6がつ11にち 晴れのち曇り (量子論とかそんな日)
6がつ11にち 晴れのち曇り (量子論とかそんな日)
その声がどこから聞こえてきたのか、最初は全く分からなかった。
「あねさん、あねさん」
1LDに一人暮らし。
狭い室内に潜む人影はないのは、文字通り一目瞭然。
空耳と決め付けて無視したいのだけれども、あまりにもハッキリと聞こえてしまったしなぁ。
数度室内を見回し、ようやく声の発信源を突き止めた。
「マロと申します」
「犬・・・じゃないよね」
「失敬な。犬に見えるか?」
「ううん。納豆に見える」
「そうだろう」
「ミツカンきんのつぶ3個パック、特価98円に見える」
「そうだろう、そうだろう」
満足そうな声。
擬人化したら腕組みして大きく頷いているところだろうが、納豆なので動きはない。
ちなみに昨日、納豆ご飯、納豆チャーハンとして胃に収めたので最後の残り1パックだ。
それにしても、最近の納豆は喋るのか。
久々に購入したから、知らなかったよ。
普段は買わないけど、今はサイフがピンチなので安くて栄養満点のビンボー人の味方に手を出したのだ。
そういえば実家に帰った時、母はまんまとTVの捏造番組に騙され納豆をかき混ぜてから20分放置するという怪しい儀式を行っていたなぁ。
ちなみにピンチの理由は、まとめ買いした食材をブラックホールに吸い込まれるという巫山戯た事態に陥ったからなのだが。
「それで、何か用ですか?」
「ねえさんは・・・俺を食べる気かい?」
「うん」
「・・・・・・分かった。俺も食品だからな。喜んで食べられようじゃないか。ただ、少しだけ時間をくれ」
どういう構造になっているのだろう?
豆の一粒が喋っているのだろうか。
それとも全体で1生命体?
もしかして引いている糸は、グルタミン酸とフラクタンではなくてシナプスなのかも。
「どのくらい待てばいいの?」
壁に掛けられたキッチンタイマーを見ながら聞いた。
「母星に最後の通信がしたいから―――」
あ、この納豆くんは宇宙人なんだ。
「母星って?」
「この星の言い方だと、グリーゼ581cだそうだ」
「グリーゼ…あー、聞いたことがあるな」
「なんだ。我が星は有名なのか」
「極一部でね」
グリーゼ581c。
地球からおよそ20光年ほどの距離にある、『生命が居る可能性のある』とされている惑星なんだけど。
そうかぁ、居たかぁ。
ちなみに私の知識の中で妙なやつは、大抵父さんからの受け売りだ。
天文や宇宙とかが好きだった。
産まれてくる娘に『奈紗』と名付けようとするくらいにはマニアだった。
母さんの猛反対により、紗奈となったが。
グッジョブ、母さん。
「通信って、送るだけでいいの。やりとりもするの?」
「ああ、何度か交信をしたい」
送信だけなら、すぐ終わるかもしれないけど。
20光年離れた場所への交信。
こっちからデータを送って届くまで最速20年。
返信がむこうからこっちに届くまでさらに20年。
一往復40年。
それを、何度もって。
「そんな、何十年も待てないよぉ」
「何十年?いや、通信はリアルタイムで出来るが」
うぉう、アインシュタインに喧嘩を売ってる。
『相対論的な因果律』を破るつもりか。
ご存じの相対性理論では、この宇宙に光よりも速いものは存在しないとしている。
真空中を、秒速299792458m。
物質にエネルギーを加えていけば、どんどん加速していくが、それにともない物質の質量も増加していく。
質量が大きくなれば加速に必要なエネルギーも大きくなる。
それにより光速を越える為に必要なエネルギーは無限大となるため、光速を越えること出来ない。
E = mc2。
世界で一番有名で綺麗な公式ね。
情報の伝達も、光速を超えられない。
故に、光速の向こう側は解らない。
この光速でも情報が伝えられない領域の境目が、事象の地平線だ。
いくら宇宙人が地球人より科学が発達しているとしても、法則を無視出来ないだろう。
それともパラダイムシフトが起こって、新しい理論が確立されているのだろうか?
