンナはリーデシアに問いかけた。大きな瞳は好奇心で輝き、どことなく前のめりでリーデシアを見詰める。対してリーデシアは首を傾げてハンナを見詰め返した。


「ハンナは婚約者がいたの?」

 友人は平民で、婚約は遠い話だと聞いていたのだが、婚約者がいるというのは初耳だ。本来なら目を見開き驚愕するところなのかもしれないが、おっとりしているリーデシアは首を傾げるだけに終わった。あまり面白味のない反応だが、ハンナは気にせず手を横に振りながら答える。


「違うわよ。まだいないっつーの。そうじゃなくて、貴方って政略結婚のわりに異常に仲睦まじいじゃない。どうしたらそんなに仲良くなって愛されるのか知りたかったのよ」


 苦笑するハンナに訊かれたリーデシアは考え込む。リーデシアとアルフレッドは恋愛結婚なのだが、あまりにも幼い内から婚約し、領地や爵位の都合もあったために周りから政略結婚だと思われているのだ。

 更に言えばまだ結婚していないのだが、余りにも仲睦まじい様子にもはや結婚していると表現され、既に夫婦扱いされているのである。


 普通ならば困るところだろうがそれはそれ、愛し合う二人のこと。夫婦だと言われてお互いを見詰めあった後、それもそうかと頷いて受け入れたのである。からかいがいのない二人だ。


 そんな政略結婚なのにらぶらぶな二人を見て、ハンナは秘訣もとい可愛い友人ののろけ話でも聞いて、幸せを分かち合ってもらおうとした。しかし少し抜けているリーデシアはそれに気付かない。

 ハンナは優しい子だ。きっとアルフレッドとの仲を表面的なものではないかと疑って、自分を心配してくれているのだろう。そう思ったリーデシアは、心配性な友人を安心させるために、何故アルフレッドに愛されているかを考える。

 しかし考えれば考えるほどに、何故あれほどまでに格好良くて素晴らしい婚約者が己を愛してくれるのか彼女は疑問に思った。真剣な面持ちを友人へと向ける。


「ごめんなさいハンナ。私、どうして自分が彼に愛されているのかわからないわ。会ったときに聞いてくるから、それまで待っていてもらえるかしら?」

「は? え? わかんないの?」

「ええ、ごめんなさい。だってアルフレッドって、あんなに格好良くて素敵で優しくて誠実で爽やかで強くて逞しくて素晴らしい人でしょう。私、彼に愛される理由がないわ」

「いやいやいやいやリーデシアさん? 本気で言ってる? マジで?」

「ええ。だって彼は幼い時から騎士団に所属して、努力を積み最年少で副団長にまで登り詰めた人なのよ。剣だけでなく魔法も優秀で、魔術師団にも勧誘されているみたいだし。それなのに傲ってなくていつも優しくて。幼い頃は円くて大きかった瞳は、今は切れ長の涼しげな目元に変わって、輪郭はシャープになって。少年らしく肩まで届かないくらい短かった藍色の髪は、今はさらに短くなって。細かった腕も足も筋肉がついて太くなったのに、腰元は引き締まっていて。腹筋は六つどころか八つに割れてるし、甘やかなバリトンボイスは耳に染みて腰に響くほどで、それから」

「取り敢えず貴方が婚約者大好きなのは分かったからもういいわ」


 呆れ顔のハンナは途中でリーデシアの言葉を遮った。のろけ話でも聞いて幸せを分かち合いたかったのだが、友人は愛されている理由がないなどと言い出したのだ。加えて突然の婚約者褒め倒しである。意味がわからない。

 それほど愛しているのなら、愛していることが愛される理由になりそうなものなのだが、当のリーデシアは本気でわかっていない。話を遮られて不服そうな顔をしている。


 麗しく愛らしい彼女は、頬を膨らませていても絶世の美女である。実に可愛らしい。この見た目だって愛される理由だろうに、リーデシアは自らの見た目に頓着しない。

 それどころか「婚約者はあんなに格好良いのに、自分がこのままでは釣り合わないわ」と、毎日髪や肌の手入れを欠かさない。今の体型を維持するために、いつも努力していることも知っている。意味がわからない。自分の見た目を自覚してほしい。

 無自覚な友人の天然に呆れながらも癒されていると、話題にのぼっていた婚約者がリーデシアを迎えに来てしまった。


「リディ、待たせた」

「アル! 待っていたわ。普段貴方と離れている時間はとても長く感じるけれど、ハンナとお茶をご一緒していたからあっという間だったの。でもやっぱり貴方がいない時間は寂しかったわ」

「寂しい思いをさせてすまない。俺もリディと離れている時間は苦痛で何度団長を殴り倒そうと思ったか。愛しているよ俺の可愛いリディ」

「アル……私も愛しているわ」


 出会った瞬間からの砂糖攻撃にハンナは砂を吐きそうだった。

 しかも同性の友人だというのに、一瞬目を向けてきたアルフレッドから殺気を飛ばされた。ハンナは辟易する。どこに婚約者の友人に殺気を飛ばす男がいるというのか。ここにいた。それだからリーデシアには友人が少なく、彼女も自身寂しい思いをしているというのに。


「そうだわ、アル。貴方どうして私が好きなの?」

 直球過ぎるリーデシアの言葉にアルフレッドは目を丸くしたが、次の瞬間蕩ける笑顔を浮かべてリーデシアの頬を撫でた。

「俺が君を愛している理由? それはどんなに言葉を尽くしても語りきれないけれど、そうだな。まず」

「時間来たから私帰るわ。さよならリーデシア」

「まあ、そうなの? ご機嫌ようハンナ。また明日も話しましょうね、大好きよ」


 長くなりそうなのろけにさっさと席を外したハンナだが、友人におっとりと微笑まれてつい照れて手を振った。

 だが大好きという言葉に反応した副団長殿に全力の殺気で凄まれ、ハンナは一瞬表情を強張らせた。しかし彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ、横目でちらりとアルフレッドを見て鼻で笑う。

 そうして意気揚々と帰っていったハンナをアルフレッドは睨み付けていたが、姿が見えなくなる前にリーデシアへ向き直る。頬に触れていた手を顎に滑らし、口付けを交わすと答え途中だった問いを思い出す。


「リディ、続きは部屋に戻ってからにしようか」

 愛しい婚約者の甘い笑顔に頬を紅く染めたリーデシアはこくこくと首肯する。そのまま彼女を横抱きにしたアルフレッドは、リーデシアに口付けを落としながら馬車に乗り込み帰宅する。そして言葉に尽くしても語りきれない愛を態度で表現するべく、人払いをして彼女と二人部屋に閉じ籠った。


 翌日リーデシアは学園を欠席した。ちなみにアルフレッドは元から休みをとっていたようで、周囲の人間はまたかと特に気にせず日常を過ごしたのだった。

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