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29 彼は心配する。

 学祭第二日目。現在時刻18:03.

 二日目は終了し、練習も終わった、わけだが。いや、俺の調子は悪くない。台詞もばっちりだったし、演技も悪いところはなかったはずだ。真庭も何も言わなかったし。

 その、真庭なんだが。

 ほとんどの部員が解散した後で、まだ残ってぼんやり台本に視線を落としている真庭に俺は背後から近づいた。

「――――真庭」

「んん!?あ、何だ篠原君か」

 本気で驚いた様子で真庭は振り返った。人に気づかれずに忍び寄るのはあまり自慢できない俺の自慢の特技だが、

「・・・・えと、何?」

 難しい顔をして真庭を見る俺に対して、真庭はどぎまぎとぎこちない。

「ああいや・・・・お前、何か大丈夫か?すげー顔色悪いんだが」

 練習前から気づいてたことだ。他の皆も気づいていたようで、いろんな奴が合間合間に声をかけていたが、そのたびに真庭は、

「やだなあ篠原君まで。大丈夫だって。大丈夫。ほんとに何にもないんだから」

 大丈夫と連呼する真庭は、絶対に大丈夫じゃない。

 しっかりやれとかお前が言ってきてたくせに、お前がそんなんでどーすんだ。

「全然大丈夫には思えないね。お前しっかり寝てんのか?」

「そりゃもちろん。寝てる寝てる。毎晩ぐっすりよ」

 うんうんと真庭は頷く。目の下にうっすら隈浮かべといて何を言うか。俺はガリガリと自分の頭を掻いた。

 ダメだなこれは。今のこいつは無理がバレバレの嘘しか言わん。

 心配させまいという誠意はわかるんだが。

「とにかく無理すんな。明日の本番中に倒れられでもしたら大変だ。体調悪いんならいっそ児玉あたりに任せてやればいいんじゃないか」

 児玉というのは後輩で、次の脚本役候補だ。結構勘もいいし、代役くらいは務まると思うんだが。真庭は緩やかに首を振った。

「大丈夫だって。ちゃんと責任もって全部最後までやるよ。・・・・心配掛けて御免」

 体調が悪いわけじゃないんだよ・・・・と、真庭は吐息に混ぜるように小さく言った。そうか、と俺はそれ以上何も言えなくなる。もしかすると、今の言葉が、真庭が自分に許せる最大限の弱音なのかもしれない、と思った。

 こういうとき、自分の話下手が心底恨めしい。

 最後まで残っていた後輩が、お疲れ様でしたーと帰っていった。お疲れ―と返して、真庭は力なく笑む。

「私も帰るよ。篠原君は?」

「ああ、俺も帰る」

 真庭が荷物をまとめるのを待って、二人で校門のほうへ歩き始めた。

 少しの間は二人とも黙って歩いていたが、やがて真庭がぽつり、と、

「篠原君、さ」

「うん?」

 見ると、真庭は前を向いたまま視線を泳がせていた。

「あ、いや、えと、どう?学祭。楽しんでる?」

 なんだかとってつけたような感じだが、俺はうーむとうなる。

「どうって言ってもなあ・・・・まあ、去年とか一昨年とあんまり変わらんよ。校内徘徊して、中庭ステージとかぼけっと眺めて・・・・ああ、今年になって初めてクラス展示に入ったな。山梨がゴリ押しするもんだから・・・・そっちはどうだ?」

「ん?うん、楽しんでたよ。私もアズサ・・・・友達といろいろ観て回った」

 書道部とか面白かったよ、と真庭は言い、そうか、んじゃあ俺も明日行ってみようかな、などと返す。

 他愛ない会話、のはずなんだが。

 何だこのぎこちなさは。

 リズムが悪くてやりにくいことこの上ないんだが。

 やはり、ここで爽やかな笑顔を浮かべて小粋なジョークでも飛ばせられればいいのだろうが。

 如何せん、俺はどちらのスキルも持ち合わせていない。

「篠原君、さ」

「ん?」

 見れば、今度の真庭はあらぬ方向を向いている。

「あーいや、・・・・その、明日、がんばってね。主役なんだからね」

「・・・・ああ、もちろん」

 人の心配するより自分の心配した方がいいんじゃないのか?どうしたんだよ、お前。

 俺は首を傾げる。

「篠原君、さ」

「おう」

 と、今度は真庭はまっすぐにこちらを見ていた。思いのほか真剣な目に、俺は内心どきりとする。

「何だ?」

「あの、さ・・・・後夜祭、なんだけど、今年は行くの?」

「ん?ああ、後夜祭な」

 俺は苦笑した。去年などはあんだけ行かないと公言していた手前、やや決まり悪い気もするが。

「行かないつもりだったんだけどな、」

 遠江さんに誘われて・・・・って、真庭は遠江さんを知らないか。

「・・・・まあ、クラスメートに誘われてな。どうせ今年で最後だし、行っておけば将来の話の種にはなるかな、と」

「あ、……そう。クラスメートって、女の子?」

「ん?・・・・ああまあ」

 これはまた、山梨のようにからかってくるのかと思ったが、予想に反して真庭は小さく吐息して少し肩を落としただけだった。

 心なしか、気落ちしているようにも見える。

「そっか・・・・」

 ・・・・何でそんなに残念そうなんだ?からかう気力も湧かないくらい、俺が女の子に後夜祭に誘われたってのは無念なことなのか?

 さすがに少なからず傷つくぞ・・・・?

「あ、いや、そうなんだ。へえ、よかったじゃん」

 唐突にさっきまでの暗い雰囲気を一転させて、顔を上げた真庭は朗らかに笑って言った。

 よくわからんが、こいつはほんとに大丈夫か・・・・?

「女の子に誘われるなんてさ、これはもうフラグじゃん。ちゃんと回収しなよ」

「・・・・山梨にもそんなことを言われたが、お前もそれを言うか。俺はまだ死ぬ気はないぞ」

 むっつりと返すと、真庭はからからと笑った。

「まあまあ、いいんじゃない?いいねえ、青春だねえ」

「何でお前と山梨はいつも同じようなことを言うんだ・・・・?」

 真庭は一見、何かから立ち直ったようにも見える。

 でも俺にはどことなく、無理をしているようにも見えた。

 どこがってわけじゃないんだが。

「あ、じゃあ私バス停こっちだから。いきなり熱出して寝込んだりしないでよ」

「そっちこそな」

 校門を出たところで、真庭はにこやかに手を振った。

「じゃあ、また明日。がんばろうね」

「ああ、お互いにな。んじゃあまた明日」

 俺も手を振り返し、駅の方へ向かう。

 一度だけ振り返って見ると、真庭はうつむき加減に歩いており、背中はわずかに丸まっていた。

 やっぱり疲れてるんだよな。

 すれ違ったバスは、これから真庭が乗るバスだろうかと、そんなことを考えながら明日の舞台を思った。


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