44 誰もがまたそれぞれに歩きだすから
学際最終日。後夜祭もいよいよフィナーレだ。現在時刻は20:04。
閉祭予定時刻は過ぎてしまっているけど、誰も気づいていないようだ、清水さんと斎藤さんはほのぼのとみているし、あ、いや、マニワさんはちらちらと腕時計を気にしている。
『えっとォ、突然ですがァ、ここで例によってスペシャルゲストでェす』
さすがに息の上がっているボーカルの人が、あの間延びした調子で言う。おお、来るのか? 会場がざわめいた。
『それではァ、スペシャルゲスト・田崎先生でェす! どーぞォ!』
ボーカルの人が体育館の入り口を示すと、そこからのしのしと笑顔で田崎先生が入場してきた。観客が大きくどよめき、田崎先生は両手を上げてこたえる。手には真っ赤なギターを持っていた。
生徒会の人がステージ上にマイクを新たに一本立てている間に、田崎先生は軽音部の人たちと会釈を交わしつつ登壇する。ギターを装備した田崎先生は開口一番、
『皆ァ! 盛り上がってるなぁ!』
オオオオ、と観客が拳を突き上げる。
『仲井先生にも負けてられんからなァ!!』
完成に笑い声が混ざった。その様子に満足げに頷くと、田崎先生は軽音部の人と顔を見合わせ、一、二と合わせると、
どっと音が弾けた。
田崎先生がメインで、さっきまで歌っていた二人がバックコーラスで歌い始める。素晴らしく息が合っていた。
曲は、僕も聞いたことのある曲だった。最近CМでよく聞く曲だ。歌詞が多い。そしてかなり早い。
田崎先生は結構年配の先生だけど、しっかりとノリノリで歌っている。
凄いなあ。
清水さんと斎藤さんは手拍子しながらはしゃいでいる。何だかこの二人似てるなあ。マニワさんもじっとステージに見いっている。
あっという間に一曲目が終わった。
『うぉし、まだまだ行くぞォ!』
田崎先生が拳を突き上げると、ステージ周囲に固まった人たちも拳を突き上げ、脚を踏み鳴らす。オオオオ、と吼える。
ビリビリと空気が震える。体育館まで揺れるようだった。
「あは、すっごいパワーだねえ」
斎藤さんが手を叩いて喜ぶ。ほんとですね! と清水さんも手を叩いてはしゃぎ、マニワさんも笑顔で頷く。
本当に、凄いパワーだ。
若さのパワー。
青春のパワーか。
僕の中にも、あるんだろうか。
これほどのパワーが。
………うーん。
とてもとても、あるようには思えないなあ。
「あるよ」
声がした。みると、清水さんの背中側から斎藤さんがこちらを笑みで見ていた。
「あるよ、あるある」
にこやかに、斎藤さんは肯定した。二度、三度と。
「弾けやすさは、それぞれに違ってもね、もちろんあるさ。君の中にも、ね」
言いながらVサインを示してくれる。
「僕、今声に出してました?」
「いいや? そんな気がしただけ」
合ってた? と斎藤さんは悪戯っぽい笑顔で訊き、僕は苦笑で頷く。
「ありがとうございます」
斎藤さんはぐっと親指を立て、またステージに向き直った。
二曲目が終わる。
『よォし、残念ながら、今夜のライブはあと一曲で最後だァ! 皆思いっきりはじけるぞォ!』
歓声の中、田崎先生は横へやや移動し、中央にメインボーカルの男子、片や田崎先生、反対側に女の子が並ぶ。
ラストスパートだ。
ギターが叫び、ドラムが騒ぎ、三人が歌う。
中央の人たちは汗だくで跳ね、外縁の人たちは手拍子を取る。
熱気。
力。
こんなに凄いものが、本当に僕の中にもあるのなら。一度くらいは、大暴れしておきたいよなあ、と。
そんなことを、思った。
エンディングだ。
「スタッフロールが欲しいなあ」
ほけーっと、そんなことを言う斎藤さんの声が聞こえた。
●
祭りの後というのは、どうしてこうも寂しい気持ちになるんだろう。
閉祭式が終わり、会場は解散してほとんどの人が帰っていったけど、僕と清水さんはまだ残っていた。
「や、そんな、悪いって」
「邪魔になるんなら仕方ないけど、できることあるんなら手伝うよ」
片付けの人数が足りない、とつぶやいた言葉を聞きつけ、清水さんが、それなら手伝うよ、と申し出たところだ。部外者に手伝わせるのは忍びない、と渋るけれども、結構悩ましいらしくマニワさんは悩んでいる。
