30 彼は見上げる。
学祭第三日目。現在時刻11:23。
俺は今のところ、約束通り後輩の子と一緒に、美術室にいた。
より正確に言えば、美術室の中央に展示されている身の丈二メートル超過のマッチョを見上げていた。
力強いマッチョポーズをキメているスキンヘッドのいかめしい男の木像だ。力を込め引きしめられた顔面もさることながら、波打つような精緻な全身の筋肉の表現がとても木像とは思えないほどに秀逸である。台座を含めると三メートルは近いであろう。その像は、観る者に力強い迫力を与えていた。
って、何で俺がこんなものの描写をせねばならんのだ。凄いことは認めるが、あんまり長く見ていたいものでもないぞ。全裸かと思ったらブリーフっぽいものを装着していて大いにほっとしたところである。実際、他の客はこれを一瞥したあとは他の作品を眺めに回るし、ちょっと立ち止まって見る奴にしてもかなり距離を置いている。こんなに至近距離で威圧されているもの好きなんてのは、まあ俺とこの子しかいない。ってか根本的にこの子だけだ。俺が好き好んで見ているわけではなく、連れの宮野がほれぼれと見上げて動かないんだ。
「・・・・なあ、まだ見るのか?コレ」
「あ、すいません。もうちょっとです、もうちょっと」
宮野は瞬きも惜しむように熱心に見入っている。俺としては居心地がかなり悪いんだが。何でって、周りの視線が。どうせ見るなら他の、穏当な絵とかがいい・・・・とか思って見回すと、とある一角に大仏が寝ていた。見なかったことにする。いや、それでもせめてこのマッチョ像よりはいいだろうか。
見るともなしに、像の横の立て看板を見る。
『美術部員の魂を込めた一品!歴代最大の一木造です!』
太字のマジックが踊っている。そりゃまあ、歴代最大は間違いないだろうが、一木造って、こんな巨大な木をどこから持ち込んだんだよ。ドア通らなくないか。
『当初は不動明王を制作する予定でしたが、いろいろあってマッチョになりました!』
いろいろって何だよいろいろって。そこが一番大事だろう。何がどうなったら不動明王がマッチョになるんだ。いやそもそも不動明王って割とマッチョじゃなかったか。
製作期間は三か月。マジか。制作人員には二人の名前があった。その熱意は大いに認めるが、名前見た感じ、これ二人とも女子じゃないか・・・・?
力の入れどころを激しく間違っている気がする。
「ふう、山梨君、もういいですよ。次行こう次」
堪能した、とばかりに満足げな吐息をついて、宮野が俺の手を引いた。そうか、と頷いて一緒に美術室を出る。マッチョ像しか見てないんだが、いいのか?
「凄かったですねえ、あのマッチョ像!」
ぷっはーと宮野は本当に満足げだ。
「確かに凄かったけどな・・・・あんなに見入るほどのものでもないだろ」
「えー?山梨君はあの素晴らしさがわからないんですか?あの筋肉美は、もう涎モンですよ・・・・!」
・・・・宮野、目が怖い。それと涎をすするな。
特に目的地もないのでフラフラと俺と宮野は中庭へ出た。中庭ステージでは有志発表の時間のようで、ちょうど一グループが終わったところらしい。
「何か買います?」
「ん?ああ、それじゃあかき氷でも買って来るよ」
日差しも強くて暑い。ちょうど並んでもいなかったので、俺は速やかにかき氷を二人分買ってきた。
「はい。ブルーハワイでよかったな?」
「あ、うん。ありがとうございます」
嬉々としてストロースプーンを握る宮野。その様子を微笑ましく見ていると、ステージで音楽が切り替わった。次のグループのようだ。何気なくそちらへ視線を廻らせる、と。
「・・・・うおう、何だアレ」
男子が十人ほどステージ裏から走り出てきて、音楽に合わせて踊り始める・・・・のだが、全員が全員、よくわからんが派手なコスプレをしていた。カラフルな衣装、スカートにカツラ。女装、か?隣で彼らに気がついた宮野が、これまた嬉々と目を輝かせて素早く取り出したスマートフォンで動画を撮り始めた。
どうでもいいことだが、手慣れているなあ。
「えっと・・・・アレ、何?」
「山梨君知らないんですか?東方ですよ東方!わあ凄い、アレいくらくらいするんだろう!」
アレとは衣装のことだろうが、手に入るなら自分も着たいとか言い出しそうな興奮具合だ。まあ俺は別に止める気もないんだけど、そういう文化もよく知らないんだが、つまりはアニメか何かなのか・・・・?
ぼけっと眺める。とりあえず暑そうだな。厚着っぽいし。ほとんどの奴がスカートなんだが、その、脚は何とかならなかったのか。
俺に思い浮かぶ感想なんてのは、どうしてもその程度だ。
だが、眺めているうちに気が変わってきた。
何これレベル超高ぇ。
まず半端に恥ずかしがる奴が一人もいない。ダンスそのものもよくそろっていて、端々にキレがある。練習の程が窺えた。
振り付けにしても、多少スカートがめくれようが踊っているのは男だし、ましてや既に存在そのものが破廉恥と化してしまっているあれではそれ以上破廉恥になることもなし。
オカマ臭かったり妖怪じみていたりするが、踊っているのはやっぱり男だから迫力もある。男だから肩幅もある。しかしスカートである。
びっくりするくらい破廉恥だ。
俺は思わず吹き出した。
何これ無駄にカッコいい。
これもまた青春の在り方、青春の極みの一端だろう。
力の入れどころを致命的に間違っている気がするが。
何だかよくわからんが、あの勇者たちには何とも言えない敬意すら芽生えた。
五分くらいか。ダンスが終了すると、観客からは割れんばかりの拍手が起こった。その声援に大手を振ってステージを去るコスプレ女装男子集団。
全員、ガニ股だった。
「山梨君、あたしちょっとあの人たちのところに行ってきます!」
言うなり宮野はぴゅーっと突っ走って行った。おいおい、残された俺はどうすりゃいいんだよ。俺は苦笑する。
ステージでは、今のグループのリーダーにインタビューをやっている。マイクを持った生徒会の司会に応えているのは、先程センターで踊っていた青いスカートの男子だ。
『凄い衣装ですねえ!全員でそろえたんですか?』
『あ、ええまあ、はい』
答える姿は、思ったより普通の男子だった。何であの格好であそこに立ってるのかわからん……何かもう、一周して格好いいな。ステージ上で続くインタビューから視線を逸らしてちょっと探すと、例の男たちにハイテンションで話しかける宮野が遠めに見えた。驚いたことに、宮野以外にもそういう感じの女の子が何人かいるようだ。
ほんとにすげーな、おい。
そこはかとなく日本の未来が心配になった。
『はい、というわけで最後に一言どうぞ!』
『えっと、来年も多分やる予定なので、その時はまたよろしくお願いします』
ひょこひょこと礼をして、その男子は退場した。いやもう、あいつは漢だ。敬礼。
最高のエンターテイメントだった。
来年もやるなら観に来ようかな。
また拍手しながらふと見ると、剣道部のチョコバナナのところに知った顔を見つけた。どうやら店員をやっているらしい・・・・ああ、思い出した。あの指に包帯巻いてた人だ。
ん、あの人って剣道部だったのか。




