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第07話 護衛対象との初めまして

 ――恐らく一日二日では到底回りきれないであろう広さを持つ王都には、三種類の区画が多数存在する。


 一つ目は住宅区。

 俺達の家がある住宅街のような区画で、住宅のみを建てることができる。

 新しくやってきた住民の為に三、四階建ての木造集合住宅の設計も進んでいると、以前依頼者の爺さんが自慢気に言っていた。

 どうやら元建築家だったらしい。


 二つ目は商業区。

 ここには様々な商品の販売店や、鍛冶師等の職人たちが営む工房などがある。

 店と兼用であれば住宅としても利用できるし、旅人が宿泊する宿屋などもここにある。

 冒険者にとって重要な武器、防具を製造・販売する店、鍛冶屋もあれば、住民たち向けの食材や道具を取り扱う店もある。

 朝になれば商業区に設けられた市場で商人が集まって朝市を開くので、俺もよくミルねぇとの散歩の際に立ち寄っている。


 最後が貴族区。

 ここには貴族しか立ち入れない。

 貴族の住宅区みたいなもので、この国に存在する百八の貴族の屋敷が立ち並んでいる。

 俺達には至極関係のない区画だ。

 勿論のこと庶民である俺は入ったこともない。

 ネムねぇなんかは、仕事で何度か行くことがあり、その度にまるで自分の事のように街の様子を話してくれた。

 胸を張って、次いでに揺らしながら。

 でも建物が豪華で大きくなる以外、そこまで住宅区と変わらないらしい。

 ただ街を歩く人は少なく、スフォーと呼ばれる4足歩行で力の強い動物を使って車輪の付いた大きな箱を引いて動かす、スフォー車という乗り物がよく通るらしい。

 商業区でも商人がスフォー車で荷物を運んだりしているのを見るが、貴族様は家の外に出る場合はそれに乗って移動するんだと。

 隣りの家に行くときは歩くのだろうか、それもスフォー車に乗るのだろうか。

 今度ネムねぇに聞いておいてもらおう。




「貴族区の、スモーリ街門っと」


 聖玉(フレジア)が王都の真上を通る昼過ぎ。

 俺は爺さんから受けた依頼、やんごとない御令嬢の護衛をする為に目的地へと向かっていた。

 今日の分の報酬で、アリルがいつも稼いでくる報酬三日分くらいの稼ぎくらいにはなるので、以前ネムねぇと話していたようにアリルを休ませることにした。

 今日は帰りがいつになるか分からないからミルねぇを見といてくれと説得して、ほぼ強制的にアリルには休みを取らせた。

 ミルねぇは一人にさせると寂しがるし、何かあっても困るからな。

 二人共俺のいつもと違う行動に勘繰ってきたが、爺さんからのお使いに行くだけと嘘を吐いてきた。

 あまり詳しいことを教えてもらえない、何か危険があるかもしれない依頼に行くなんて言ったら、無理矢理にでもついてくるに決まっているからな。


「さて、着いたはいいが。護衛の引継ぎをしてくれる人は何処だ?」


 確かラジクから聞いた内容だと、貴族区前のスモーリ街門付近にて貴族側の護衛から仕事を引き継ぐ話だったはずだ。

 余り近付くことのない貴族区近くということもあり、キョロキョロと門の周りを見渡していた。

 すると建物の影から、モークと呼ばれる片目に付けるガラスのような、確か視界がボヤける人が身に付ける道具を身に付けた、庶民の格好をした青年がこちらへ近付いてきた。


「失礼、あなたがユード殿でしょうか?」


 遠くからは分からなかったが随分と顔立ちが綺麗な青年だ。

 きっと女性からは人気が高いだろう。

 少し高めの声も整った顔に合っていて、ふと男の敵は多そうだなと思った。

 言葉遣いからするに、彼が俺のお目当ての人物なのだろう。


「そうだ。あんたが引継ぎ役か?」