ちなみに、斎藤さんは他の先生に呼ばれて先に帰っていった。
「いやでも、なあ」
「ね、むしろ手伝わせてよ。見てみたいし。ね? ほら、金村君も」
やっぱり僕も数に入っていたようだ。断る理由もないのでとりあえず頷いておく。
「ほら、金村君も手伝ってくれるし、ね?」
「うーん………わかった。とりあえず行こう。実際の人数見て考える」
はあ、と肩を落として頷くマニワさんだけど、どことなく嬉しそうにも見える。やった、と清水さんは手を叩き、自ら先に立って体育館の片隅に向かう。
「御免ね、金村君」
清水さんの後ろを歩きながら、マニワさんが小声で言う。
「いえいえ、僕も片付けは好きですから………むしろ迷惑にならないか心配ですけども」
言うと、マニワさんはありがとう、と笑顔になった。
生徒会の人たちがステージの片付けなどを忙しく進める中を抜けていくと、既に片付けを始めている人がいた。器材の前にしゃがみ込んでいる背中に、マニワさんが声をかける。
「シホちゃん、お疲れ。ありがとね」
シホさんが振り向いてマニワさんを見上げた。
「あ、アヤナ先輩。お疲れ様です」
「何人集まってる?」
「四人です。私含めて」
「え、四人?」
げっそりした様子でマニワさんが言うと、シホさんは無表情に頷いた。
「テシロギとカワナとマナです」
額に手を当ててぶつぶつ言い始めたマニワさんに、シホさんは淡々と、
「さっきの後夜祭中に、告白大会というか告白祭というか、まあ有り体に言って即席カップルもといマジックが多発したようで。さっきたくさん連絡来ました」
はあ、とマニワさんは苦笑した。
「私にも三年生のがたくさん来たわ………シホは参加しなかったの? それ」
「私にはそういうのまだ早いと思うので。ちなみにテシロギはまた振られたそうです」
「言うなよお前!」
器材の後ろから男子が顔だけ出して叫び、すぐに引っ込む。シホさんと清水さんは黙って合掌した。
マニワさんが、何度目がわからないため息をついた。
「まあ仕方ないか………」
「ほら、あたしたち来て正解っしょ?」
嬉々とする清水さんに、マニワさんは苦笑して頷いた。
「そだね。じゃあ遠慮なく手伝ってもらいますか………シホ、ここ人手いる?」
「あと一人欲しいですね。手先の器用な人」
「あ、じゃあ金村君だね」
清水さんの言葉に、三人が僕に視線を向けた。主に僕の包帯巻いてある指に。
「あ、これはもう治ってますから」
ひらひらと振ると、そうなの? とマニワさんは小首を傾げるけど、
「じゃあここお願いしようかな。指示はシホに聞いて。梓はこっち」
あいあい、と頷く清水さんと一緒に奥に行こうとしたマニワさんの背に、不意にシホさんが声を掛けた。
「アヤナ先輩」
「ん、何?」
振り返るマニワさんに、シホさんはこれまた淡々と、
「アヤナ先輩は、伝えなかったんですか?」
言葉に、マニワさんと、それからなぜか清水さんも固まった。それからマニワさんは微笑まじりにゆっくりと首を振り、
「いや………今はまだ。でも、ちゃんとやりたいことはやるつもりでいるよ」
シホさんは、そうですか、と頷き、マニワさんと清水さんは奥へ入っていった。
ちょっとの間見送っていたが、やがてシホさんはこちらへ向き直り、
「お手伝いしてくださるんですね。ありがとうございます」
「いえいえ」
ではこれを、と僕は二、三の指示を受け、再びしゃがんだシホさんの隣にしゃがんだ。
黙々と手を動かしていたけど、ふと隣のシホさんが何やら苦戦しているのに気付いた。絡まった縄がほどけないらしい。
「それ、ほどけばいいの?」
「あ、はい。舞台から降ろすときに降ろし方が悪かったみたいで………」
どれどれ、と僕はシホさんと場所をかわって、絡まりまくった縄を正面にする。片方は器材に繋がれて、シホさんが手早くそちらをほどいた。
ちょっとの間くるくると絡まり方を調べて、手早くほどきにかかる。
「本当に器用ですね」
僕の手元を覗き込みながら、シホさんは感心したように言ってくれた。
「こういうのって何か好きなんだ。こう、段々ほどけていくのが」
