一章~鬼ごっこの始まり~
〈自分がサバイバルに行く衣装を整え集合せよ〉
と、一ヶ月前に鬼瓦学園からプリントを渡された。
その冬休みに行われる一週間の日程が組まれたサバイバルカリキュラムに対して、俺は準備をしていた。そのサバイバルはもう明日だ。後は準備した物の確認だけさ。ふと、このサバイバルカリキュラムのプリントを渡された日の事を思い出した。
「……何だこの無人島に行くなら的なカリキュラムは? 全く、鬼瓦学園はたまに突拍子も無い事をするから面白いぜ」
その時はそんな事を思いながら格闘ジャンルのネトゲーをしていた。
「相手にならんな。さほど課金しなくてもこのゲームはテクがものを言う。撃ち抜くぜ!」
ズババッ! と銃と刀で相手プレイヤーを始末した。
あらゆるネトゲーで人は俺をこう呼ぶ。
ヒイラギとな。
花言葉で先見の明。
わかりやすく言うならニュータイプだ。
今はあまり浸透してないが、いずれ浸透するだろう。
まぁ、苗字が柊だから俺が有名人になればいいだけの事さ。
ちなみに柊時矢だからゲーム世界ではトキヤのネームを使っている。
だが、今はゲームも出来ない状態だ。いや、しているか。生身のサバイバルゲームを……。
その日の夜に鬼瓦学園からの車の迎えが来るらしく、愛用のクリアバイザーを手にしてかけた。
「……やはり俺はいい顔だぜ」
鏡に映るバイザーをしている自分の顔に、見とれる。
流れる艶やかな黒髪に、ハッキリした二重瞼。高い鼻に薄い唇、尖り目の顎のライン。睫がやや長くこの流し目が女には効果的なんだ。だが俺には彼女がいない。今は受験だから作る気も無いがな。
「さて、そろそろ時間だ。外に出てるか」
シャとバイザーのクリアガラスが黒くなる。
耳の所にあるスイッチでサングラスにもクリアガラスにもなる仕組みなんだ。
そして全身は黒ずくめ。
黒ずくめは俺のモットーだ。
手袋やマントは対弾・防刃加工。ズボンのポケットは多くあり、そこにナイフやワイヤーなどの武器や道具を仕込めるようにしてる。基本的に仕込み武器はカッコイイからな。
(このマントは死んだ母親の作ってくれたもの。これで俺はサバイバルを勝ち抜く)
そして俺は愛用のエアーガンを取り出す。
S&W M19いわゆるコンバットマグナムだ。
コンバットマグナムを腰のホルスターから引き抜き言う。
「撃ち抜いてやるぜ」
家族は父親しかいないし、今は仕事か女の所に行っている。
なので家の電気などはちゃんと消しておかないとならない。
じゃあな母さん……と病気で死んだ母親の写真に目を向けた。
そして、俺の全身に衝撃が走る――。
「ぐっ……ああああああっ!」
苦しむ俺はポケットから白いケースを取り出し、ラムネのような錠剤を飲む。
息切れをする俺は体内のテロメアが安定して、息を吐いた。
俺は若さを維持する細胞のテロメアが短く、身体中には様々なナノマシンが投与された人体実験をされた存在……という設定でネトゲー内では有名だ。実際は普段もそんな事をしてるから不審者扱いされる事も、中二病と呼ばれる事もある。
「さて、行くか」
荷物を持ち無言のまま家を出ると、俺は意識を失った。
どうやら家を出た瞬間に拉致され、この孤島に連れて来られたようだ。
他の連中もそのようだが。
体術は訓練してるからそれなりには出来る。
今回はプロ相手だから戦う間も無くやられたけどな。
そして、現在の状況を否応無く見つめる事になった。
最悪のスタートで『鬼ごっこ』を始める事も知らずに……。
※
地平線に夕日が見える孤島の海岸には鬼瓦学園中等部三年一組のクラスメイトが集まっている。
周囲には唯一の友人の久保井がいるが、硬い顔で海岸の先にあるクルーズを見つめていた。その一隻の白いクルーズから誰かが出てきた。誰もが無理矢理連行された現状を不安に思いながら、その男を見つめる。
「……誰だ?」
鬼の仮面をする黒服のSPに左右を囲まれ、白髪のオールバックの中年の男が現れた。確実に全身をブランド物で固めている嫌味なオヤジだ。その周りにいるSPとは着てる物が明らかに違う。ザッ、ザッ、と砂浜を歩いて来るその男は俺達の少し前で立ち止まる。そして髪をかきあげ言う。
「鬼瓦学園中等部三年一組の諸君、私は鬼瓦右京。世界企業鬼瓦ファミリーの鬼瓦学園担当の役員だ。覚えたまえ」
『……』
周囲がザワザワしてるが、世界企業鬼瓦ファミリーの学園担当なんて役員でも何でもないだろう。所詮は、鬼瓦の血筋の末端だろ。このオヤジは息子がここにいる事をわかってるのか?
