03 彼女は少し近付く。
学祭準備期間四日目。残り三日。現在時刻17:03。夕焼けが綺麗。
私が突き指を応急処置してもらって保健室から教室に戻った時、皆が崩れた作品の周りに所在なげに立っていた。
「あ・・・・縁」
智江が気付いて入口に立ち止まった私のところへ来てくれた。
「指、大丈夫?」
「私は、大丈夫だけど・・・・」
重苦しい雰囲気が漂っている。
「大丈夫だ。今さっき篠原を呼んだ。もうすぐ来るさ。あいつに任しとけば大丈夫」
責任者の山梨君が重い雰囲気を吹き飛ばすように笑った。
「でも、何で篠原君なの?管轄も違うし・・・・」
智江が周りをちょっと確認して、「仕事だってやることはやるけど積極的でもなかったのに」
「ああ。篠原は確かに普段は見た目通りテキトーだけどな」
山梨君は不敵に笑ってみせる。
「非常時には最高に有能だ。まあ非常時だけなんだけどな」
それから私のほうを見て、
「心配しなくていいって。あいつ愛想ないけど、女の子には甘いから」
「でも・・・・」
「お、来た来た」
山梨君が私の後ろを見て片手を上げた。
「−−−−うぉ」
篠原君が教室の惨状を見た第一声だった。
「すまんな篠原、急に呼び出して。状況はさっき話した通りだ。まあ入ってくれ−−−−遠江さんも」
山梨君に手招かれて、私たちは彼のところへ行く。
「何とかなりそうか?」
「なりそうか、ってなあ。俺は管轄も違うし、自分のノルマは」
「御免なさい!」
私は篠原君に頭を下げた。
「私が壊しちゃったんです。私が、私のせいで−−−−」
「−−−−指は、大丈夫か?」
ぼそっと、篠原君が呟いた。え?と顔を上げると、篠原君は不機嫌そうに、
「突き指したんだろ。保健室には行ったんだな。大丈夫だったのか?」
篠原君は背が高い。見上げて私は頷く。
「私は、大丈夫だけど」
「ならいい。話は聞いた。事故だったんだから仕方ないし、起こったものはどうしようもない。ましてや遠江さんは怪我までしたんだからむしろ被害者だ。なあ?」
篠原君は山梨君へ視線を向けた。山梨君も笑みで返す。篠原君は一つため息をついた。
「繰り返すが、起こったものは仕方ないんだ。今必要なのは、やらかした後をどう始末つけるか、だ。いいな?わかったら気分切り替えて動いてくれ」
篠原君は私に、というより全員に向けて言って一つ頷くと、すぐにテキパキと動き始めた。歩き回りながら山梨君と相談する。
「一から作り直したほうがいい気もするけど時間ないよな」
「や、さすがに無理だな。ここまで一週間ちょいだ。あと三日じゃなあ」
私は何となく小さくなっているけど、篠原君は淡々とあちこちを見て回る。
「大破してなくても傷ついてんのが多いな」
「そうだなあ」
「これ、何をどう作ろうとしてたんだ?」
知らないで話してたんだ。
山梨君の説明を聞いて、篠原君は曲げていた腰を伸ばした。
「土台は問題ないかな。でもあと三日か・・・・俺部活がまだ完璧じゃないんだが・・・・」
篠原君は難しい顔をしてる。山梨君も含めて皆黙って見ている。
篠原君は時計を見て、
「考えてないで動くか。残りは大体一時間半な。残り予算はいくらある?」
「おう、結構あったはずだぞ」
山梨君が会計の子を振り返る。会計の子は頷いた。
「そっか。んじゃあ、とりあえず整理しよう。そのまま使えそうな奴と完全にダメな奴を分けて、ダメな奴は作り直し。行けそうな奴はできるとこから組み上げよう。で、ダメな奴から足りない部品をリストアップして、今日明日で買ってこよう。ここでどれだけ時間削れるかは、結構大事だぞ」
具体的な人の振り分けは山梨君がやった。山梨君は、私を不足品のリストアップに当ててくれた。突き指で手が上手く使えなくて、できてもこれくらいだったから、素直にありがたかった。ノートを前にペンを握って、山梨君の挙げた物をノートに取っていく。
合間に周りを見ると、皆是非もなく働いていた。手の空いている人は一人もいない。皆、時間がないことはわかっているのだ。
私が壊したせいで、時間がなくなったのだ。別の班だった篠原君まで呼び出して。
「そんなに気に病まないでよ」
山梨君が声をかけてくれた。
「あ、うん、御免・・・・私そんなに暗いかな」
「暗いよ。暗い暗い。もっと朗らかに・・・・は無理でも、もちっと気分軽くして。大丈夫だよ。大丈夫」
励ましをありがたく思いつつも、気分が明るくはならない。
ノートに書き込みを続けながら、気が付いたら私はちらちらと篠原君の背を追い続けていた。篠原君は、それこそずっと動き続けている。時々作業している人を覗き込んで何か指示したり、人手が足りなそうなところに入って手伝っていたりした。暇そうになった人を見つければすぐに別の場所に行かせたりしていた。篠原君は同じ場所に長くいることがなかった。ずっと動き続けている。そしてずっと無表情だ。あ、転んだ。何か踏んだみたいだ。近くにいた人に気遣われてるけど、篠原君は後頭部を抑えながらも立ち上がる。
「気になる?遠江さん」
正面、せっせとリストを書き連ねる山梨君が顔を上げてにっと笑った。
「凄いだろ?こういう時しか役に立たないけど、こういう時は最高に役に立つんだ。まああいつとしては必要なことやってるだけらしいんだけどね」
何となく二人で篠原君の背を眺める。まださっき転んでぶつけたところが痛むのか、後頭部をさすっていた。
「格好いいでしょ」
山梨君が悪戯っぽく笑った。
うん、と私は答えた。