釜の口開けで来たものは様々だったとの話
盆月は、このあたりでは八月と決まっていた。故に、八月一日は『釜の口開け』と呼ばれる。
朝から、なんとはなしに風がちがった。
近くの集会所でいそぎ、組の集まりがあると言うので、いやいや出かけて行く。
その組は十五軒で成り立っていた。月曜の晩だというのに、必ずどの家からも誰ぞか出て来ていた。まあ、そういう土地柄だ。
定刻のわずか前に着いた時には、ほとんどの者が古ぼけた集会所に顔を揃えていた。
玄関先の、いつ替えたか判らないような門灯がオレンジ、黄色とまたたいては消えて、を繰り返している。
ミルク色に濁る電灯カバーの下、蛍光灯の下の部分がすっかり黒ずんでいる、光が蘇るたび、そこがよけいにくろぐろと見えた。
「エルイーディーに替えればいいに」
誰かがぽつりとそうつぶやいて、今年度組長番となった新戸という男が頭を掻いた。
「予算が降りるっていうで申請書はもらって来たけん、ちょうど親父が亡くなっちまったもんで」
新戸は、五月に老父を亡くしたばかりの、六〇半ばとは思えないくろぐろとした髪の男だった。
話は月なかに執り行われる祭りの話だった。数年に一度、この組と隣の組とが交互に当番となって近くの地蔵尊の祭りを開くことになっていた。今年はこちらの組が当番で、その役割分担を決めるため、皆集まってきたのだった。
特に宣伝を打つわけでもなく、山に少し入った場所でもあるため、わざわざ誰も来るような所ではない、それでも誰もおおっぴらに祭りを止めようという者はいなかった。
新戸が額に汗を浮かべながら段取りを説明している、エアコンもないので、三方の古いサッシ窓は開け放たれている。網戸は申し訳程度についているが、蛍光灯の白に魅かれ、羽虫も多く飛び込んでくる。
そんな中どこからともなく、一匹の虻が入り込んできた。
虻はどうしてか、懸命に説明を続けている新戸のまわりをしつこく回った。
隣に座った男が、あわてて手を出して虻を追った。
「新戸ちゃん、虫に好かれてるに」
笑いさざめく輪の中でも、数人が逃げまどう虻を追った。虫は、逃げながらもなぜか新戸からあまり離れようとしない。
ついに、新戸の頭にその虫が止まった。
隣の男がスローモーションのごとく片手を挙げながら、ゆっくりと近くに寄っていった。
せつな、新戸が前をみたまま言った。
「ええよ、そのままでええよ」
新戸は優しいとも言える手つきで、その虻を追った。「分かったで、いいで、はあ」
その後、虻は寄ってくることがなかった。
話し合いも済んで家に帰ってから、流しに溜まった茶碗をいくつか洗っていると、とつぜん、頭の上にある蛍光灯が一度だけ瞬いた。
ここ数年、電球が切れてから一度も使ったことのない照明だった。もちろん、今後使うつもりもなく蛍光灯も外していない。
ここにも、ささやかに帰ってきたと伝える者がいたのだろうか、と、短い引き紐を引いて電源を落とした。