三章~鬼ごっこの終わり 解き明かされる鬼人病の謎~
『鬼ごっこ』三日目――。
まだ昨日からの雨が降り止む事は無い。
鬼瓦島北側の俺の定めたエリアにトラップを仕掛けてケンジを待つ事にした。
まともに戦っても勝てない……だからこそ策を練らないとならない。
鬼と接触する瞬間だけは接近してからの一撃こそが鬼を殺せる唯一の方法だって鬼瓦右京は言ってた。
「……なら、出来る限りのトラップを作り鬼と接触するのは殺す瞬間だけでいい。そうすれば自分の命を危険に晒すのは一瞬だけになる。もう俺は一人だ……こうなったらあのケンジの野郎を徹底的に地獄に突き落とし、そして断罪してやる……もはや俺が鬼だ……」
ニィ……と俺は自分が今、凄い顔をしてるだろうと思いながら笑う。
そして、ヒロユキのアジトで確保しておいた糸やナイフ。
鈴などのアイテムを確認しつつ周囲を見渡して今更思う。
「そういえばこの鬼瓦島には動物がいないな。そうすると魚を食うしかないか……ヒロユキのアジトからは食料は持って来られなかったからな。さて、行動を始めるか。とりあえずケンジよ。今日はこの島の北側には来るなよ……来ると俺が困るから」
そう、どこかをさまようケンジに言った。
三日目は完全に鬼と戦う為の準備に費やした。
勝負は四日目だ。
やってやる……俺は必ず鬼を……ケンジを殺して『鬼ごっこ』から生還してやる。
そして、その三日目はトラップを仕掛ける事に明け暮れ、四日目になった。
※
『鬼ごっこ』四日目――。
といとう雨がやんだ。
今日は今年の大晦日だ。
今になって思い出したぜ……だが今はそれどころじゃない。。
川に仕掛けておいた網に引っかかる魚を回収し、その河原で堂々と火を灯して食べる。
今日はもう堂々としてていい。
コソコソ食べずに、堂々と見晴らしのいい河原で魚を食べて開戦の狼煙を上げる。
これで、ケンジも気付くだろ。
この焼き魚は最高だぜケンジ。
そして、お前が喰いたい俺の身体も調子がいい。
今日で終わらせてやる。
こんな『鬼ごっこ』なんてもうクソくらえだぜ!
魚を焼いて狼煙を上げる。
焼き終わったのを食べながら待つ。
「決着をつけてやるぜケンジ。ヒロユキを操り、クボイを殺したお前は人として、俺が裁く。鬼などは俺に撃ち抜かれればいい」
俺は5匹の焼き魚を食べ終わり、川の水を飲んだ。
すると、チャリンチャリンチャリン……とどこからか鈴の音が聞こえた。
「来たな……ケンジ」
俺は鬼が俺のテリトリーと定めたエリアに浸入した事に気付く。張り巡らせた糸に足を引っ掛けたか、踏んだんだろ。木々の至る所に張り巡らせた糸と糸の先には鈴が取り付けてある。その鈴が鳴って俺は鬼がここに来た事を察する。この島には動物はおらず、残る人間も俺しかいない。
「俺の超直感をなめるなよ」
そう呟く俺は少し高い丘から鬼が動く下界を眺める。
かなり俺の仕掛けたトラップに引っかかってやがるな。
ケンジよ……この一騎打ちで終わりだ。
全て終わりだ。
そして、俺と目が合う鬼は赤い身体を躍動させ一気に迫って来る――。
その場を動かない俺は、ケンジである鬼と対峙した。
「ようケンジ。正体はバレてるぜ? たまには喋れよ? どうせ最後なんだからな」
「そうだなトキヤ。これが最後だし話すとするか」
「!?」
突如、ケンジは少し歪んでいるが人間の言葉を話した。
おいおい……流石はチャラ男だぜ。
ノリだけはいい。
「鬼の状態でも人間の言葉を話せるなら意外に冷静な鬼だったんだなケンジ。チャラ男のお前にしてはよくやっていたよ」
「それは全てお前に言える台詞だトキヤ。僕と君を一緒にするなよ」
「そうかよ。じゃあ時間も惜しい。終わらせようぜ。『鬼ごっこ』を」
「観念したかトキヤ――」
「……さぁな」
瞬間――ケンジは悪鬼の顔で迫る。
俺の少し手前でケンジは思いっきり転んだ。
すぐに立ち上がるが怒りのあまり周囲の草木に当たり散らしているな。
「バカめ」
ここのエリアは足元の草を利用して繋ぎ止めてる。
そう、そういう風に怒りに身を任せ蹴散らしながら進むしかないな……その結末は……。
「グアアッ!?」
落とし穴に落ちるという事だ。
五メートルほど掘った穴に落ちた。
頭に血を上らせ全身を泥だらけにするクボイは叫ぶ。
「貴様トキヤ! 俺に殺される存在なんだよお前は! お前という奴は――!」
「騒がしい鬼だ。そこで寝てろ。永遠にな」
「こんな穴はすぐに抜け出せる。一日たらずでここまでのトラップの数々を仕掛けたのは褒めてやる……」
「……」
するとケンジは落とし穴からヨダレを垂らしながら登って来た!