このオヤジ鬼瓦右京の息子の広幸が騒いでやがる。コイツの格好は本物だな……迷彩服で完全に戦闘のサバイバルの格好だ。
「オヤジー! 一体、ここはどこなんだよ? こんな孤島で何の授業だ? サバイバルゲームでもすんのかよ?」
『……』
クラスメイトは白い目で広幸を見据える。
赤毛長髪のチャラ男とも呼ばれる女好きのレディハンター・賢二という奴は一人髪をいじっていた。
(髪型を気にしてる場合か賢二の奴)
それにしても広幸は騒がしい……。
それをそのオヤジが戒めた。
「騒がしいぞ。今は『鬼ごっこ』の説明をしている。黙ってないと殺すぞ広幸」
隣にいるSPに指示すると、その黒服は銃を取り出し射撃した。
『……!』
その海岸のざわめきが消え、波打つ音がやけに耳に響く。
(オイオイ……本物の銃じゃねーか……広幸なんて砂に尻餅をついて漏らしてやがるぜ)
パンパンパンッ! と手を叩く鬼瓦右京は話し出す。完全に鬼瓦学園中等部三年一組は今の出来事で鬼瓦右京の話をちゃんと聞くようになった。それを恫喝だと気付いているのは、俺と久保井ぐらいだろう。後の奴は敬礼でもしそうな気おつけの姿勢で鬼瓦右京の話を聞いてやがる。
それは終わらない『鬼ごっこ』の話だった――。
鬼になった人間が自分の中の鬼を引き渡さないと、そのまま鬼になって死ぬ病。
鬼人病。
それは伝染するウイルスらしい。
ここにはたまたまその日、鬼人病を発病した人間の近くにいた者が連れてこられていた。いや、どうやらクラスメイト全員だ……コイツは結構ガチでヤバい状況になって来やがったな。だからこそこのサバイバルを開かれてとしたら……。
確かに噂話として存在した終わらない鬼ごっこの話を思い出す。
「鬼の呪い……噂話だと思いきや本当とはな……やってくれるぜ……なぁ久保井?」
「そうだな。今は黙ってた方がいい。SPがまた射撃したら俺達の中の誰かが暴走するだろ」
「そうだな」
と、この状況でも短く整えられた髪のように心乱れぬ、冷静沈着な久保井を頼もしく思う。俺は精神を安定させる為にラムネをカリッ……と噛む。
「いるか久保井?」
「いらん。俺はそんな菓子は食わん。お前、テロメアじゃくて精神安定の為にラムネ食べただろ?」
「テロメアだ」
そして鬼瓦右京の話は続く。
「……鬼瓦学園において中学生になると、学校中で誰か一人はなる鬼人病。それが鬼瓦学園で噂話として流れている終わらない『鬼ごっこ』の正体だ。我が鬼瓦ファミリーが創立してから生まれた鬼瓦学園が開校されてから起きた〈人喰い学生事件〉から発生した呪い。私立である事とファミリーの力を使いその事件は秘匿され、その呪いは噂として代々管理されたのだ……」
『……』
クラスメイト達は完全にポカーン……としてる現状に拍車をかけるような状況だ。
俺もこんなアニメな状況には戸惑うが、むしろ歓迎してる。
刺激のある日常をネトゲー内に依存してたからな。
(久保井の奴……笑ってるのか?)
