第06話 冒険者ギルドと依頼書
あれから家へと戻った俺とメルねぇは早めの昼食をとった。
そしてミルねぇに留守番をしてもらって、俺はギルドへと向かう。
昼前のギルドには冒険者が殆どおらず快適に歩ける。
軽い足取りで、ギルドに寄せられている依頼が書かれた紙、依頼書が纏めて貼り出されている依頼掲示板へと俺は足を運んだ。
「これだな、オーブンを修理してほしいっと。他には……あの爺さんまたラムスター逃がしちまったのかよ。これも今日中に探してやるか」
何枚もの依頼書を見ていくと、いつもと違うことに気付く。
「気付かれましたか、ユードさん」
「ラジクか。ああ、こいつはどういうことだ?」
俺が気付いたことは、どの依頼も以前より報酬の額が少しだけ上がっているということだ。
街中の住民からギルドに寄せられる依頼は、緊急的なものは少ない。
今日パン屋で受けたのは、俺の知り合いであり俺とミルねぇが毎日寄っているからこそ依頼を出しただけだった。
しかし通常は、早くても十日後くらいを期限にした今すぐ受けなくても問題のない依頼ばかりである。
例えペットの捜索依頼でも、この王都自体が犯罪が少ない王国の中でも最も安全な街である為、住民もそこまで急ぐ必要性を感じないのである。
というか本気で急ぐなら自分で動いて、工房に修理を依頼しに行くだろう。
職人に依頼する為、ギルドへの依頼より割高になるが直ぐに対応してくれるはずだ。
ギルドの話に戻そう。
冒険者の中にも俺以外にも街中の依頼を受ける人は少なからずおり、依頼が何日も溜まることはあまり無い。
ギルド内の暗黙の了解として、期限が近いものを優先して受けるようになっているので、人目に晒されずに破棄される依頼は殆どないはずなのだ。
よって依頼する側の競争が起きることはなく、依頼者の所得関係の報酬が下がることはあっても上がることはない。
しかし最近、競うようにして街中で解決できる依頼の報酬が上がってきている。
「ギルドとしての見解は?」
「依頼数の増加、ですね。なんでも屋の噂を聞きつけた隣りの地区の住民が依頼を持ってきたり、これまで知らなかったこの地区の住民が持ってきたりといった所でしょうか。住民の数も増えていますからね」
王国の善政は今も尚轟いており、王国内でも一番大きく発展している王都へ来る者は沢山存在する。
その中には国内の別の街から王都に引っ越す人だったり、他国からの移民であったり、定住という訳ではないが長期間の滞在をする人もいる訳だ。
そのお陰か王都は街の外の開拓も盛んで、更に多くの人が住めるようにと発展を続けている。
「確かにそう言われてみると、この頃この街にも人が多くなっている気もするな」
「そうですね。冒険者の現地登録数も増えていますし」
冒険者ギルドは有数の街に配置されている。
特に王都は敷地が広いこともあり、冒険者ギルドの本部の他にも五つもの部所が設けられている。
因みにここは冒険者ギルド本部だ。
「一度に張り切れる依頼書には限りがありますから、依頼掲示板上では依頼数の変化は見られないんです。なので依頼数が増加したことをユードさんは気付けなかったようですね」
「なるほどな。という事はそっちの方で依頼書が大賑わいってか」
「ええ。ですが、なんでも屋の噂が広がったお陰で、街中の依頼を受ける冒険者も少しですが増加しているんですよ」
「ほう」
アリルが剣聖として冒険者の憧れとなっていることは知っているが、まさかこんな自分が他人の憧れというか、目標足りえるなんて思いもしなかったな。
だが、人が増えることによるデメリットは大きい。
「全ての冒険者がユードくんのように柔和に対応できるわけではありませんからね。ご存知の通り、討伐では人柄は余り尊重されませんが、街中の依頼では殆どが依頼者と話をすることになります。ですが冒険者の方々の中には」
「討伐をやってる言動の荒い冒険者か」
「はい。それによるトラブルの報告も二、三件上がっています。ギルドとしても街中の依頼を受ける際には人柄を見て、場合によっては拒否するという対応を随時取るようにはしていますが……」
