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45 舞台は降りても幕は引かない。

 学校祭。その全行程が終了した。現在時刻20:48。

 学校祭は終わった。

 外に出て、これでよかったのだろうか、と夜空を見上げる。

 生徒玄関前だ。

 壁に寄りかかって、ぼけーっと。別に誰かを待っているわけじゃない。

 ときどき、ふと空を見上げて、別に何もないけど見入ってしまうことがある。それと同じだ。

 強いて言えば、自分に浸っているんだろう。

 後夜祭が終わってからお母さんが迎えに来てくれるという遠江さんとしばらく話していたが、その遠江さんも、さっき迎えが来て帰っていった。

 今の俺は、一人だ。

「あれ、お前こんなとこで何してんの?」

 見ると、山梨がいた。後ろに女の子を連れている。

「別に、ぼけっとしているだけだ。

「ぼけっとねえ………遠江さんは?」

「迎えが来て先に帰った………ん、その子が例の、お前の………彼女?」

 訊くと、山梨は全く平静にひらひらと手を振り、

「いんや。後輩後輩」

 特に恥じることも照れることもなく自然に答える。こいつ、本気で言ってるな。へえ、と言っておいたが、お前、後ろで女の子膨れてるぞ。こう、むすっと。

「こんな時間まで何してたんだ? もう九時になるぞ」

「ああ、ミヤノの………この子の、部活のがな」

「部活? 部活………あ、部活」

 後片付け。すっかり忘れていた。

「演劇部ももう終わるとこだったぞ。七、八人でやってたかな」

「ずいぶん少ないな」

「恋人いる奴には声かけてなかったんじゃないか?」

「そんなら俺も」

「そうなのか?」

「……………」

 俺は口を閉じる。多分、複雑な表情になっていると思う。

「まあ、その辺は後でゆっくり聞かせてもらうさ。何てったかな、誰か男子がいじられまくってたぞ。また振られたとか何とか」

「ああ、手代木か」

 あいつまだ諦めてなかったのか。しつこい男は嫌われる、というよりあいつはもうネタになってるんじゃないかと思う。

「もう少ししたら来ると思うぞ」

「ああ。あー、どうしようかな」

 まだ残るか、それとも帰るか。

「俺はミヤノ送って帰るから、悪いけど先行くぞ」

「ああ。じゃあな」

 おう、と片手を上げて校門へ向かう。ミヤノさんが通り過ぎるときに会釈してくれたので俺も会釈を返しておく。

 二人を見送って、どうしようか、と悩んでる時間はあんまりなかった。すぐに騒がしい集団が玄関にやってくる。一番騒いでいるのは、例によって手代木だ。

「俺はまだ諦めませんよ!」

「いや、アンタのそれはもうノリで振られてると思うよ」

「それでも! 人間諦めたらそこで終わりなんですよ! つーか河名あのな、お前はいつもいつも………あ、篠原先輩」

 俺は片手を上げて答えた。手代木、河名、真奈と志穂、それに真庭と、知らない顔が二人。いや、片方は顔は知ってるか。最近よく同じ電車に乗っていた。指に包帯を巻いている男子だ。今も巻いている。もう一人は女の子で、こちらは顔も名も知らない。その人がこちらを見てはしゃいだ声を上げた。

「あ、あなたが篠原君! 主役の!」

「え、ああ、まあ」

 わあ、と手を叩いて喜び、やたらとテンションが高い。

「劇見てましたよ! 格好良かった!」

「そ、それは、ありがとう」

「ぶつけたとこは大丈夫ですか? 脚立から落ちたときの」

「ああ、大丈夫ですよ。全く問題ない」

 後頭部をさすりながら言う。と、この人はずずいとこちらに迫ってきた。俺は若干仰け反る。

「で、実際のところ、あれって台本通りだったんですか? それとももしかしてもしかするとアドリブだったり?」

 興味津々、といった様子だ。瞳がきらきらしている。真庭を見ると、何も言わずに苦笑していた。

 俺は視線を戻した。

「さて、どうでしょうね」

「あー、もう、篠原君も内緒にするんですね。もう」

 ぷっと膨れた。でもそれで諦めてくれたらしい。ほっと一息つき、ふと見ると例の包帯の人は微笑を浮かべ、

「あの絵」

「はい?」

「あの絵、綺麗でした」

 噛みしめるように言ってくれる。

「ああ………ありがとう」

 と、また一拍、ハイテンションな女の子が手を叩いた。

「さて、それじゃあ時間も遅いしもう帰りましょうか。あ、郁奈は篠原君にちょっと話があるみたいだから、私たちは先に帰るね」

「え、ちょっとアズサ」

 真庭が何やら慌てるが、アズサさんは取り合わず、帰りましょうさあ帰ろうと包帯の男子や後輩連中の背を押していく。見れば志穂も加勢しており、皆は迅速に行ってしまった。怪訝な表情だったのは手代木だけである。