だとしたら、教えて欲しいなぁ。
パラダイムシフトっていうのは、科学の分野で従来の常識が新常識に取って代わられること。
分かり易いとこだと『地球は平ら』から『地球は丸い』に。『天動説』から『地動説』に。
「食べるのを、10・・・いや5分だけ待ってくれ」
「うん。5分ならいいよ」
再びタイマーを見て言った。
10分じゃダメだけど、5分ならオッケー。
「もう、交信はじめているの」
「ああ」
見た目、微動だにしていないようだけど。
逆に私の方が忙しく動き回っている。
ガシュ、ガシュ、ガシュ―――
「その間、いろいろ質問しても良い?」
「いいぜ」
「リアルタイムってどうやって通信するのかな?トンネル効果?群速度?」
これだと光速を越えるけど、情報伝達は出来ないしなぁ。
「通信に光なんか使わんよ」
「ほほぅ」
「だいいち、速度なんて概念のあるものを使ってリアルタイムになるはずがないだろう」
「そうだよね。たかだか1秒間に地球を7周半しか出来ないのだから。宇宙規模では使いモノにならないよね」
しばらく会話は止まったのは、どう説明したらいいか考えていたからだろう。
「量子論の知識はあるか?」
「ちょっと、は」
本当にちょっとだ。
ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・P・ファインマンでさえ、「量子論を利用出来る人は大勢いても、量子論を真に理解している人などいやしない」と言っていたぐらい、難解な学問だから。
「じゃあ電子のスピンはわかるな」
「まぁ、ちょっとは」
物質を構成する最小単位は原子。
少々意味は違うが、元素といってもいいだろう。
元素記号1 H(水素)
元素記号2 He
・
・
・
学生時代、無理矢理覚えさせられたアレだ。
さて、そんなこれ以上分解できない最小の物質とうたっている原子。
だけど、実際はさらに分解出来るという、『嘘・大げさ・まぎらわしい』のJAROもビックリの誇大広告。
原子は原子核、とマロさんが話題に出してきた『電子』で出来ている。
よしっ。
駆け足すっ飛ばし、電子の説明終了。
そうすると、次は電子のスピンについてなのだが、本気で解説をはじめようとすれば論文になってしまうし、あきらかに私の手に余るシロモノ。
とりあえず、原子を太陽、電子を地球だと考えて、電子は原子の周りを公転しながら自転もしている。
その自転を電子のスピンと思ってくんなまし。
「シュレディンガーの猫もわかるな」
「なんだか質問責めだね」
シュレディンガーの猫。
世界一有名な猫さんです。
ラスベガスを根城にした野良猫で、さまざまな伝説を持っています。
その背中には大きな星形の模様が付いていたことから、幸運の使者としてギャンブラーはもとよりラスベガス中の施設で優遇される。
全ての場所に顔パスで立ち入り、あらゆる禁止区域にも入ることが許され、さながらラスベガスの主のよう。
ねぐらはその時々で気に入ったホテルに数日~数ヶ月ほど居座るが、その情報は瞬く間に人々に知れ渡り、ホテルや関連企業の株価も高騰する。
そのため、ホテル側も長く引き留めたいが為、宿泊予定だったオーナーをさしおき最高級VIPルームを用意するほど。
誕生日(とされる日)には、歴代大統領からバースディカードを送った。
死去後、ラスベガスのあるネバダ州では議員の満場一致により、誕生日(とされる日)を休日と制定。
その華麗なる生き方は、ミュージカル『キャッツ』になりロングラン公演される。
また、ネズミを追いかける姿はアニメ『トムとジェリー』のモデルにもなった。
勿論、全部嘘ですけどね。
本当は量子力学の思想実験。
1935年にオーストリアの物理学者、シュレディンガーによって発表された論文。