「トキヤ! 今度こそ終わりだ!」
「そうか。木の棒をくらい、土の中に還れ」
ワイヤーを引っ張り、木の上に仕掛けた数多の枯れ木などを落下させた。
穴から脱出する前にクボイは上空からの木々に押し潰されるようにまた穴の底に落ちる。
「さて、ここで燃え尽きてもらおうか」
ライターを使い木に火を点け、穴に落とした。
やがてその火は大きく膨らんで行き、俺はそこから逃げた。
「トキヤーーー!」
更に激怒するケンジは絶叫してる。
ここまでケンジという鬼を心身共に痛めつけたのは俺が初めてだろう。
鬼の方が有利という優越感を粉々にしてやった事にこっちも爽快感を感じてる……。
穴から飛び上がるクボイはまた駆けて来た。
「やっぱり炎じゃ死なないよな。俺の魂のこもった一撃を叩き込んでやるぜ――」
ケンジは全身を黒く焦がし、呼吸も荒い。
走る速度が違うからすぐに追いつかれた。
だが、『鬼ごっこ』なのに鬼は標的に近づく事は無い。
そのケンジの感情を見透かすように俺は言う。
「どうした? 俺に近付けないか? それとも怖いのか?」
「……そんなわけあるか。もう、僕にトラップは通じない」
炎が余計だったのかクボイは冷静さを取り戻した。
だが、冷静なのはこっちも同じ。
ここまではプラン通り――ここで決着をつける!
瞬きをした瞬間、ケンジはすでに動いていた。
反応が出来ない俺の胸にその鋭利な爪が迫る――。
「もらった!」
「!」
その爪は俺の胸元を切り裂く。
しかし、服を切り裂いただけで肉まではやられていない。
スッ……とケンジは俺の前から消える。
「また落とし穴かトキヤ――」
俺の前の落とし穴に落ちるケンジは言った。
そこを木刀で脳天に一撃をかましてケンジを殺し俺は『鬼ごっこ』を終わらせる――。
「この一撃で――」
この『鬼ごっこ』を終わらせる為の、全身全霊の一撃に俺は全てを賭ける!
「おおおおおおおーーっ!」
血が――舞った。
真っ赤な人間の血が……。
急速に熱く騒がしかった空間に、冬が訪れるように静けさが支配した。
木刀を落とす俺は呟く。
「これは俺の……血?」
ざっくり……と胸元を切り裂かれ、俺は地面に膝をついた。
(何故……だ?)
ケンジは両足を落とし穴の左右に突き刺していた。
だからこそ、俺のスキをついてカウンターを仕掛けられたんだろう……。
「さぁ、今度こそ終わりだトキヤ。『鬼ごっこ』の敗者として僕の糧となれ」
「さっきから僕、僕と言ってやがるが……僕と言ってるのはクボイぐらいだったぞ? あいつが一人称に僕を使っていたから周りの奴は僕と言う事は無い。クボイを侮辱するのはやめろケンジ!」
痛みすらもうよくわからない俺は、雨上がりのぬかるんだ道を駆ける。
始まりの海岸で俺の命を助けてくれたクボイに……唯一の友人であるクボイに助けられた命をこんな所で失ってたまるか! 最低限ケンジを殺して『鬼ごっこ』をドローにしてやる!
「ケンジーーー! 最高だな! おい! ハハハッ!」
駆ける俺は必死に鬼から逃げる。
こんな白熱した『鬼ごっこ』はもう人生において無いだろう。
周囲の草木をすり抜ける快感、地面を駆ける躍動感――。
まるで無敵になったような開放された感覚は、ケンジの叫びで終わりを迎えた。
「死ねぇ!」
「ぐはっ!」
ゴロゴロゴロッ! と俺はぬかるんだ地面を転がる。
泥まみれの俺はすでに人間という形しか認識できない状態になっている。
深い草むらに身体を潜め、ケンジの追撃を待つ。
口の中に入る泥さえ飲み込み、もう三メートル以内にいるケンジを狂気の目で見据える。
(ははっ……キョロキョロしてやがるな……やはりお前は――)
瞬間――俺は目の前のケンジに牙を剥く。
「泥だらけだと、貴様は人間を認識出来ないんだろ――」
「! トキヤ!?」
驚くケンジ頭を最後の武器のナイフで突き刺した。
最後の一撃を決めた俺は、充血した真っ赤な瞳の鬼と目が合う。
「泥は確かに認識しずらいな……けど、お前もこの泥にやられたようだな」
確かに……そうだ。
足元を見ると足の踏ん張りがきかないで、足跡が泥のせいで伸びてやがる。
おかげでケンジの頭じゃなく首にナイフが刺さってやがるぜ。
「一撃必殺と思い突きにしたが、突きは難しいな。首を貫いただけで頭には刺さらなかった。安全策で斬撃にしときゃ良かったぜ。悪いなクボイ。ケンジの勝ちのようだ」
もう限界だ。
これ以上は無い。
後はこのケンジに殺されるか鬼にされるか――で終わり。
とにかく、この状況じゃ鬼にされてすぐに殺されて終わりだろ。
こんな体力の無い状況で鬼にされても、動けるだけの力は無い……鬼になったからといって回復もしないだろうしな。
「意識も混濁してきてやがる。早くしろケンジ」
俺は目の前のケンジに言う。
だが、大きく口を開けたままのケンジは茫然と立ち尽くしていた。
そして、ケンジは鬼である以上に意外な台詞を吐いた。
「いい加減、間違った正義をかざすのは止めろ」
「間違った正義……だと?」
「そう、クボイへの友情を示し、ケンジに憎しみを押し付ける事が間違ってる。第一に、ケンジはとっくのとうに死んでいるよ」
コイツは……ケンジは何を言ってる?
お前がケンジじゃなきゃ一体誰なんだ?
今までずっとケンジだと思い行動してきた……。
ヒロユキやエリは何かを勘違いしてたって事か?
この鬼の声はさっき聞いたばかり。
僕――という一人称以外は普通の喋り方。
嫌な予感が俺の頭に浮かぶ。
「じゃあ……お前は誰だ?」
その答えを聞いた。
するとその鬼は赤く発光し、人間のシルエットを取り戻す。
聞きたくない答えが、俺の全身を刺激した。
「だって、僕がクボイだもん」