「はい。では私の後に続いてください。説明は後で。自然に、あまり人目に付かないように」

「ああ。分かった」


 俺は彼の後を少し距離を空けてついていく。

 見た目は庶民だが背筋は綺麗に伸びているし、歩き方もズレがない。

 多分、貴族そのものか使用人か、それとも身分のいい騎士か。

 地面は砂であるのに足音が余り立たない面を見ると、使用人なのだろう。

 貴族の事をよく知らない俺だが、ミルねぇがよく読んでいる本でそんなことが書いてあった気がする。

 使用人と主人である貴族の恋物語を強制的に読まされ、感想を言い合いたいと言ってきたミルねぇの知識が、ここで日の目を見るかもしれない。

 いやでも物語だからな、本当の事かは分からんが。


 そんな使用人らしき彼は路地の角を数回曲がって、ボロい建物へと入っていった。

 俺もその後について、建物の廊下、そして彼が立ち止まった扉の前までやってきた。


「入りなさい」


 足音で気付いていたのだろう、凛としているが何処か舌足らずな、女性というよりは女の子という方が合うような声が聞こえた。

 そして俺は使用人らしき彼によって開かれた扉の中へと、足を踏み込んだ。




「あなたが、わたくしの護衛ね?」


 青年に促され部屋へと入った俺を待ち構えていたのは、正に貴族のお嬢様と言わんばかりの高圧的な一言だった。

 その声を聞いた俺の目線の先、いやそこには何もなかった。

 不思議に思い視線を下げると、そこには街娘の格好をした、いや街娘の格好を着させられた小さな女の子がいた。

 水色の透き通るような髪色を腰まで届くツインテールにした、つり目で眼力の強い女の子。

 身長から察するに十二、十三歳くらいだろうか。

 この子が俺の護衛対象か?

 というか護衛対象は貴族って聞いてたから、爺さんの知り合いならてっきり同世代の貴族だと思ってたんだが。


「あ、ああ。そうだ」

「ふーん。意外と普通なのね」


 なんだその感想は、普通で悪かったな。


「あんたが護衛対象でいいんだよな? 何歳だ?」

「いきなり質問ばかりで失礼ね。まぁいいわ。確かにわたくしがあなたの護衛対象で、歳は十七歳よ」


 初対面で質問してきたお前が言うか? っていうか。


「十七!? 嘘だろ!?」

「嘘じゃないわよ! 何? 身長? 身長なの!? ふんっ。小さくて悪かったわね、お子様で悪かったわね!!」


 頬を膨らませて怒る様子は俺の家族と同じなんだな。

 変な所で親近感が沸いた俺は、ミルねぇやアリルと相対したときのように気楽にいくことにした。

 口調はイメージ通りよりがさつなお嬢様だが、こんなに簡単に怒っちゃいかんぜ。


「いや、すまん。まさかあんたが妹と同い年だとは思えなくてな、失礼した」

「わ、分かればいいわ、それじゃあ早く行きましょ」

「おう、俺はいつでもいいけどよ。その前に今日の内容の確認といきたいんだが?」


 意外と切り替えが早いお嬢様だこと。

 しかし会話のテンポは悪くないな、今回の仕事は退屈しなくて済みそうだ。

 まさか庶民の俺が貴族のお嬢様と仲良く会話できるとは思ってなかった。


「お嬢様。淑女たるもの、先に名乗らなければなりませんよ」

「あ、そうだったわね。わたくしはフィー・トルタリアスよ」

「おう、俺はユード。ユード・ラスターっていうんだ、よろしくな」


 スカートの端を両手で摘まんで、恭しく貴族の礼をするお嬢様。

 つっても貴族の儀礼なんて知らないんだし、俺はフィーに向けて手を差し出した。

 一瞬ポカンとしたフィーだったが、直ぐにその整った面を破顔させて握手に応じてくれた。

 隣りで佇んでいる青年が眉をピクピクさせているが、まぁいいだろ。

 最初はしっかりコミュニケーションを取らねぇとな。

 ……ていうか貴族って握手しないの?