口元を微かに笑わせてる久保井に俺は友人が自分と同じ感情を抱いていると思った。
「時矢君……」
「絵里」
絵里が俺の手を握る。
やけに汗ばんだ柔らかい手を、俺は握り返した。
困った事にこんな状況でも、男の下半身は正直なものだ……。
深田絵里は俺のクラスメイトでは女の友人だ。何かと孤独な俺を気にかけてくれるいい女だ。茶髪のセミロングでスタイルもいい。ちょっとしたアイドルグループにも居そうな美少女だな。黄色を基調とした星とかが描かれたウインドブレーカーの上下を着ている。
「大丈夫だ。まず俺は鬼じゃない。お前もそうだろ絵里?」
「うん。もちろんそうよ」
「なら生き残ればいいだけさ。鬼が一人なら、全員で団結して終わらせればいい。それだけの事さ」
そう絵里を納得させると、久保井の視線が痛い。
わかってるぜ久保井。
今は絵里を安心させただけだ。
有名な政治家の息子のお前が絵里のような、ちょいギャルとも言える軽い感じの女が気に入らないのはわかるが、絵里はそこまで悪い女じゃない。
俺は絵里の手を握りながら鬼瓦右京の話を聞く。
この『鬼ごっこ』は年末に起こる事件のようだ。
噂話かと思いきや違う事を完全に理解し、鬼瓦右京の説明は終わりに向かう。
「『鬼ごっこ』が終われば記憶の全ては消える。これは呪いだからだ。そして呪われた君達が生き残るには、鬼を殺さないとならない」
「そんなの自分達でやればいいだろ!?」
そう反論する俺に鬼瓦右京は答える。
「それは出来んのだ。それをした親父は鬼になる自分を自覚し、自害した。何度も言うがこれは呪い。思春期である君達が解決せねばならぬ鬼の呪い。恨むなら私ではなく鬼を恨め。では、『鬼ごっこ』の終わりまでさらばだ」
「待て」
ザッと前に出た久保井は言う。
その姿は政治家の息子というよりも政治家そのものの貫禄すら有り、俺達はこのクラスのリーダーの久保井の言葉を聞く。
「鬼がこの中にいるとして、何故今は鬼の姿じゃない? 変身能力でもあるのか?」
「……鬼はこの中にいる。今は人間の皮をかぶり人間のフリをしているが、この瞬間にも誰を喰らうか、誰にウイルスを仕込んで鬼にしてやるかを考えているだろう。鬼にも性格があり、人を喰う事を美とする者もあれば、他者にウイルスを仕込んで鬼に仕立て上げ、自分は人間に戻る者もいる。それは自我の問題だ。自我が弱ければ、鬼になったまま死ぬ事になるだろう」
『……』
要するに豆腐メンタルはダメって事だな。
……冷静に考えて、俺はどちらかと言うと豆腐メンタルだ。いや、豆腐メンタルでも臆病でもそれは、危機察知能力が高いという事。
大丈夫……俺はやれる。
俺はヒイラギだからな。
花言葉で先見の明。
要するに人の革新・ニュータイプみたいなもんだ。
と、自分に言い聞かせつつ久保井に負けじと俺は言う。
隣の絵里の微笑が俺の心を支えてくれている。
「疑問がある。何故、鬼は今その姿を晒し人を襲わない? 鬼の強さは異常なんだろ? ならばここで人を殺して残りの一人にウイルスを感染させてから殺せばいいんじゃないのか?」
「おい、トキヤ。お前は本当に無鉄砲に喋るな」
久保井はやけに俺につっかかるように言う。
そしてそのまま持論を展開した。
「おそらく鬼は変身までに数秒かかるはず。その間、狙い打ちにされたら鬼とてひとたまりも無いんだろ。それに、今の段階では鬼と知られないのが得策のはず。今はもう夕方。もうすぐ最悪の闇が訪れる……街灯なんか存在しない、俺達が経験した事の無い真の闇がな」
確かにそうだ。
夜に拉致されてから夕日が見えるという事は、やがてまた夜が来る。
その夜になるのは空の状況を見てからもだいたいわかる事だ。
久保井の奴……やけに冷静だな。
まぁ、俺には及ばないが。
鬼瓦右京はフフッ……と頷き、言う。
「久保井君……だったか。やはり君は優秀だね。優秀な政治家の父の自慢の息子だろう。素晴らしい子供だよ……本当に……」
鬼瓦右京は自分の息子の広幸をチラリと見た。
迷彩のサバイバル服を着る広幸は相変わらず動揺したままだ。
それを無視し俺も言う。
この海岸に揃うクラスメイトの違和感を――。
「俺も疑問がある。この中には三年一組以外の人間も数人いるな。どういう事だ?」
「よく気づいた。この状況でそこまでの判断はそうは出来ないものだ。君の名は?」
「柊時矢」
「覚えておこう。そう、それはこの三年一組のクラスメイトと交際している者をピックアップした。同じ時間を長く過ごす事だけではなく、性交渉でも鬼人病の因子は伝染するからな。その危険を判断し、三年一組以外の人間も参加させている。異分子は種の芽まで排除せよ……ということわざがあるだろう?」