「面の皮が厚い奴等は何処にでもいるからな。文句言わずにモンスター狩ってりゃいいのによ」
「私共の立場ではそこまで大っぴらに言うことはできませんが、概ねユードさんの考えで合っていますよ」
俺の存在が、街中の依頼を達成するだけでも生きていけているという答えになってしまっている。
街の外に出ることなく、のうのうと生きている俺の存在が冒険者達に、新しい可能性を見せてしまっているのかもしれない。
全く、今の俺の家の家計は殆どアリルの収入だっていうのによ。
「時が解決してくれる問題だとは思いますが、このままでは冒険者と住民の間に溝が出来てしまいますから。ユードさんはどうかご心配なく、この問題はギルドで解決しますよ」
「そうしてくれるとありがたいね」
「おっと、忘れていました。今日はユードさんにとっておきの依頼があるんですよ」
「とっておき、だと?」
ラジクがわざわざ受付から出てきて、俺の所に来たのはそういった理由があったのか。
どうせとっておきと言いながら俺の名を指名した依頼とかだろう。
若しくはギルドの方で俺にやらせようとしているのか。
「はい。街中の依頼の中では群を抜いて報酬も高いですし、ユードさんの実力だからこそできる依頼だと思いまして。こちらへどうぞ」
「ああ、そこまで言うなら見てみよう。但し、受けるかは俺が決めるぞ?」
「勿論、分かってますよ」
俺は四枚の依頼書を持ったままラジクと共に受付へと向かう。
ついた受付は無人だったが、ラジクは俺を待つように言ってギルド職員しか入れない扉へと入っていった。
扉の向こうは職員が作業するスペースが広がっている。
俺も何度か見たことがあるからな。
そして直ぐに戻ってきたラジクの手から、一枚の依頼書が置かれた。
「ユードさんも勘付いているとは思いますが、ギルド長から指名での護衛依頼なんです」
「爺さんが? しかも護衛って、この街で護衛なんているもんかね」
「護衛対象がギルド長の知り合いである貴族だそうで。貴族区の前にある門から、このギルドまでの護衛という話です」
なるほど、貴族か。
爺さんは顔が広いもんだな。
ギルド長だからってのもあるのかもしれない。
――それぞれの区画、貴族区と住宅区と商業区の間は塀で囲まれている。
そして等間隔で大きな扉が設けらており、貴族区に続く門には騎士団から割り振られた門番が、住宅区と商業区の間の扉には地区の自警団が警護に当たっている。
それにしても貴族区ね。
貴族っていうと俺達庶民からは良いイメージがないもんだが。
「貴族っていうと、騎士さんはどうしたよ? いっつも護衛してんだろ?」
「なにやら、極秘のお忍びだそうで。騎士の護衛はつかないそうです」
おいおい貴族は騎士雇ってナンボじゃねえのかよ?
貴族のお忍びってこたぁ、庶民の街を歩いてみたいとかそういう我が侭なのかねぇ。
貴族じゃねぇから分からんが。
「随分とにおうな。関わったら駄目な予感しかしねぇ」
「そう言わずに。報酬は百タリエ、金貨一枚ですよ」
この国の通貨はタリエとダル。
一タリエが銅貨一枚、十タリエで銀貨一枚、そして百タリエで金貨一枚となる。
しかし俺達庶民はもっと細かい単位でお金を使う。
それがダルという銅銭で、一ダルで銅銭一枚。
一タリエに対して百ダルという為替があり、大体一人が朝昼晩と飯を食べる為に使うのが三十ダルくらいだ。
金貨一枚、つまり百タリエあれば一人三百日程は生活できるということ。
まぁ俺達の家庭では四人とネムねぇの酒代が嵩むから、五十日持つか分からないけど。
「その馬鹿デカい報酬も嫌な予感しかしねぇよ!」
「仕方あるまいよ。これでもワシがしっかりと考えて出した報酬なんじゃぞ?」
俺達の会話へと入り込んできたのはギルド職員の制服を着た、腰を曲げた老年の男。
「ギルド長、お疲れ様です」
「久しぶりだな爺さん。元気か?」
「ほっほ、相変わらず街を駆け回っているお主よりは元気ではないがのぅ。お主も、アリル、ネムも元気か?」
