表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

瞬きひとつで人を消すという話

フィクションです。と、わざわざ言います。

 ねえどうしても許せない人種っていうの、いるよね? いない? それはセツさんがずいぶん人間ができているのよ。ホント、そう思うわ心から。うふふ。

 私ね、誰にも話したことないけど、息子が山口のある家を相続しなければならなくて、いつまでもここに住んでいられないの、いずれは山口に帰らなければ。息子の義務教育が終わった頃には、ええ。平安時代の葛城氏、御存知ない? そう、残念。その頃からの家系なのよ、お寺の過去帳だけでもすごい量で。

 どうしてすぐ帰らないのか? やっぱり親戚にはうるさい連中もいてね、母は後妻だったの、もちろん先妻はどうしようもないだらしない女で出自もね……それで母が迎え入れられて、でも何かと面白くない親戚も多かったらしくて、母の方がうっとうしく思って私を連れて出たの。それが後から戻って来い、戻って来いとうるさくって。祖父はもう亡くなったし、父というのもだらしない男だったので、早く亡くなってせいせいしたらしいけど。

 言葉遣いが奇麗ですね、って? そうなの、私じしん、幼い頃から祖父に礼儀作法は叩きこまれたわ。よく言うでしょう? 背中に物差しを、とか、本当にそういう世界だったの。お箸の上げ下げから何から。それに漢文から古文から、日本の古典文学もずいぶん学ばされた……今となってはありがたいばかりですけれどね。

 息子にはそれもあって、お花、お茶、ピアノにバイオリンを習わせているの、もちろん学習面でも、数学、英語、もちろん古文漢文も。先生から褒められたのよ、息子さんはすでに高校生並みの知識を持ち合わせています、って。もちろん家庭教師の先生から、ですけど。ここの学校の先生って、センセイと呼ぶにはあまりにもお粗末、というか本当に田舎のどうしようもない俗物ばかり。そう、この地域、本当に嫌な人、多いよね? 

 ごめんなさいね、あなたもここの地域の出身だよね。まあ、大学は出てらっしゃるし、そこまで毒されていないわよね、地域には。人文学部の英文科? あの大学では○○先生とか、御存知? え? 指導教官? 世の中狭いわよね、あの方は立派な方よね、先生としては少し頼りないけど……ええ、私も聴講生として一年、講義を受けたの。そうよ、私、早稲田はちょっと物足りなくて途中で止めて、あちこちふさわしい学校を探し歩いてね、結局、××先生の英文解釈が素晴らしい、と聞いてこの地元の大学に入ったの。だから同期ね。ふふふ。

 まあ確かに田舎らしい、のんびりした大学だけどね。部分ぶぶんでは他の有名大学に負けない講座もあるのよ。御存知なかった? あら、残念ね。

 息子にはとにかくもっと一流のものを与えたいわ、セツさんの娘さんもずいぶんお勉強できるよね? 息子はなぜか娘さんに学校でもお世話になっているらしくて。賢い子なんだけれども、のんびり屋さんなのよね、だから他の男子からも浮いているらしくて。娘さんが何度かかばって下さったみたいで、嬉しいわ。息子にはセツさんの娘さんみたいに賢い方を選びたいわ。もちろん、家柄もあるのでなかなか、難しいのだけれども。

 この地域の連中、本当に腹が立つわ。特に町内会長、アイツの言い方がいつもケンカごしで、どなりつけるみたい。本当に下劣。品性がないし。それを回りの連中がそうだそうだ、って同調して。学校の父兄も馬鹿ばっかり、変なうわさばっかりして、気持ちわるい笑い方で、うちの息子が悪い、って先生にも言い付けたらしくて、何だか長い話に呼ばれてくどくどと。頭おかしいんじゃないの? そう? 娘さんかばって下さったようで、うれしいわ、先生は聞いてなかったみたいだけどね。

 娘さんが優しいのも、セツさんのお人柄から来ているのよ。そう、優しいの。


 でもね。

 許せない人間というのは瞬きひとつで消えるのよね。ほら、こうやって。


 それから彼女は私の目の前から消えた。


 何年も経って噂も聞かなくなり、彼女は息子を連れてもう山口に帰ったのだろう、と思っていた頃、近所のスーパーでばったりと彼女と出くわした。

 彼女は以前より少し短めの髪をふわりと肩におろし、どこか遠くに柔らかい頬笑みの視線を向けながら、当然のようにこちちに目を向けず、店内へと入っていった。


 瞬きで相手が消せる、というのは案外簡単なことのようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