異能持ち
2095年の世界大戦は、突然生まれた『immortal細胞』によって終局した。
だが、ウイルスが蔓延した地球には、世界で定期的にこの細胞を接種することが義務付けられる。
人類に害をもたらす病気は、『immortal細胞』のおかげにより、全て問題にならなくなった。
ーーそう思いこんでいた。
不可思議な能力を持つ者が現れ始めたのだ。
人々にとって夢の細胞は、予想もつかない進化の扉を開かせた。
まるで物語に出てきた魔物のように、強力無比な力を発揮できる者達。
その中には、自らが国のトップにという野望を秘めた者もいたのかもしれない。
しかし、世界に出来た絶対な唯一の法。
殺傷を禁じたことにより、なんとか世界に平和は保たれている。
………表面上では。
国々は能力を使える者を重宝し、その者達を『異能持ち』と呼んだ。
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木刀での試合を終えた龍翔と岩慶は、ぽつんと立つ山小屋に帰ってきた。
「ただいまー」
「あ!おかえりなさいませー!」
六畳ほどの小さな家。
部屋全体に畳が敷き詰められており、左端に小型の箪笥が置いてある。
正面奥の床の間には、観賞用の掛け軸に陶器が一つ飾っている。
扉を開けると、座布団に座っていた少女が元気に出迎えてくれた。
龍翔の妹。難波 詩菜。
ピンク色の和服を着こなし、黒い髪に二つ束ねた二つ結び。まだ14歳とあって幼い顔立ちをしているが、最近、家事を手伝い始めてくれる。
「って、お兄様⁉︎どうしたのですか!」
「ん?何が?」
「何が、じゃありません!怪我をしておいでじゃないですか!」
指をさされた頬に手を当てると、チクリと痛みを感じた。きっと木刀で擦れた時の傷だろう。
詩菜は箪笥の戸棚から木箱を取り出すと、小走りで龍翔にかけ寄ってくる。
「お兄様。手当てを」
「いいって!こんなの、つばでも付けとけば………」
「治りません!」
塗り薬を染み込ませたガーゼを押し付けてくる。
仕方がないとされるがままになると、詩菜は満足げに笑う。
「世話焼きなやつだな」
「お兄様のお世話は、私の仕事ですから!」
いつからそうなった!、と頭をぐりぐりと乱暴に扱うが、詩菜を嬉しそうに眼を細めるだけだった。
すると、扉が開く音が聞こえ視線を向けると、岩慶が小割りにされた薪を持っていた。
「ただいま帰りました。詩菜さん。薪はこれぐらいでいいですか?」
「お爺様!おかえりなさいませ!
はい。いつもありがとうございます!」
「いえいえ、いいんですよ」
お互い敬語ではあるが、家族の仲である、やんわりとした雰囲気が流れている。
「とりあえず、飯にしようぜー」
龍翔の腹が大きく鳴る。
朝からなにも食べてないから、待ちきれないようだ。
「龍翔君。君は無しと言ったはずですが?」
「あれマジだったのかよ!」
「ほほっ、冗談です」
いち早く動いた詩菜は、隣の調理小屋に忙しく料理を作る。その間、しばし祖父と会話をする。
「それにしても、君はとても才能がある。
最初の技。『水切り』は本来、相手が打つ攻撃を横に受け流してから放つもの。
それを鍔迫り合いで誘うとは、いやはや老人には思いつきませんね」
自分だけ持ち上げられる発言に、少々遠慮気味に話す。
「それを言うなら爺ちゃんもそうだぜ?
あの場面であの身のこなしもそうだが、その後。『登流』は、敵の振り降ろしを避けながら入って斬り上げる!
