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41 まるで一つの落書きで。

 学祭最終日は後夜祭。現在時刻は………えと、18:19、かな。暗くて時計の文字盤が見にくい。

 ふふ、とはにかんだ梓は、もう何て言うかソレだった。いつかそのうち、ね。近くなくとも遠くもないだろう、と私はひっそりと思う。

 ステージではイベントが変わり、『ダンス部と愉快な仲間たち』の出番になっていた。愉快な仲間たちって………

 視界がステージ横に降りると同時、照明が落ちるとヒップホップ系の軽快な音楽が始まり、体育館両サイドの入り口が開いて、その『ダンス部と愉快な仲間たち』が踊り出てきた。スキップに合わせて頭上で手を叩き、会場の手拍子を誘う。そして十数人がステージに出そろったところで、わ、と入り口付近にいた人たちが完成を上げた。

 つられて見れば、左右から一人ずつ最後の一人が飛び出してきていた。軽快にステップすると、二人はそこから、同時に、

 前方倒立回転飛び、

 さらにもう一回、

 そして前方宙返り。

 着地した。

 わあ、と会場が沸いた。

 梓も隣で飛び上がらんばかりに興奮して手を叩いた。

「わ、凄い! 左から出てきたのって仲井先生だよね!?」

「あ、やっぱり?」

 私もちょっと腰を浮かせてステージを見る。くそう、立って騒いでる連中でよく見えない。

 仲井先生は数学の先生で、この学校の先生方の中で一番若い先生だ。とはいえ、若いと言ってもたしか三十一か二だったはず。体育の大西先生は五十七歳でハンドスプリング、つまりは今さっき仲井先生も披露した前方倒立回転飛びを成功していたけど、それに優るとも劣らない驚きだ。

 仲井先生は若い、爽やか、人当たりが良い、ということで女子に大人気の先生だ。それが、ここで秘めたる新技。

 格好良すぎる。

 さぞかし株も上がるだろう。実際、ステージでダンス部の人たちと一緒に踊る仲井先生へ黄色い歓声が上がりまくりだ。

 ステージ上では、ダンス部の女の子たちと臨時参加らしい三年の男子数名、それに仲井先生が入れ替わり立ち替わり踊る。

 凄い。どこで練習していたんだろう。

 若いなあ。

「や、楽しんでるかい?」

 唐突に男の人の声が聞こえた。見ると、カナムラ君の隣に白衣の男の人が座っている。あ、確かこの人って保健室の、

「あ、斎藤さんだ」

 梓が言うと、斎藤さんは片手を上げて、

「どうもどうも、斎藤さんです」

 言って、持っていたお茶のペットボトルを呷る。

「斎藤さん、今の見てました!? 仲井先生の!!」

「うん、見てたよ。ちょうど間に合ったって感じだったね。いやあ、若い若い。若いっていいよねえ。なんかもう心が若いよねえ」

 そう言う斎藤さんだって、実年齢的にも若かったと思うんですけど。

「僕がやろうものなら、とりあえず事前に担架の用意と救急車の手配をしとかないとね」

 朗らかに何を言ってますか。

 そのまま斎藤さんはカナムラ君に、指はどう? と訊き、カナムラ君は上々です、と答える。と、ステージのダンスに見入っていた梓がふと斎藤さんを見て、

「てか斎藤さんこっちに来てていいんですか? 白衣のままだし」

 確かに斎藤さんはいつもの、綺麗に白い割にはよれよれの白衣そのままで、それに教員は基本的に出入り口付近で眺めているのが常だ。斎藤さんは、んー? と首をかしげ、

「白衣は僕の一張羅だからね。さっきそこ通ってこっち来る時も誰にも止められなかったし、いいんじゃないかな。まあそれなりにこっそり来たんだけど」

 いいのかな、それ。斎藤さんはふとステージを眺める目を細め、

「若いって、いいよねえ」

 そう言った。

「無条件で元気があって、フレッシュでさ。馬鹿なこともたくさんできる。年取るとそうもいかないからねえ。君たちも、今のうちにできる限りたくさん馬鹿なことやるといいよ。勉強ももちろんだけど、今しかできないこと、いっぱいあるでしょ」

 私も、梓も、カナムラ君も、神妙に聞いている。

「大抵の馬鹿なことは、僕たち大人が責任をとれる。あ、よっぽどのことはダメだからね? でも、大人ってのは、特に教師ってのはそのためにいるんだからさ。いっぱい馬鹿やって、いっぱい楽しんで、いっぱい心配して、笑って、泣いて………目いっぱい、青春しなよ。そうやって過ごした時間は、きっと一生の宝になる。誰かに語れる思い出になるから」

 しみじみと語られる言葉は、何だか凄く含蓄があって、心に染みるみたいだった。

 はええ、と梓が関心の混ざった吐息をする。

「斎藤さん、何かかっこいい」

「あ、そうかな? 僕も何かいい空気吸ってる気分だったよ」

「でもちょっとジジ臭い」

「あらら」

 軽やかに笑って、あ、と斎藤さんは私に視線を向けた。

「真庭さん、だったね」

「え、あ、はい」

「劇、見てたよ………凄く、善い劇だった。特にあの『落書き』はね」

 ぐっ、と親指を立てて見せた。ああ、斎藤さんは、あの意味がわかったんだ。

「あ………ありがとうございます」

「え、落書きって、篠原君のあれ?」

 梓が私と斎藤さんを交互に見るけど、私も斎藤さんもお互いに笑って答えない。

 わあ、とステージのほうがもりあがった。見れば、ダンスもいよいよクライマックスだ。

 賞賛が、素直にうれしかった。心の深いところに染みこんでいく。やった、という素朴な思いが湧く。

 不意に、心が何かを捕まえた。まだ形にはならないけど、きっといいものになる何か。

 篠原君に立てた死亡フラグ。

 斎藤さんの言葉や、率直な賞賛。

 最後の舞台の形が、見えてきた。

 ああ、楽しい。

 楽しいな。

 受験もあるから、確かに遊んでばかりもいられないけれど。

 馬鹿なこと、新しいこと、思い切ったこと。

 いろんなことをやってみよう。

 そうして、一つ一つ、笑って、泣いて。

 思い出を、たくさん集めよう・。

 そうすれば、きっと最高の青春になる。

 振り返ったときに優しく懐かしい青春になる、。

 だから、これからもまだまだ、皆と

 いろんな色で、たくさん描いていこう。


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