「あ、それわかります。でも私、なかなかほどけないとイライラしちゃうんですよねえ」
くるくるとほどいていく。すぐに塊は一本になった。
「その指は、何があったんですか?」
「結構前に、鋸で切っちゃったんだ。でももう治ってるよ」
それはよかったです、とシホさんは頷いた。また僕と場所を交代して作業を始める。
と、ふとした様子でシホさんは、
「どうでした? 学祭」
僕はちょっと手を止めて考えて、けれどすぐに再開して、
「楽しかったよ。若さが溢れてたね。後夜祭も、初めは行かないつもりだったんだけど、行ってみてよかったね」
「誘われて行ったんですか?」
「うん?」
「後夜祭」
「そうだよ」
シホさんは顔をこちらへ向けた。でも手はテキパキ動いている。
「アヤナ先輩にですか?」
「いや、清水さん。マニワさんの隣にいた人」
ああ、とシホさんは無表情に頷いた。
「成程。で、マジックですか?」
「ん、マジック?」
ああ、学祭マジックか。
「いやいや、ないない」
て言うか、そう言えば、
「君もそういう話、好きね?」
「え?」
ぎょっ、とシホさんはこちらを見た。えっと、と唇がぱくぱく動き、目が泳ぎ、ほんのりと頬が紅くなる。
「さっきは、まだ早い、って言ってたから、興味もないのかな、って思ってたけど」
「あ、えと………ほら、わ、私だって健全な女子高生ですから。ええ」
ほあ、とシホさんは吐息した。
「素でさくっと突いてきますね………恐ろしい人です」
ぽそぽそとつぶやいている。気を取り直して止まっていた作業を再開する。
「シノハラ先輩が来てないってことは………やっぱり、そういうことなんですかね」
「うん? シノハラ君」
シノハラ君というと、
「主役の?」
「はい。シノハラ先輩はこういう後片付け大好きな先輩ですから。来ないとなると………ですよねえ」
どことなく残念そうだ。
僕の視線に何を感じたのか、シホさんは慌てた様子で弁解する。
「あ、いえ! 別にそういう意味じゃないですよ! シノハラ先輩がいると作業が早くなるので、そういうアレです。それに何より………」
シホさんは手元に視線を落とした。
「マニワ先輩が………」
「マニワさん?」
はい、とシホさんは頷く。
「マニワ先輩は、わかりやすいんですよ。自分ではわかってなかったみたいでしたけど」
小さく言ってから首を振った。
「すいません、忘れてください。言ってもしょうもないことですし」
そう、と僕は頷いた。けどそこでちょっと思うところがあって、
「その、シノハラ君が描いてた絵、ある?」
「え………ああ、ありますよ。見ます?」
うん、と頷くと、シホさんは、よっと立ち上がって器材の後ろに回り込み、いくつか向こうに行く。僕も続いた。
「これです。………うあー」
不意に情けない声を上げてシホさんが頭を抱えた。
「わ、大丈夫?」
「あ、はい、すいません。立ちくらみです。弱いんですよ私………」
気にしないでください、と言う間にもシホさんは復活して身を起こした。僕もそこで頷いて絵を見る。
近くで見ると迫力あるな。
ありとあらゆる色が叩きつけられている。
何度も塗り重ねられているために表面は固まったペンキがざらざらしていた。
これが、さっきまでシノハラ君が描いていた絵で。
マニワさんが創り上げた舞台だ。
「これ、何の絵だかわかります?」
微笑して、シホさんが問うてくる。うん、と僕は頷いた。
斎藤さんも言っていたとおり、
「これは、落書きだ」
「え?」
「青春の、落書き」
High School Graffiti。
力強く、混沌として、そしてどこまでも鮮やかな。
青春の絵だ。
「正解です」
シホさんは笑った。
「アヤナ先輩は教えてくれませんけど、皆知ってます。………これが、青春です」
これが、青春。
爆発せんばかりの若さのエネルギー。
青春の祭典。
「綺麗だ」
僕はゆっくりと手を伸ばし、その絵に触れた。
お祭りは、終わった。
そうして、一つの青春が終わる。
でもまだしばらくは青春は続いていく。
そうだな。
これくらい綺麗な青春を生きてみたいと、そう思った。




