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35 彼女は感心する。

 学祭第三日目。現在時刻15:00。いよいよ、演劇部の舞台が始まる。

 生徒会の人のコールが入ると、体育館は一息に静まり返り、スポットライトの光がふた筋舞台を照らす。舞台横から、しずしずと女の子が一人歩き出てきた。

「あ、ほら、あの人がマニワさんだよ」

 隣の智江が肘で私をつつき、抑えた声で示してくる。へえ、あの人が・・・・と私は舞台上で光の中に立つ姿を見つめた。

 一礼し、姿勢を正し、背筋を伸ばして前を見る。表情は晴れやかで、緊張は見当たらない。

 マニワさんは、マイクを握り直し、口を開いた。

『皆さん、こんにちは。私はこの演劇部の監督をさせていただいておりますマニワです。本日は当校の学校祭においでいただき、また今日の私たちの公演にまでご足労いただきまして、ありがとうございます』

 淀みなく、流暢に言葉を紡いでいく。と、智江が座っている側と反対側に、誰かが座った。

 見れば、山梨君だった。

「や、見に来てたんだね」

「うん。山梨君も」

 声は抑えめにお互い言葉を交わす。

「山梨君は誰と来たの?」

「俺は後輩の子と」

 見ると、山梨君の向こう側にその子がいた。何となく会釈し合う。なかなか可愛らしい子だ。

「もしかして、中庭でソロやってた?トランペットで」

 ふと顔を寄せてきた智江の言葉に、山梨君はそうそう、と頷いた。

「よかったな。頑張った甲斐があったじゃん」

 顔をそちらの方へ向ける山梨君に、その子は当然です、などと言いながらも嬉しそうにはにかんで見せる。うお、可愛いなあ。同じことを思ったのか、智江はからかいを含んだ声で、

「ねえねえ、その子、山梨君の彼女?」

「ん?いやあ、後輩後輩」

 ひらひらと手を振って見せる山梨君だったけど、その向こうではその後輩ちゃんがむっと膨れていた。・・・・おやおや、これはこれは。

「山梨君も割と・・・・」

 私も深々と頷いた。

 全く、隅に置けないねえ。

「お、そろそろ始まりそうだよ」

 山梨君が舞台を示す。確かに、マニワさんの話はもう終わるところだった。

 あ、御免なさい、全然聞いてませんでした・・・・

『では、すいません、長い話になってしまいました。これより開幕となります。わたしたちがこの日のために作り上げてきた舞台、どうぞお楽しみください』

 マニワさんは一礼し、会場に拍手が充ちた。マニワさんは舞台横に歩いていき、スポットライトが消えた。

 始まる。


 幕がゆっくりと左右に開いていき、光がついて照らされたそこには、大きくて真っ白な壁が一つ舞台の中央、奥の方に据えてあった。そして、その傍に女の子が一人立っている。

『これ・・・・何だろう』

 女の子はその壁を見て首をかしげる。その声はマイクを通されたものだったけど、どういう技術なのかノイズやエコーが全然入らず、明瞭に歯切れよく響いた。マイクを持っているわけでもないからどこかに仕込んでいるのだろう。

 女の子は、まあいいか、と呟いて、向かって右の方へ歩いて出て行った。すると入れ違いで、今度は反対側から男の子が一人歩き出てきた。

 隣で山梨君が、お、と小さく声を上げた。私もその人に注目する。

 篠原君だ。

 篠原君は、何やら絵具か何かで薄汚れたワイシャツを着て、片手には刷毛やらなにやらをまとめて、逆の手にはペンキをいれるような大きなブリキのバケツを提げて、気だるげに脚を引きずって現れた。そのままそれをそこにおいて、一旦また舞台袖に戻っていく。その間に反対側からまた違う人たちが出てきた。女の子二人組だ。その人たちはその人たちで、ちょっと時代がかったような服を着ており、篠原君に構わずそれぞれの台詞を語り始める。篠原君はその後ろで黙々と脚立を運んできて、壁の前に立てるとその上に座り、一度バケツに刷毛を浸すと、それを壁へ・・・・


 あの白壁は、きっとあの体育館特設ステージがモチーフだ。生徒会の企画で、一人一筆を命題に、真っ白な壁に全校生徒が好きな色で一筆入れるというもの。私も、智江も、山梨君も、山梨君の後輩ちゃんも・・・・マニワさんも、篠原君だってあれに一筆入れたはずだ。皆、何色で入れたんだろう。

 それを、篠原君は一人で黙々と塗り続ける。本当にたくさんの色で、無秩序に、少しずつ・・・・いろんな人が表に出てきていろいろと、面白いことやびっくりするようなことを行っていくなかでも、その後ろでずっと、篠原君は色を入れ続ける。ときどき、初めにいた女の子が現れて篠原君に話しかける。そのたびに篠原君はぼそぼそと応え・・・・


 私は今までだってそんなにたくさんの演劇を見てきたわけじゃないけど、それでも全く見たことがない不思議な劇だった。群像劇、というのか、でも篠原君は一貫して脚立に座って絵を描いていた。ときどき脚立を下りて一息ついたり、腰を伸ばしたり・・・・

 篠原君だった。


「・・・・演技してるように見えんな」

 ぽつり、と山梨君が小さくつぶやいた。

「山梨君もそう思う?」

「ああ。ありゃまんま篠原だ。・・・・凄いな。ほんと」

 にやっと山梨君は笑う。私も小さく笑った。

 舞台上では、男の子が女の子に追いかけ回されている後ろで、篠原君は横を向いて欠伸をしていた。

 本当に、篠原君だなあ。


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