だろ?なのに、爺ちゃんはワザと俺を懐に入らせてから斬ったんだ。
爺ちゃんも充分すげぇよ」
お互いが深く剣の技術を話し合う。
もしかすると、異質な光景だと言われるかもしれないが、これが難波家の形なのだから仕方がない。
どれぐらい話していたのか。
詩菜が隣の小屋から矢継ぎ早に料理を運んでくる。
「ごはんが出来ましたー!」
「おお!今日は魚の塩焼きか!」
「これは美味しそうですね」
ちゃぶ台の上に並べられる昼食を三人で囲む。ほくほくと湯気を立てる白米に味噌汁。
真ん中にあるのは、こんがりやけ目の入った白身の魚だ。
いただきます、と合掌して食べると、口に絶妙な塩加減の白身魚の旨味が口いっぱいに広がった。ああ、うめぇ!感想を言ってやろうと詩菜の方を向けば、どういうわけか、プンスカとご機嫌ななめになっていた。
「もう、二人とも!いつも剣術の話しばかりしないでもっと別の話題をしてください!」
「そんなことねぇよ。別の話題もしてるって」
「では言ってみてください」
「…………………」
「出てこないじゃないですか!」
やばい。全然出なかった。
ここ一週間なんてほとんど剣術の話ばっかだ。
「だから、はい!あ〜ん!」
そう言って、白身魚を小さく箸でつまんで龍翔の口に近寄らせる。
「なんだこれ?」
「お兄様にお仕置きです」
「………………」
ちらっと祖父を見ると、目で構ってあげなさいと言うのでしょうがない。
大きく口を開けると、すぐさま食べ物を放り込まれた。
「やったー!お兄様に食べていただきました!
お兄様。お味の方はいかがでしょうか?」
「ん、うまいぞ。ありがとな」
「きゃ〜〜〜っ!」
なにがそんなに嬉しいのか、詩菜は両手を頬にあてて、身をくねらせている。
妹の将来が気になってしまった兄は、苦笑いするほかなかった。
昼食を皆が食べ終わった頃、龍翔は祖父のいる方向に向き変えた。
「で、何か話があるんだろ?爺ちゃん」
「なぜ、そう思うのですか?」
「朝の試合がそうだ。急に勝負を仕掛けてきたりさ。いつもの爺ちゃんらしくねぇよ」
岩慶は手のひらであご髭を何度か触ると、ゆっくりと口を開けた。
「実はですね。龍翔君と詩菜さん。
お二人には、この家を出て、学校に行ってもらおうと思います」
「「ーー学校?」」
唐突、ではないが、聞きなれない単語に二人して目を丸くした。
岩慶は龍翔たちの反応を伺うと、早めの口調で付け加える。
「もちろん無理にとは言いません。
ただ、このまま勉学も、そして社会も学ばずにいてはいけないと私は考えます。
この家を離れることになりますが、きっとお二人の力になると思うのですが、どうでしょう?」
「「………………」」
今、龍翔の頭の中には、学校という言葉がぐるぐると回っていた。
正直、めんどくさい気持ちがある。勉学など学ばなくとも、このまま山で過ごした方が気が楽でいいと思っている。
しかしその反面、未知のものへの憧れというのだろうか。山で暮らしていても、学校の知識はある。学生が自らの足で歩き、朝から夕方まで勉学を学ぶ。規則正しい生活をすることは、剣術でも大事な精神修業になるかもしれない。
なにより、食堂とやらに行ってみたい。
横目で詩菜を見ると、目を輝かせて両手を合わせていた。
「お兄様!学校に行きましょう!」
「お、お前はなんでそんなに乗る気なんだよ」
「だって学校ですよ!学友というものを作ってみたいです!」
どうやら学校の認識を少し間違っている気がするが、詩菜も好印象を持っているなら問題ない。
龍翔は真剣な口調で言った。
「爺ちゃん。俺、学校に行きたい」
「私も行きたいです!」
「そうですか。わかりました。では、説明はまた夕方頃に。龍翔君は、私と午後の稽古をしましょう」
「わかった」
「了解しました!」
詩菜は頷くと、空になった食器を調理小屋に運んでいった。
龍翔も詩菜と自分の座布団を片付けるために立ち上がった。
すると、岩慶が声をかけられた。
「龍翔君」
「ん?なんだ爺ちゃん」
やけに沈んだような顔をこちらに向けるので、龍翔は少なからず動揺した。
「どうしたんだよ?」
「稽古の後、君には別の要件があるので時間をもらえますか?」
「別にいいけど、なんだってんだ?」
再度聞いてみるも岩慶は、
「後で話します」
と、口を閉ざすだけだった。
そして、そそくさと逃げるように出て行った。