 あっという間に俺と真庭だけが残った。

 しばらくお互いに何も言わなかったが、これではいかんと思い、

「「あのさ」」

 被った。

「「あ」」

 また。

「「えと」」

 何だこれは。

 真庭は視線を下げた。

「そ、そっちから、どうぞ」

「あ、ああ」

 いや、お前から何かあるって話じゃなかったか?

 まあいいか、と俺は口を開いた。

「今日のあれは、本当にすまんな」

「え?」

「脚立から落ちた奴」

 ああ、と真庭は微笑んだ。

 全部終わって幕が降りた後、俺は全力で皆に土下座しようとしたのだが、直前に真庭に止められた。劇は成功した。故意の失敗ではなく不慮の事故だった。

 だから謝らないで、と。

 それから、この辺りはミステリアスにしておきましょうと志穂が提案し、全員が同意したのだった。だから俺も、誰かに訊かれるたびにはぐらかしてきたのだが。

「もう、何度も言わせないでよ」

「それでも」

「もし失敗してたらってのもなし。舞台は成功したの。それが全てだよ」

 にっこりと、真庭は笑った。

 何というか………かなわんなあ。

 とりあえず行こうか、と真庭が言い、俺は頷いて一緒に歩き出した。俺は駅までは自転車だから、まず向かうのは駐輪場だ。真庭と並んでゆっくり歩く。

「で………話って?」

「え? え、あ、ああ………あー」

 真庭は、何だか凄く困った表情になった。何でだ?

