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紗奈日記  作者: トモ
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12がつ13にち 晴れ(憑き物落としとかそんな日)その6


12がつ13にち 晴れ(憑き物落としとかそんな日)

その6



 巫女装束。

先程まで着ていたスーツも、フリーターのアタシにとってはコスプレ感満々だったけど。

さすがにレベルというかランクが違う。

赤面しないように、冷静さを保つのに必死だ。

ただ、着た回数はスーツよりも多い。

学生の頃、年末年始は巫女のバイトをしていたから。

結構割りが良かったので、毎年お世話になっていた。

それはともかく、この衣装もチセが手配した物。

どう見ても本物です。

こんなものを易々と入手出来る、チセの人脈はどうなっているのだろう。


 宏美ちゃんの除霊をするのに、わざわざ両親に細かくこっくりさんの説明をしてきた。

それは、この恰好に正当性を持たせる為。

いや、正当性なんて堅苦しい言い方をしたけれど。

要するに突然初対面の巫女が、貴方達の娘には狐が憑りついているのでお祓いしますなんて言っても門前払いだからだ。


「これから宏美さんの部屋へ向かいますが、不測の事態が起こる可能性があります。危険なため私とチセだけが部屋に入りますので、外から鍵を掛けてください」

両親に危害が加わる可能性とともに、宏美ちゃんを庇う行動により事態が混乱する危険性を避ける為にもチセと二人で事に当たる。

今までのこっくりさんの説明などは、事前にシミュレーション出来た。

そして、ほぼその通りに進められた。

ただ、ここから先は何が起こるか分からない。

ぶっつけ本番。

長々と除霊の儀式をするのはボロが出るので、短時間でやるつもりいる。

チセには、宏美ちゃんに意識の空白を作りだして欲しいとだけ伝えてある。

ノープランだ。


 部屋に入ると、後ろでカチャと鍵が掛かる音がした。

頼んだことではあるけれど、なんとなく閉じ込められたような嫌な気分になる。

内側からはキーを使わなくても鍵は開けられるので、

どちらかといえば両親に対し心理的に入室を留める結界の意味合いが強いのだけれど。

暴れるなど大きな音がするかもしれないが、こちらから声を掛けるまではドアを開けないように言ってある。


 なるほど、狐か。

こちらを値踏みするような睨め付ける目は、細く吊り上がっている。

所謂、狐目だった。

充血しているのか、赤い。

衣服は、一切身に着けておらず全裸。

ドアとは対面の壁際、3m弱の距離に開け対峙する四つん這いの少女。

「お姉ちゃん」

チセが驚きを飲み込んで、小さな声を出した。

狐に憑りつかれた行動をとっている、とまでは想定していた。

ただ、身体が淡く発光している怪現象までは予測していなかった。

「ふん。巫女か」

少女の口から発せられているとは思えぬ、老婆のようなしわがれた声。

心底、侮蔑した口調。

こちらはまだ衝撃から醒めてはいないが、雰囲気に呑まれては駄目だ。

睨み付ける。

「たかだか人間が、神の眷属たる我に刃向かうか」

「たかだか野狐が、神狐を名乗るか」

嘲笑しながら話す宏美に、すぐさま応酬する。

精神的優位に立てなければ、除霊は成功しない。

「その娘の身体から出ていけ。オン ダキニ ギャチギャカネ———」

稲荷信仰の天女、荼枳尼の真言を唱え始めた瞬間。

四つん這いの姿勢で、縮めたバネのようにため込んだ

エネルギーを一気に解放させ飛びかかってきた。

爪を立てるような手の形が、真っすぐアタシの顔に迫ってくる。

手加減や躊躇などのリミットを一切排除したその動きは、途轍もなく速い。

反応出来ず立ち尽くす。

指が真っすぐ、目に伸びてくる。