 何か他の礼儀があるのかもしれないな。

 ミルねぇの持ってた物語をもっと読んでおいた方が良かったかも。


「ええ。随分と口が悪いようだけど、本当に護衛が務まるのかしら?」


 と思ったら突然のジャブ。

 やはり貴族は性格が悪いのかもしれない。

 しかしフィーの表情はニヤついているので、冗談で攻撃してきているのだろう。


「悪かったな。冒険者ってのはこんなもんだから、慣れてくれ」

「仕方ないわね。郷に入れば郷に従えと聞くし、このままでいいわ。本当だったら死刑ものよ?」

「そいつは怖えぇな。それで、今日はなんでこっちに来たんだ?」

「では私から説明させていただきますね」

「あ、その前にそっちのお兄さんの名前も教えてくれよ」

「これは失礼致しました。私の名前はネリス、以後お見知りおきを」

「ああ、よろしくな」


 ネリスと名乗った青年にも手を差し出すと、少しだけ迷った様子だったが俺の手を取ってくれた。

 なんだ、使用人ってのはこんなに柔らかい手をしてるのか?

 こんなんでお嬢様を守れるんだろうか?

 少しだけ疑問に思ったが、ネリスの話が始まったと同時に思考を打ち切り話を聞くことに集中した。


「事前にお話は聞かれているとは思いますが、本日は冒険者ギルド本部、ギルド長のコボロフさんの下へとお嬢様を護衛することになります」

「ああ、聞いてた通りだな」

「ですがあくまでも、お忍びでの行動となりますので、ユード殿には護衛とバレないように行動していただきたいのです」

「なるほどな、一応聞いておくがこのお嬢様が何処かから命を狙われているって訳じゃねぇんだよな?」


 依頼の内容が詳しく知らされなかったからな。

 ここで情報を仕入れるだけ仕入れないと。


「それは大丈夫です。こちらの諜報部は王都の中でも有数の者が集まっていますから」

「そりゃ安心だ。俺の他に護衛は?」

「すみません、ユード殿のみになります」

「は? いや、待てよ。普通は何人も遠くに配置しとくもんだろ? あんまり貴族様のことは知らねぇけどよ」


 俺の中のイメージだと、貴族ってアホみたいに大人数の人を扱き使ってるんだよな。

 護衛にしろ使用人にしろ、王都の見回りをしてる王国軍サマ達もそんなにいるかね? って思うくらいだし。


「その通りです。今回のお忍びのことを知る者は少数ですので、あまり広められないのです。これ以上の情報は、ユード殿にも伝えることはできないので」

「あー分かった分かった。俺としてもそんな面倒そうな貴族の事情に首を突っ込む気はねぇよ」


 首を吊らされる羽目にでもなったら洒落にならないからな。


「ありがとうございます。こちらから伝えることはそれくらいです。どうかお嬢様をお願いします」

「ああ、任せろ」


 ネリスとの話を終えてフィーへと向き直すと、当の本人は壊れかけの椅子に座って足をブラブラと揺らしていた。

 どうやら詰まらなかったらしい。

 だが話が終わったと見るや椅子から飛び降り、ああ、フィーは小さいから椅子に座ると床に足が着かないようなので、飛び降りないといけないようだ。

 そうして意気揚々と俺達へ向き直った。

 その表情はこれからの楽しみを隠しきれないような最高の笑顔。


 ……おいおい、俺の護衛できる範囲で行動してくれよ?


「ほんじゃ行こうか、フィー」

「やっとね。ネリス、行ってくるわ」

「はい、お嬢様。行ってらっしゃいませ。ユード殿、何度もすみませんがどうかお嬢様をお願いします」

「おう、頼まれた」


 そうして俺は先に部屋を出ようとしているフィーの後ろを追っていった。

 フィー、それは引き戸だ。

 押しても開かないぞ。

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