 しばらく目を泳がせていた真庭は、視線を空まで上げ、

「お、終わったね、学校祭」

 何だか取って付けた感があるんだが。俺は、ああ、と返す。それから思い出して、

「そういえば、片付け」

「ん?」

「片付け、行かなくて悪かったな。忘れてたわ」

 いいよいいよ、と真庭は笑いながら手を振った。

「そんなに大したことなかったし。それにアズサとカナムラ君も手伝ってくれたしね」

 アズサ、というと、さっきのテンション高い人か。となると、あの包帯男子はカナムラっていうのか。

「呼んでくれれば行ったんだけどな」

「あー、いや、ほら、それは、さ」

 またちょっと困った顔で、真庭は頬を掻いた。

「もともと声かけてたの、恋人いない連中ばっかだったからさ………あ、でも後夜祭でどいつもこいつも出来上がっちゃってさ! 結局来たの一、二年生が四人だよ四人!」

 後半を早口にまくし立て、真庭は、あはは、と明るく笑った。でも表情は、あんまり明るくないと思う。すぐに俯いてしまったのでよく見えないけど。

 俺は俺で、何とも言えない表情になってるんだろう。

 何となく会話が途切れたけど、タイミングよく駐輪場に着いたので真庭は入口で立ち止まり、俺は自転車を取りに薄暗い中へ入っていった。

 時間も遅いため人影はなく、聞こえる音も虫の鳴き声ばかりで、数少ない蛍光灯で朧げな光の点在する駐輪場は、もの寂しさを助長するようだった。

 祭の後の切なさか。

 自転車を引っ張り出し、押しながら入口へ向かうと、真庭はこちらに背を向けて夜空を見上げていた。

「どうかした?」

 真庭の横に並んで同じように夜空を見上げる。別に、UFOとか蝙蝠とか、そういうものが飛んでいたりはしないが、

「………星」

 ぽつり、と真庭が言った。

「ん、星?」

 言われてみれば、ちかちかとまばらに星が光っている。

 綺麗………とつぶやく程綺麗ではない。

 真庭が歩き出したので、俺も横を自転車を押しながら歩く。

「篠原君、星好きだったっけ」

 ふと、真庭が言った。

「ん、いや、星はそんなでもないかな………神話が好きなんだよ」

「ああ、そっか。そうだった。それじゃあ、星には詳しくないのかな」

 そうだなあ。

「強いて言うなら、星座にまつわる神話が好きなんだよ」

「『が』って言うか、『も』だよね」

 真庭はこちらを見てにやっと笑った。ああ、と頷くけれども、俺、真庭の前で披露したことあったっけか? 山梨にならよく話してたけど。

「ん、だから実際のところ、星座は………そうだな、見てわかるのはオリオン座だけだ」

 だから俺はオリオン座しかわからない。北斗七星も見えるときがある気がするんだが、目が悪いのかどうしても六星しか見つからない。

「でも………オリオン座って、冬の星座じゃなかったっけ」

「そ。だから夏は見えない………って言うか、昼間にあるんだよな。太陽の向こうに。太陽が明るすぎて見えないだけでさ。夏は、あれだな、蠍座」

「蠍?」

「そう。オリオン座と追いかけっこしてるんだ」

 兄妹の嫉妬試合の結果な。思えば、オリオンも蠍もただの被害者だ。

 真庭は、蠍座を探すように夜空に視線を巡らせた。

「蠍座がどこかはわかんないの?」

「わからないんだなあ、それが」

 ダメじゃん、と真庭は笑った。ダメだな、と俺も笑う。

「星かあ」

 真庭は小さくつぶやいた。星かあ、ともう一度つぶやき、

「星。星ねえ」

「どうかしたか?」

「月は日の光がなければ輝けない。星は日のいない間しか輝けない」

 歌うように真庭は言い、一つ頷いた。

「うん、使えそうかも」

「卒業記念か?」

 訊くと、真庭は頷いた。

「大体構想はできてるんだけどね。でも、そういう雰囲気入れてもよさそうだなあ」

 楽しそうに、真庭はふんわりと笑った。俺もつられて笑みになる。

「まあ、がんばってくれよ。それと、それこそは俺を裏方にしてくれよ。下っ端でいいから。俺もがんばるからさ」

「え? 篠原君は卒業記念も主役だよ?」

「は?」

 何を当然のことを、とばかりに俺を見る真庭に、俺は慌てた。いや、何で? だって、

「俺、今回失敗したんだぞ?」

「まあそれはそうだけど。でも結局上手くいって大団円だったし。ピンチのフォローも十二分」

「でも皆は」

「皆にもそれとなく訊いてたけど、よさそうだったよ」

 にっと真庭は笑った。

 打つ手なしだ。

 ああ。

 監督の言うことは、絶対。

 俺は呆然とした。

「あ、それで、さ、篠原君」

 急に真庭は歯切れを悪くした。肩に掛けてる手提げ鞄の紐を強く握って、

「私が本番の直前に言ってた、アレ、覚えてる?」

「アレ?」

「卒業記念が終わったら、私、告白しようと思うって奴」

 ああ、と俺は頷いた。

「あのフラグな。なかなか格好よかったぞ」

 それが? と訊くと、うん、と真庭は頷いた。

「それ、覚えといてね」

「え?」

「私が告白するって話、忘れないで、覚えてて」

 うん? よくわからんが、俺はとりあえず力強く頷いた。

「わかった。覚えておこう。で、終わったら結果、教えてくれな」

 ん、と真庭は頷いて、立ち止まった。

 気付けば真庭のバス停だった。

「次、学校いつからだっけ」

「えっと………三日後だな。明日と明後日が休み」

 もっと休ませてくれりゃあいいのに、とぼやくと、真庭は、ふふ、と笑った。

 バスが来る。

「それじゃあ、三日後にね。すぐに次の練習始めるから、覚悟しててよ。それから………台本、楽しみにしといて」

「ああ」

 俺は手を振った。真庭は笑顔になる。

「それじゃあ………またね」

 真庭はバスに乗った。戸が閉まる。ガラス越しに軽く手を振った。

 バスを見送って、俺も自転車に乗った。

 また、主役か。

 苦笑する。そしてペダルを漕ぐ脚に力を入れ、スピードを上げる。

 風を切る。

 不思議と、悪い気はしなかった。



 学校祭にまつわる物語は、これで全て終わりになる。でも俺たちには明日があり明後日があり、未来がある。

 青春は、まだまだ続く。

 だからこれからも、雑多な色を重ね続けよう。



 High School Graffiti.



 俺たちは、まだまだ終わらない。



 

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