悲鳴を上げる間もない。

だが、チセの動きは更に速かった。

アタシを横に押し退けると、宏美の伸ばしてきた右手首を掴み下方向に引いた。

空中にいた宏美の身体が反転する。

飛びかかってきた勢いに、遠心力をプラスして投げる。

「カハッ———」

背中を床に打ち付け呼吸が止まり、苦悶する宏美。

衝撃で横隔膜が止まり、呼吸困難になっている。

チャンス。

「チセ、霊の通り道を」

アタシの声に、チセは握り続けていた宏美の右手首を離し窓に駆け寄り勢いよく開いた。

尻もちをついていたアタシは、仰向けの宏美に抱き着いた。

小学生とは思えない力でのたうちまわる身体を押さえつけ、耳元で大声で言う。

「宏美ちゃん、聞いて。体内の狐が苦しんで、外に出たがっている。呼吸と共に吐き出すんだ」

強く瞑った目尻から涙をこぼしながらも、必死に呼吸をしようとしている。

「カッ…ク………」

アタシは上体を起こすと、宏美のお腹の上手のひらを載せる。

「オン ダキニ ギャチギャカネイエイ ソワカ」

真言を唱え、お腹を軽く押す。

「——ゴハッ…」

喉を鳴らし、まるで塊のような呼気を吐き出した。

咳き込み続ける宏美の上体を起こし、優しく背中を擦る。

「狐は抜け出したよ。もう、戻っては来ない。絶対に大丈夫だから」

宏美はまだ声が出せないが、涙を流し何度も頷いた。

「よく頑張ったね。もう大丈夫だから。今は、ゆっくりとお休み」


 徐々に整っていく呼吸音は、そのまま小さな寝息へと変わっていった。

チセが抱きかかえると、ベッドへと横たえる。

終わったぁ。

安堵で脱力しそうになる。

窓を閉めたチセが、座りっぱなしのアタシの手を取り立たせてくれた。

「突き飛ばしてゴメン。大丈夫?」

「助かったよ。お尻打ったけど」

チセの身体能力と判断力の高さがなければ、かなり危ないところだった。

くそぅ、カッコいいなぁ。

アタシなんて庇われて尻もちついて、ヨタヨタと四つん這いで宏美ちゃんの所に行き抱き着いただけだもんなぁ。

もっとクールに決めたいのに、情けないこってす。

なぜか、チセは尊敬に似た眼差しをしているけど。

以前から時々、チセはアタシに厄介な相談事を持ってくる。

まるで、試すように。

アタシの上位互換どころか別次元のスペックと、幅広すぎる人脈。

そんなチセがわざわざアタシを頼ってくるのは、敬意の再確認かなぁと思っている。

子供の頃は、頑張って頼れる格好良いお姉さんしてたけど。

チセも何時も、お姉ちゃん凄いって言ってくれていた。

今はダメダメだからねぇ。

そんなアタシの中から、昔の憧れていたお姉ちゃんを見出したいのかもしれない。

期待に添えず、今回も情けなかったけど。


 チセに支えられながらドアを開けると廊下には、心配顔の両親が立っていた。

「大丈夫ですか。凄い音がしま———」

「しー」

人差し指を唇に当てると、すぐに理解して黙った。

「安心してください、終わりました。今、宏美さんは寝ていますので起こしてしまわぬよう下で話しましょう」

リビングに戻り、椅子に座ると力が抜けそうになる。

んぁー、とか言いそうになるけど客先なのを思い出し我慢。

恰好は巫女服からスーツへと着替えてある。

お尻の痛みも引いている。

「お嬢さんの催眠状態は解けました。今は、緊張がとけ寝ています」

この家にきて何杯目かのお茶だけど、緊張で喉がカラカラだったので美味しい。

「有難うございます」

「いえいえ。相当疲労しているはずです。目が覚めたら、美味しい物でも食べさせてゆっくり休ませてあげて下さい」

「はい。それはもう」

安堵して、両親ともに表情は明るい。

「それから数日経ってお嬢さんが完全に落ち着いたら、私の説明した『不随意運動』と『自己催眠』によるこっくりさん現象を話してあげて下さい」

催眠は解けているので必要ないかと思うけど、念には念を入れる。

