追跡
「……生きてるか」
運が良かったのか、土砂崩れはそこまでの被害を及ぼさなかった。
アジトの天井がガラ空きになり、外の土砂降りが降り注いで来る。
膝下辺りまでたまる泥と水に足を取られながら、破壊されているシャッターの奥を見た。顔に泥がついてるからよく見えていないが、何か嫌なものが見えた。
長い白髪に全身が真っ赤に染まる身体。額には二本のツノがあり、胸元には女性の身体の特徴である豊かな胸がある――。
(女型の鬼……か?)
マズイ! と思い勢いよく俺は顔の泥を拭い前を見た。
すると、女型の鬼じゃなくて泥だらけのシオリがいた。
「シオリ……よく生きてたな」
「まぁね。ここのアジトは死にそうだけど」
確かにこの鬼瓦のアジトは土砂崩れが起きて長くいられそうにない。
頑丈なはずのここが崩れるなんて鬼の呪いか?
泥まみれの地面を歩き出そうとすると、何かが足に引っかかる。
「……? 何だ? ――うわっ!」
その足元には一人の少年が倒れていた。
さっきまでここで支配者になったり奴隷になったりしていた『鬼ごっこ』管理人鬼瓦右京の息子――。
「ヒロユキ……」
ヒロユキが殺害されている……。
ザックリと胸元を切り裂かれてるな。
内臓が飛び出して骨がグシャグシャで酷い死体だ……。
さっきの女型の鬼の仕業か?
それをシオリに尋ねた。
「女型の鬼が殺したのか?」
「えぇ、このガラ空きになった天井から外に逃げたわ」
これでヒロユキの行動に苦しむ事は無くなったが、コイツも哀れなもんだ。『鬼ごっこ』を管理する鬼瓦ファミリーの一員でありながら、『鬼ごっこ』に参加する事になって殺された……皮肉とはこういう事を言うのかもな。
そしてふと、女型の鬼が殺した人々を思う。
「何だ? 女型の鬼は鬼瓦ファミリーの関係者だけを殺してる……鬼瓦そのものに恨みがあるとでもいうのか……?」
ふと、エリの事が気になった。
「エリはどうした?」
「エリは上手く今の土砂崩れで外に逃げられたようね」
「そうか……生きてるならまた会う事もあるだろ。もうエリも、俺達に協力してくれるはずだ。生き残るにはもうそれしかない」
そして、俺達はこのアジトを脱出する事にした。
このままでは次の崩落が起きた場合、確実にこのアジトは浸水して使えなくなるだろうからな。土砂崩れから逃げる俺は鬼瓦アジトから地上に上がる時に、土石流に流されたと思ってたリュックを発見した。シオリの分も発見出来たから当面は何とかしのげる。
「残りはもうケンジ一人だ。二人でケンジを殺せば全てが終わる。結構シビアだったが、ヒロユキの暴走が早く終わらせてくれる結果になったな。ヒロユキのおかげで情報と武器や道具も揃った。鬼対策は万全だぜ」
そして、鬼瓦アジトから脱出したと同時に現れる鬼――。
俺はその鬼を見据えた。
胸の無い鬼を。
「女型の鬼じゃない……。今度は普通の鬼だ」
この場面で現れるとはまるでドラマのテンプレだぜ!
「逃げるぞシオリ!」
俺はシオリの手を引いた。
視界がほぼ死んでいる土砂降りの中を逃げる。
シャアアアア! と俺達の血が恋しいのか、鋭利な牙を剥きだしで鬼は迫る。
このままだと確実に追いつかれるのはわかってるさ……。
鬼の身体能力は人間以上だからな。
チラッ……と駆けてる道の先の崖を見た。
「鬼に噛まれるよりマシだろ。落ちるぞシオリ!」
「嘘! きゃあああああ――」
鬼に噛まれるよりはマシ――。
という考えだけで俺はシオリの腕を引き無理矢理崖の下に落下した。
全身を土の斜面で踊らされる二人は、何とか大きな怪我も無く崖の下に転がる。
「……痛ってー。かなり痛いぜ……これなら鬼も追って来れないだろ。そっちは大丈夫かシオリ……」
「……」
地面に膝立ちになってるシオリは顔面を泥を払いもせず、崖の上を見ていた。
その瞳に写る闇に、俺もその方向を見る。
ニタァ……と赤い悪魔が、俺達だけを見据え崖を下っていた!
「鬼が崖を降りてやがる!」
不味いな……このままじゃ殺されちまうぜ。
何か武器になるものがあれば……あれは!
「シオリ! 小川に飛び込むぞ!」
「わかってるわよ」
俺達は目の前の小川に飛び込んだ。
「グオオオオオオオッ!」
ザッバーン! と水面を叩く鬼は雄叫びを上げる。
そして鬼の追跡を振り切った俺達は、下流の古い祠の前にたどり着いた。
全身ビショ濡れの俺達は服の重みを今更になって感じながら祠の前に立つ。
すると、俺の左肩がやけに重く感じる。
「ちょっとダウンするわ……」
「シオリ?」
フラッ……と急に倒れたシオリを俺は支える。
「川の水を飲んじまったのか……泥水だから体調も悪くなるか」
流されている最中に川の泥水を飲みすぎたシオリを祠の入口に寝かせた。
鬼に切られてる肩の傷も影響してるだろうが、手当てはできない状況だ。
「この祠の奥になにかあればいいが……」
シオリを手当てする何かが無いかと思い、祠の奥に足を進めた。
すると、奥の冷たい空気が流れる空間に祭壇のような場所があり、そこに一本の巻物があった。
「……巻物か。けどこんな場所にあるものは鬼瓦ファミリーの人間達も調べてあるはず……古くて読めない字もあるだろうし見ても仕方ないか……けど、こんな孤島でウラメシ一族に関する資料を探すのは不可能じゃないか?」
今更そんな事を実感した。
すると、俺の全神経が何かに共鳴するように逆立った!
(!? 何だ……何だこの感覚は……俺にはわかるぞ……俺にはわかる!)
「この巻物はおそらく鬼瓦の奴も見て触ってるはず。それで感じないって事は、俺はウラメシ一族の血を濃く受け継いでるのか? 俺は……」
そんな不安が頭をよぎる。
こんな全身の細胞を刺激するような感覚は、間違いなく俺がウラメシ一族の血を濃く受け継いでいるからだ……認めたくは無いが可能性は否定できない。
「……俺は……」
死を撒き散らすような真上からの吐息に、俺は異様な寒気を感じながら見上げた。
頭上に、鬼がいた!
「危ない!」
ガスッ! とタックルをかまして来たシオリのおかげで鬼の爪の一閃から逃れる。
肩を切られているシオリは俺の上に覆いかぶさる。
巻物を鬼に投げつける俺は素早くシオリの手を取り、
「俺はウラメシ一族の末裔だ! 殺せるものなら殺してみろ!」
「グアアアアアアッ!?」
明らかに鬼は動揺してる。
やはり元は人間だから多少の言葉は理解できるようだな……おそらくだが。
ハッタリがきいたなら逃げるだけだ!
「我慢しろよシオリ! 駆けるぞ!」
一つの確信を得た俺はエリと共に土砂降りの闇を駆ける。




