空家の前で転がる球に遭うの話
家の近くにある、バス通りでのことだ。
バス通りと言っても、中央線などない。ただの舗装道路で、両脇には家が並んでいる。日中行きかう人はあまり多くない。車すらほとんど通っていない。
かつては両脇に並んでいた商店も、今では代替わりとともに次々と店をたたみ、残っているのは和菓子屋一軒くらいのものだった。
その和菓子屋が週一の閉店日だった、だから木曜日のことだったろうか。
ふと車で通りかかった時、店のシャッターとコカコーラの自販機が途切れたその先、道通りからやや引っ込んだところにある一軒家に目がいった。
そのあたりでもひときわ、こじんまりした平屋だった。道路から少し距離があるのは、前庭に車一台くらいは停められるスペースがあったからだが、今ではそこはかなり丈の高い草で覆われている。
暑さのせいで半分立ち枯れた草の中に「売り物件」の看板が埋もれていた。
いつの間にか、主は居なくなっていたらしい。中年男性の一人暮らしと記憶していたが、ずいぶん前から体調を崩し、入退院を繰り返していたというのを小耳にはさんだことがあった。
実際にその男を見かけたのは、数ヶ月前だった。たまたまゴミ置き場で出あったのだ。
まだ六〇にも届いていなかったのに、すっかりまばらな白髪、白い下着姿で、ふた抱えもありそうな大きな袋を出しに来たその男をみかけて、挨拶をしてから手を貸した。
袋は軽かったが、風にあおられたせいかよろめいて、回収済みのゴミの中に倒れそうになっていたからだ。
いったい今はどこにいるのだろう? 元気なのだろうか。
漠然と頭の端に彼の姿を思い浮かべている間、それほどスピードを出していた訳ではない、通り過ぎる一瞬に、枯れ草と看板、それにカーテンも取り外されてがらんとした家の中まで目をやることができた。
ふと、道路前方から何かが勢いよく転がってきた。ベージュの固まりで、西洋クルミをひと回り大きくしたような球体だった。束の間強く吹きつけた向い風にあおられて飛んできたのだろうか。
前のバンパーに軽い音を立てて当たり、そのまま車の下に消える。
ちょうど通り過ぎる家に今一度目をやって、ふと、バックミラーを覗いてぎょっとした。
薄茶色の球は、今度はからからと軽やかに地面を跳ね転がりながら、車の後についてきていたのだった。
ここの主は既に亡くなっているのだろう、ついてきた球をみた瞬間にそう察した。