「その際、小学生だから理解出来ないだろうとか適当に誤魔化そうなどしないように。しっかりと教え、納得し理解させて下さい」

「私達がですか?」

「ええ。その為に、質問されたら自信を持って答えられる位には勉強しておかないと駄目ですね」

「あの…私達には専門外なので……東風さんから説明していただく訳にはいかないでしょうか?」

「お嬢さんに、私が説明はすることは出来ますが―—―」

アタシは横に首を振る。

「お嬢さんは正常に戻りましたが。問題行動を起こしてしまった事実は無くなりません。学校関係者や周囲の人達から、奇異な目で見られたり偏見に晒される可能性があります。そうした視線や対応から守るのが、親の役目です」

物語とは違って、除霊に成功ハッピーエンドとはいかない。

「今回のこっくりさんの事件とは、どういうものだったのか。お嬢さんに対して害意や遺恨を持つ相手を納得をさせる事態に備えて、理論武装しておいてください」

そんな心配など杞憂で、何事もなく平穏な日常に戻れれば良いんだけど。


 よしと、全部終了かな。

「そろそろ、おいとまいたします」

「あ、ちょっと待ってください」

旦那さんがそう言うと、奥さんが慌てて奥に引っ込むと封筒を持ってきた。

「すみません。こういう事の相場とか分かりませんし、少ないかもしれませんが謝礼を受け取って下さい」

これには、アタシも想定外だったので慌てた。

「いえいえ、結構ですので」

「いや、そう仰らず」

「お気持ちだけで。既にチセに頂いてますので」

アタシは霊験あらたかな巫女でも、心理学の専門家でもない。

単なるフリーターだ。

なんちゃって巫女でなんちゃって心理学者で。

それで、偉そうに色々語り謝礼なんて貰っちゃったら詐欺師みたいじゃないか。

それに、焼肉だけでこんなに大変な目にあったのだ。

このうえお金なんて貰ったら、何をやらされるかわかったもんじゃない。

強引にでも渡そうとしてくる封筒を、必死に押し留める。

玄関までその攻防を繰り広げながら移動し、靴を履いたところでちょっと気になっていた事を聞いた。

「今回の件とは関係ないのですが。もしかしてお嬢さんは、皮膚アレルギー持ちではありませんか?」

「はい。よくお分かりですね」

なるほど。

宏美ちゃんの皮膚はもともと白かったけど。

皮膚アレルギー持ちの人の中にはごくまれに、極度のストレス状態になるとさらに白くなりまるで淡く発光しているようになると何かで見たな。


 謝礼は、これ以上渡そうとしたらアームロックを決めるぞというくらいの気迫で断りきることに成功。

チセとも別れ、すっかり暗くなった夜道を家へと急ぐ。

荷物は全て、チセが持って帰った。

手配した品物で残っているのは、今着ているスーツだけ。

チセは似合っているからプレゼントすると言っていたけど、就活でもさせるつもりなのだろうか。

働きたくないでござるので、宅急便で送り返すけど。


 それよりも、気になるのが………

後ろをニヤニヤしながら付いくる、花魁のように派手な着物を着崩す女性。

チセよりも若く、高校生くらいに見える。

知人ではない。

少なくとも、狐の耳と尻尾を生やした人は知り合いではないなぁ。

「憑いてきちゃったか」

「こんなに面白そうな御仁は、そうは居らんからの。子供になんぞ憑りついている場合ではない」

いたずらっ子のような表情は、口調どころか見た目よりも幼そう。

「ふーん。まぁ、いいけどね」

宏美ちゃんの所に戻って、憑りつき直されたりしたら面目丸つぶれだし。

「ほぅ、流石は我が主。豪胆だのう」

「勝手に主人認定されても困るが。何かやらかしたら、宇宙人に頼んでキャトルミューティレーションしてもらうからね」

「……怖っ!!」




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