40 振り返ってみればそれは
学祭最終日。現在時刻17:43。時間は半端だけど、後夜祭が始まる。
後夜祭は体育館でやるんだけど、参加は自由だから帰る人も結構いる。残るのはお祭り好きと、まあ、カップルだ。そしてお祭り好きはステージ周辺に、カップルは壁際で仲良く寄り添うので壁際族と呼ばれ、会場はおよそ二分される。あたしと金村君は男女ペアではあるけどカップルではないのでその中間あたりに座っていた。
生徒会の人が司会で盛り上げ始めたあたりでふと周りを見ると、少し離れたところに郁奈が一人でぺたりと座っているのが見えた。金村君を連れてにじり寄って行くと、途中で郁奈も気付いた。
「や、お疲れ。シノハラ君は?」
「………お疲れ。シノハラ君は、違う人に誘われてたからどこかにいると思うよ」
郁奈は苦笑した。
「あ、誘ってはみたんだ?」
「あー………まあね。一応ね」
何が一応か。でもちょっと遅かったみたいだね。惜しい。
「んじゃあ何で郁奈残ってるの?」
「私は一人でここにいちゃいかんのかね。仕事があるんだよ仕事が。ってか後始末ね」
ふーん、大変だねえ。
「後輩も、独り身の暇な奴は声かけてあるかんね」
言ってから、郁奈はちらりと金村君を見て、
「で、二人はどういう関係? Magic?」
流暢な発音でにやにやと笑う郁奈に、あたしは慌てて手を振って、
「い、いや、そういうんじなくて………く、クラスメートだよクラスメート!」
金村君が特に何も言わずに頷くのが視界の隅に見えた。郁奈はそれでもまだにやにやしている。そんな郁奈には、昨日のあの亡霊のような雰囲気はなくなっていた。
「あ、そ、そういえばさ、さっきの劇の途中で、シノハラ君脚立からひっくり返ったじゃん? あれって演出だったの?」
「ん、どうして?」
郁奈は特に表情を変えない。
「いやほら、落ちたとき凄い音してたからさ。こう、ズゴンッて」
「ああ、してたねえ」
あれはかなり痛そうだった、と郁奈は頷く。
「で、どうなの実際。金村君とあたしは演出だと思ってたんだけど、外から来て一緒に観てた友達は、あれは本気で落ちたんじゃない? って言っててさ」
「さて………どうでしょうねえ」
郁奈は悪戯っぽく笑ってみせる。
「見えた通りだと思っていいよ。私は『自然さ』を売りにしてるとは言っておくけど」
むう………では真相は闇の中ですか。
ステージではカラオケ大会の決勝が始まった。先攻がBブロック一位の女の子で、後攻があのAブロック百点通過の北条君だ。
百点こそ取らなかったとはいえ、女の子も低音のかっこいいかなり上手な人だった。
でも、うーん。
「惜しい。正直相手が悪かったね………」
「え、そうなの?」
郁奈は不思議そうな顔をする。
「うん。多分ね。あれ、郁奈聞いてない?次の北条君、予選で百点取ったんだよ」
「話には聞いてたけど………」
金村君に聴いた? と訊くと、金村君は頷いた。
「凄かったよ。その次の二人組も凄かったけど、九十九点でひっくり返ってた」
「へえ、それは楽しみだね」
言ってる間に女の子の歌が終わり、いよいよ北条君の番になる。
背も高くて体格もいい、爽やかなイケメンだ。聞けば学業優秀スポーツ万能、音楽まで嗜むという隙のない超人じみた人だ。才色兼備とはまさしく北条君を表すのだという。
前奏に続き、北条君がマイクを握りなおして、歌い始める。
一発で引き込まれた。
これが同い年の人の歌声か、と信じられない思いがする。予選のときよりもさらにレベルアップしていた。どこの歌手か、ってな感じだ。
金村君の表情は変わらないけど、郁奈は驚いた顔をしていた。
「すご………」
郁奈は小さくつぶやく。会場は咳一つなく、北条君の声に呑まれていた。
いつまでも聴いていたいような。
そんな歌声だった。
これはもうどうしようもない。北条君の優勝だ。もし違ったら、あの女の子には申し訳ないけど審査員の耳は腐っているに違いない。合唱コンクールだとエンターテイメントなパフォーマンスをして会場を盛り上げたクラスは点数が低く、可もなく不可もなく上手だったクラスが優勝することからあの連中は頭おかしいんじゃないかと陰ながら囁かれているが、こればっかりは間違いあるまい。いや、あれ? これは審査員違うのか。なら問題ないね。無駄に毒を吐いてしまった。
てへ。
いやはや、一体どんな生き方をすればあれほどの歌唱力が身に付くのやら。
歌が終わっても結果発表はすぐではない。司会の人が結果は後夜祭の最後にて! と叫んでる中で、ふと郁奈がこちらの耳に口を寄せてきた。
「私は覚悟を決めたよ、梓」
「覚悟?」
「そう」
郁奈はあたしだけに聞こえる声量で囁く。
「吹っ切れた。私、無事に卒業記念が終わったら、好きな人に好きだって言ってくる」
あたしはまじまじと郁奈の顔を見つめた。目で問うと、郁奈は笑みで頷く。
「………それって」
「うん。フラグ立ててやってきた。今の私は、無敵だ」
ニッと笑って、それから郁奈はさらに顔を近付けて、
「梓はどうなの?フラグ立てるなら聞いてあげるけど」
「あ、あたしは………」
ちらっと金村君を見る。金村はこちらは気にせずぼけーっとステージを観ていた。
「………今すぐどうこうってことは、ないけど」
うん? と首を傾げた郁奈に、あたしも笑顔で言った。
「いつかそのうち、聞いてもらおうかな」




