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34 彼女は誓う。

 学祭第三日目。現在時刻14:43。もうすぐ、もうすぐで、いよいよ私たちの舞台が始まる。

 監督とは言っても、いざ始まれば実際的にやることは大してない。本番直前で緊張してる皆に声をかけて回るくらいしか、私にはできない。私が何かをしなければならないときは、舞台上で何かがあった時だ。だから、むしろ私の出番はない方がいいくらいなのだ。

 だから私は、私にできる唯一のこと、皆に声をかけて回っていた。

 最後の点検をしている大道具の子たち、役者の皆に衣装、化粧、小道具を添えているそれぞれの係、そして実際に舞台に上る役者の皆。

 一人ひとりに声をかけて回ったところで、最後の最後に私は篠原君のところへ向かった。篠原君はすでに衣装も化粧も整っており、完全に役に扮していた。今は皆から少し離れたところで壁に背を預けて立ち、腕を組んで目を閉じていた。集中しているのか、それとももしかして眠っていたりするかも。

 それにしても、我ながらイメージ通りの出来映えだ。いや、実際に化粧なんかをやったのは係の子たちだから、あの子たちの腕前が確かである証拠なんだけども。今の篠原君は様になりすぎるくらい様になっている。

 で、まさか他の皆には声をかけといて篠原君にだけ、ましてや主人公にだけ声をかけないというのは有り得ないわけで、だからこれから篠原君に何か声をかけるわけなんだけれども。

 私はまたちょっとだけためらった。何となく篠原君を避けていた。できるだけ、そしてさりげなく距離を置いていた。そうしないと、私は自分が、自分の中の何かがおかしくなってしまいそうな気がしたからだ。

 でももう、そんなことは言ってられない。わたしは意を決して篠原君の前に立った。

「・・・・篠原君」

 表舞台にはかなりたくさんの人が集まってきていて、それがざわざわと小騒がしくて普通に話しても問題なさそうだけど、それでも私は声を抑えめに声をかける。

 篠原君は、くいっと顔を上げて目を開き、私をまっすぐに見て、

「・・・・おう。真庭か。どうした」

「いや・・・・本番直前だから、皆を励まして回ってるのさ」

「おお、そうか。前島さんのほうは言ったか?あっちの方がよっぽど緊張してたぞ」

 前島さんは、今回のヒロイン役だ。結構あがり症なんだけど、

「行ってきたよ。がんばってる。人の字を書きまくってたけど」

 手のひらに人の字を書いては呑んで書いては呑んでいた。篠原君はにやっと笑った。

「そうか。それは何よりだ・・・・俺も、緊張はしてるけど悪くはない緊張だな。あとは本番でトチらなきゃいいんだがな」

 おどけるように言う篠原君に、私も笑い返した。

「頼むよ主人公。前宣伝のとき以上に、堂々とね」

「あれはなあ・・・・」

 篠原君は苦笑した。

「そういえばお前こそ緊張してないか?開演前の挨拶があるだろう」

「え?あ、ああ、うん」

 忘れてたわけじゃないけど、誰かに心配されたのは初めてだったので、ちょっと戸惑った。

「大丈夫・・・・だよ。うん、いや、やっぱり結構緊張してるかな」

「無理はするなよ。まあお前なら問題ないと思うがな。肩の力は抜いとけよ」

 手をひらひらと振って、篠原君はそう言ってくれる。不器用な、励ましの言葉。

 私は、自然に笑顔になれた。

「・・・・ありがとう。元気出た」

 緊張も、ちょっと、いやだいぶ緩んだ。

「おう」

 篠原君は頷いた。それからふと思い出したように、

「そういえば、卒業記念の台本も書き始めてんだろ?そっちの調子はどうだ?」

「ん?ああ、あれはねえ・・・・何とも、ちょっと調子悪いかな」

 正直に言えば、ちょっとどころかかなり悪かった。ちょっと書いては捨て、ちょっと書いては捨て、を繰り返していた。代々伝統的に脚本役が苦しめられてきた舞台なのだけど、例に漏れず私もかなり苦しんでいた。時間ばかりが過ぎていく焦燥。

 篠原君はそうか、と頷いた。

「無理するなよ。お前ここ何日か体調悪そうだし、明日くらいは全部休め・・・・楽しみにしてるんだからな。待ってるぞ」

 篠原君が・・・・優しい、笑顔になった。めったに見せることのない、貴重な表情。、私はあっけにとられて、半ば無意識に頷いて、そしてふと思い出した。

 先輩方が、代々どうやってこの苦境を乗り越えてきたか。

 そろそろスタンバイしてください、と生徒会の人の声がかかった。はい、と返事をしながらも私は再び篠原君へ向き直る。

「どうした?呼ばれてるぞ」

「うん」

 私は。

 私は篠原君に。

 私は篠原君に、言う。

「ねえ、篠原君」

「んー?」

 篠原君は壁から背を離し、ストレッチを始める。そんな篠原君を見ながら、私は・・・・

「私、一昨日告白された」

「ん!?」

 本気で驚いた表情で篠原君は振り返った。

「・・・はい?」

「でも私、振っちゃった」

「・・・・あら、そう」

 あっけにとられている篠原君が素直におかしくて、私は笑った。

「それは・・・・それは。何ともまあ」

 コメントに困ってるね。篠原君は目をパチクリ。でも、そんなに驚いてくれると返ってこっちもむっとしちゃうかなあ。

「私さ、篠原君」

「お、おお」

 今度は何を言われるのかと篠原君は少し身構える。そんな篠原君へ、やっぱり私は笑いながら、

「私が無事に脚本を完成させて、卒業記念の舞台が成功したら・・・・私、告白するわ」

「・・・・お前、それって」

 そう。

 死亡フラグ。

 先輩方は、卒業記念の脚本に行き詰ったら死亡フラグを立て、乗り切っていったという・・・・私も、それに乗っかる。

 私の、本気の死亡フラグ。

 卒業記念が無事に終わったら、私は告白してくる。

「私は、好きな人に好きだって言って来るよ」

「それは・・・・ああ、いいんじゃ、ないか?ってかそれを俺に行ってどーするって」

 あはは、と笑いあって、私は心に残っていた最後の緊張がほどけていくのを感じた。

「まあ・・・・頑張れよ。その告白も、なんなら結果を俺にも教えてくれ」

「うん。頑張る。ありがとう」

 頷いたタイミングで、また生徒会の人の声がかかった。もうさすがにスタンバイしないといけない。私はくいっと握った拳を上げた。それを見て、篠原君も笑みで頷いて同じく拳を上げ、お互いに軽く打ち合わせた。

「行って来る」

「ああ、行って来い」

 私は、一人舞台袖に向かう。生徒会の人からマイクを受け取り、そのときを静かに待つ。そしてスポットライトが点き、舞台が照らされ、私は一歩ずつ前へ歩き出した。私は、全てを無事に終わらせて、そして好きな人に好きだって言ってくる。

 例えその人に相手がいても、望みなんて全くなくても、その人にとっては迷惑にしかならないのだとしても・・・・恋に敗れるとしてもせめて、気持ちだけは伝えたい。

 せめて、私の気持ちを、知ってほしい。

 身勝手かも知れないけど。

 身勝手、なんだろうけど。


 私はあなたが好きなんです、と。


 私は、迷いを吹っ切った爽やかな気持ちで光の中に立った。


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