「なら、この孤島を爆弾で消せば全て終わりじゃないか? 鬼瓦は俺達で誰が生き残るか賭け事でもしてるのか?」
「学園を潰そうとしても、生徒を検査しようとしても、この孤島を爆弾で消しても呪いの裁きは下される。だから我々大人は、鬼瓦ファミリーは管理者として存在するしかない。結論的には部外者でしかないのだ。全ては鬼によって支配された呪いのゲームなのだよ」
チッ……面倒な『鬼ごっこ』だぜ。
そして俺は鬼退治の方法を聞く。
「鬼は人間の手で殺せるんだな? 弱点はあるのか?」
「もういいだろ時矢。鬼は殺せるさ。所詮は生物だろう」
その久保井に俺は怒る。
「よくないだろ! 弱点は大事な問題だ!」
「落ち着きたまえ柊君。私の説明不足も悪かった。鬼の弱点は頭だ。銃やバズーカではなくナイフや剣などの接近戦用の武器などで殺せる。それが鬼退治の方法だ」
鬼瓦右京は初めに接近してからの一撃こそが鬼を殺せる唯一の方法と言う。
このオヤジの目が笑ってない所が気に入らん。
鬼退治の方法ぐらいは説明しとけよ……お前にとっては例年通りのイベントのようなものでも、俺達にとっては命懸けなんだからな……。
そしてそのイヤミな親父は言う。
「最後にもう一度言うがこれは呪い。思春期である君達が解決せねばならぬ鬼の呪い。恨むなら私ではなく鬼を恨め。では、『鬼ごっこ』の終わりまでさらばだ」
そして鬼瓦右京の挨拶は終わり、自家用クルーズに戻った。
誰もが、鬼瓦右京の説明にポカーン……としてる。
無論、俺もだ。
この孤島で『鬼ごっこ』だと?
それも鬼を殺されねばここを脱出も出来ず、もし鬼に捕まればウイルスを体内に入れられ自分が鬼となり人間を襲う。そして人間から殺される可能性がある。
鬼になれば自我をどれだけ保てるかわからない……いつの間にか殺し、殺されてるかもしれない……。
『……』
その海岸にいるクラスメイト全員が、互いに誰が今『鬼』であるかで疑心暗鬼になる……。
「きゃあああああっ!」
一つの悲鳴のような絶叫が、この均衡を崩した。
最悪の形で、『鬼ごっこ』はスタートした。
鬼瓦右京の息子、広幸は茶色い髪の毛をかきむしってた。
「こんな……こんなもん、ここで一気にみんな殺せば終わりだろ? そうすればもう帰れるんだ。『鬼ごっこ』なんて嫌いだぁーーー!」
瞬間、広幸は手に持つマシンガンで射撃した!
『うわああああっ!』
『きゃああああっ!』
と様々な悲鳴、絶叫が海岸に響き、次々とクラスメイト達は血を撒き散らし倒れる。
……どうやら広幸のマシンガンは本物だ。
おそらく父親のコレクションから拝借したんだろう。と、そんな冷静に逃げてもいられん! 蜘蛛の子を散らすようにみんなは広幸から逃げるが、方向は森の方へ向かう一方向にしか逃げられ無い。つまり、広幸は逃げ惑う人々の背中をひたすら撃ちまくれる状況にあった。
「クソッ! リュックは諦めるか……」
地面に置かれた黒のリュックは諦める事にした。これを持ちながら走るのも、背負う余裕すら今は無い。
(こんな所で死んでたまるか! 俺は必ず生きて、この孤島を脱出してやる! ぐおっ!?)
久保井は上手く逃げ出すだろうから、せめて知り合いの絵里を助けようとする俺に誰かがタックルして来た。
「く、久保井!? 何を!?」
何で久保井がタックルしてくるんだ!?
ふと見ると、広幸の持つマシンガンの銃口が俺に向いていた。
引き金が引かれ、目の前の久保井の身体が一瞬、跳ね上がる。
「久保井!」
「生きろ……時矢」
久保井は俺を庇って広幸に背中を撃たれたようだ……。
「……うわぁ!……あああああっ!」
情け無い声を上げて俺は逃げた。
先を駆けるエリなどもう眼中に無い。
血で真っ赤に染まる久保井の身体に見向きもせず、俺は一目散に逃げた。
その俺の頭には、真っ直ぐ走り森に逃げるというシンプルな考えしかない。
(逃げていい! 逃げていい! 逃げていいんだ! 俺はヒイラギだぞ!)
ヒイラギ――。
花言葉で先見の明だと思ってる俺は次の未来に向けて必要な人材である俺がここで犠牲になる訳にはいなかいと思い、必死に駆けた。
そして、運良く俺は森の奥に逃げる事が出来た。
一人の友人の命を犠牲にして――。
「……!」
森に入る寸前、何か嫌な声を聞いた。
ジワッ……と毛穴から汗が吹き出そうな、湿り気のある嫌な声だ。
おそらく、鬼の声だろう。
「ウラメシや……」