「……ああ。皆、最近は落ち着いてるよ」
彼はギルド長であるコボロフ・ジャルダ。
以前は冒険者として活躍していたらしく、冒険者達からは尊敬されているギルド長。
そして七年前から俺達のことを気に掛けてくれている筆頭だ。
まぁこのギルドで受けた依頼、未確認のモンスター討伐という依頼で両親が行方不明になったのだから、気に掛けるのも当然かもしれない。
両親を捜索する緊急依頼をギルド長権限で出してくれた、ネムとは違った所で助けてくれたもう一人の恩人だ。
それに以前から爺さんは俺達を孫のように可愛がってくれていた。
だから俺達も自然と爺さんを頼る事ができた。
特にアリルを冒険者として育ててくれたのは、他でもない爺さんだ。
若い頃は冒険者として活躍してきた爺さんが、討伐に行っていいと許可を出すまで。
凡そ三年の間、アリルを鍛えてくれた。
そして今も街の外へ討伐に行くアリルの様子を見てくれている。
ギルド長命令で職員に監視してもらっているらしいからな。
ただアリルは爺さんから剣の技術だけは教わろうとしなかった。
剣の技術は、昔父に教わったものだけを使っている。
今のあいつは父の剣を忘れないように、父親の真似をしているに過ぎないんだ。
「お主らが無事で何よりじゃ。それでこの依頼なんじゃがの、どうじゃ?」
「どうって?」
「受けてみんかの? というかユードに受けてもらいたいんじゃよ、ワシとしては」
「何で俺なんだ? 俺が納得する理由を教えてくれよ」
そう言うと、爺さんは皺々になった指を立てて自慢気に話し始めた。
まるで自分のことのように。
「まず、お主は誰よりもこの地区を知り尽くしておる。そしてミルルのお嬢ちゃんとの散歩で、護衛の動きができていることも知っておる」
「どっから見てたんだよ爺さん」
「毎日ギルド長室から見えるんじゃよ、最近はミルルのお嬢ちゃんも楽しそうで何よりじゃ。よう揺れとるしのぅ」
「……例え爺さんでも、ぶっ飛ばすぞ?」
「おお怖い怖い。お嬢ちゃんたちもそうじゃが、お前さんも充分シスコンじゃのぅ。そして理由の最後にユード、お前さんはの、ワシが知る中で一番の冒険者じゃからじゃ」
俺は爺さんの言葉に冷や汗を掻いた。
あの日のことを思い出しそうになった思考を中断させ、そして何もなかったように口の端を吊り上げて答える。
「ほう、嬉しいこと言ってくれるね。でも、ギルドじゃあ最強は俺の妹って専ら噂だぜ?」
「そうじゃのぅ。一発の戦闘力は確かにアリルのお嬢ちゃんが一番かのぅ。しかしあの子の剣は荒削りじゃ、このままレキドラの、父親の剣を見続けていれば、いずれ勝てなくなるじゃろう」
「……そう、だな」
「そうしたら怪我を負うかもしれん。それはワシもさせたくない」
「ああ、俺もだよ」
「これはユード、お主の一歩目にしてほしいんじゃ。家族を大事にするのは分かる、ワシじゃってお主らのことは自分の家族同然に思っておる。だからこそな、ユードにはユードらしくいてほしい」
俺を見つめる爺さんの相貌は、もう記憶から薄れてしまった両親の優しい面影と似ていた。
顔、形が似ているのではなく、その表情に纏う雰囲気が、俺達を本当に想ってくれているという証拠になり得た。
「……はぁ、分かった。やるよ」
「ありがとう、ユード」
「礼を言うのはこっちだろ? いつもありがとな、爺さん」
「ああ、では詳しいことはこいつから聞きなさい。それじゃあのぅ」
「おう」
十九にもなってどうかと思うが、爺さんの手で頭を撫でられるのは何だかとても安心する。
肌は皺々でも鍛えられたゴツゴツとした感触は父と似ていた。
爺さんは俺を撫でた後、未だに職員との世間話に夢中なミルねぇの元へと歩いていった。
ミルねぇもアリルも、爺さんことが大好きだから喜ぶだろう。
「よかったですね、ユードさん」
「うるせっ」
「あははは。では依頼の内容、お聞きしますか?」
「ああ、頼む」
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