内容は『鉄で出来ている箱の中に放射性物質と放射線検出装置付き毒ガス発生器を入れます。
生きた猫も入れます。
そして、外から見えないようにフタを閉めます。
ある確率で放射性物質が崩壊、放射線が出てそれに毒ガス発生装置が反応、猫さんお陀仏というコンボ。
一定時間たった時、中の猫は生きているのでしょうか?死んでいるのでしょうか?』
動物愛護団体から、猛烈な抗議を受けそうな実験です。
普通に考えれば、箱を開ける開けないに関わらず箱の中で猫の運命は決していますよね。
ただ量子論、ミクロの世界では事情が変わってきます。
箱を開ける前の猫は、生きている状態と死んでいる状態の両方であり、開けて観測された瞬間に生死が決定する。
うん、訳わからんですね。
ふつうは、観測者がいようがいまいが、観測されているモノに影響など無いように思うけど。
アインシュタインも、その説が正しいなら、
「月は我々が見ているからあそこにあって、見ていない時にはないということになる。そんなハズはなかろう。月は誰も見ていなくても、あるはずだ」
と反論したぐらい。
相対性理論と量子論は作り上げられたのは、ともに1910~1920年代と時期が重なる。
そのため、アインシュタインと量子論創始者のニールス・ボーアは何度も論争しているんだよね。
結論から言うと、、様々な実験によってこの奇妙な理論『観察者が見た瞬間に、状態が決定される』が正しいことが証明されているんだよね。
正確には、観測した瞬間に電子の波が収縮するのだとか。
ボーアは、この現象を『相補性』と名付けていたけど。
「だいたい分かっているようだな」
「ハァ」
疲れてきた手首を揉みながら、気の抜けた返事をする。
タイマーを見ると、3分ほど経過していた。
「ここに、同時に作り出された電子対の片方がある」
ここって言われても見えないけど。
「そして、もう片方は母星にある」
ふむふむ。。
「この二つの電子は、その後も影響しあっている」
「エンタングルメントだね」
「そうだ。そして、電子は観測した瞬間に状態、スピンがプラスかマイナスか決定する」
「そうすると、もう一つの電子が保存則で決定している、と」
観測した電子がプラスだったら、もう一つの電子は必然的にマイナスとなるわけだ。
逆の場合もしかり。
「でもさ、何光年も離れていたらさ、やっぱりそのプラスかマイナスかの情報が伝わるのは何年もかかるんじゃないの?」
情報は光速を越えられないのは、相対性理論でおなじみだ。
「それでは、保存則がその間何年間も成立しない事になるだろ」
「うむぅ・・・」
「どれだけ離れていようが、片方の電子の状態が決定した瞬間に、相方の電子の状態も決まる」
「うむぅ・・・」
そうなんだよね。
イマイチ納得できないけど、この場合あらゆる実験で量子論の方が正しいのが証明されているんだよね。
「あとは決定した量子の状態を解読し、読み取ればいい」
「量子コンピューター・・・いや違うな、量子通信機か・・・」
うむぅ・・・。
相対性理論と量子論。
現代物理学の双璧なのに、互いの理論にパラドックスありすぎ。
「さて、待たせたな。通信は終わった」
5分ピッタリ。
けっこう律儀だ。
「さぁ、喰らうがよい。俺を喰らって己の身とするがよ―――」
ジャー―――
フライパンから、良い音が響く。
やがて、キッチンタイマーからピピッ、ピピッと、単音も響き出す。
よし、具材と麺の出来上がりのタイミング、バッチリ。
ごちそうさまでした。
やっぱり、パスタは作りたてじゃないとね。
今日の献立
納豆パスタ。
1 納豆をフライパンで炒め、めんつゆで味付け。
2 頑張って作った大根おろしをどっさり、茹でたパスタの上にのせる。
3 さらに上から1をかける。
4 香り付けにシソをちらして出来上がり。




