乗り掛かった舟
私は傷だらけの女の子をおぶって歩いている。
家に帰るわけではない。
どこかに行くあてがあるわけでもない。
ただこの子とその両親を会わせないために遠くへ。
もうこの子が傷つかないようにひたすら歩く。
これは誘拐になってしまうのだろうか。
そうだとしても私はこの足を止めない。
今、私がこの子を家に帰したら
きっと二度とこの子の「明日」は来ないから。
桜が咲いている日、この子と出会った。
「どうしてそんなに悲しそうなお顔してるの?」
公園のベンチに座る私にハンカチを差し出す3歳くらいの女の子。
その子の姿は、あまりに痛々しかった。
パッチリと開かれた左目の横にはその女の子の手のひら程の痣が。
唇の右端にはまだ新しい切り傷が。
ハンカチを差し出している腕には煙草を押し付けたような火傷が。
頬は赤く腫れ、うっすらと血が滲んでいる。
それなのに女の子は、目の前にいる私の心配をしている。
「何か嫌なことがあったの?」
女の子は、私が受け取らなかったハンカチをワンピースの小さなポケットに押し込みながら、私から目をそらさずに訊く。
私はただ、あの女がいる家に帰りたくないだけだ。
あの女は私のことを娘だと言うけれど、私はあの女が母だとは思わない、思いたくない。
「家に帰りたくないだけだよ。」
私がそう言うと、女の子は一瞬驚いたように目を見開いて
とても優しく微笑んだ。
「みりと似てるね。」
それから、みりちゃんと毎日公園で会った。
会うたびにみりちゃんの体には新しい傷が増えていて
なのにみりちゃんはいつも笑顔で
「みりは全然平気だよ。パパとママが笑顔だから。おねえちゃんがいてくれるから。」
だけど今日。
みりちゃんは笑っていなかった。
私が公園に行くと、入り口に背を向けてベンチと向かい合わせに立っていた。
スカートの裾をぎゅっと握り締めて
まるで何かに怯えているようだった。
名前を呼ぶと、ゆっくりと肩越しにこちらを振り向いた。
目が合う。
私の姿をとらえる瞳には涙が溜まっていて
みりちゃんの細い首には真っ赤な痕がついていた。
締め殺されそうになった痕が。
私は今日、みりちゃんのために誘拐犯になる。
もう後に引くことは出来ない。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
「小説家になろう」サイトでは初めての投稿で緊張しました。
これから様々なジャンルの小説に取り組んでいきたいと思っておりますので、たまに覗いてくださると嬉しいです。




