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24 彼女は悩む。

 学祭第一日目。現在時刻18:32。十七時で一旦は閉祭し、各部活やクラスは明日の準備になっているけど、さすがにほとんどの部活は作業を終えている。

 やれやれ、とため息をつきながら私は校舎を出た。さっきまで生徒会の打ち合わせがあったわけなんだけど、今年の生徒会は何かと手際が悪い気がする。順番が入れ替わったことについて軽音部の部長が問い詰めていたけど、イマイチはっきり答えられていなかったし。まあ私はほとんど聞き流してたんだけど。新任の顧問の先生のせいかなあ。何かと『大人の事情』を持ち出してきてなかなか自由にさせてもらえないらしいと聞く。生徒会経験者も会長と書記だけだからだろうか。まあ私は何でもいいんだけど。生徒会を挟むのも私らはこれが最後だし、今回も順番が遅くなる分だけならこっちに実害はないわけで、まさに対岸の火事というもの。それにうちの顧問なんかは気楽なもので、余程のことがなければたいていのことは二つ返事でオーケーしてくれるのだからありがたい。

 ともあれ、明後日がいよいよ本番だ。気を引き締めとかないと。明日の練習は何時からかな・・・・考えつつ、梓を探す。聞けば終わる時間がお互い同じくらいということで、生徒玄関前で待ち合わせているのだけど・・・・あ、いた。

「梓ー、お待たせー」

「あ、郁奈。お疲れー。どうだった?」

 鞄を肩に下げなおして、梓が朗らかにやって来る。

「やー、大変だったわ。今年の生徒会は何かダメ。理由はあるのかもしれないけど手際悪すぎ。軽音部なんかは一番大変そうだったよ」

「ああ、生徒会も大変らしいよ。顧問の先生と部活とかクラスとかとの板挟みだって友達が言ってた。部活とかの都合を優先したいからって会長がゴリ押しして何とかなってるらしいけど、軽音部なんてそれこそ学祭での活動そのものを止められそうになったんだって。風紀を乱すとか言われて」

「何それ。軽音なんて何年やってると思ってるのさ。後夜祭なんか、何とか先生もノリノリで参加してたじゃん。今年もあの先生やるんでしょ?」

 あの先生の名前忘れたけど。私が呆れて言うと、梓も頷いた。

「うん。田崎先生でしょ?軽音部のは田崎先生も根回ししたみたい。で、生徒会の連名で、学祭終わったら人事部に直訴するんだって。田崎先生にも手伝ってもらって」

「うわー・・・・本気だね」

 初めて聞くような話でもないけど。私たちが入学する何年か前にも似たようなことがあったらしいし。

 真面目に真剣にやってる一部活動の活動で乱れる風紀なんて、最初から大した風紀じゃない。

「生徒会ばっかりに文句言ってられないね」

「そうだねえ」

 はあ、とため息をついた。梓は笑っている。

 っていうか、何気なく話してたけど、

「何で梓、そんなに裏の事情に詳しいの?」

「え?あ、それはほら、あたしってばこう見えて顔が広くってね。生徒会本部にも知り合いがいて」

 にへらっと笑う梓に、私はほんとかよ、と苦笑する。


「真庭さん!」


 突然、男の子の声が私を呼んだ。玄関前に反響する。この声は・・・・初めて聞く声じゃない。私と梓は揃って振り返った。

 男の子が一人、玄関を出たところで膝に手をついていた。余程急いで来たのか、肩で息をしている。何でだろう。

「忘れ物でもしたっけな・・・・」

 さあ、と梓と顔を見合わせる。男の子はまた駆け足で私たちの前まで来た。

「えっと・・・・その」

 困ったような顔で私と梓を交互に見る。主に私を。何でだろう。と、急に梓が携帯電話を取り出し、

「あ、ちょっと御免、部活で呼ばれたからちょっと行ってくる!」

「え、うん」

 あれよあれよと言う間に梓が走り去った。男の子と一緒にその背を見送る。一体どうしたんだろう。

「・・・・えっと、その」

 私は自分の前に立つ男の子を見た。ああ、さっきまで生徒会にいた人だ。確か会計の、武島君、だったかな。いろいろ細々と紳士的な人で、私の中の印象はいい。

「んー、私に何か用?」

 ちょっと冷たいかな、と思いつつ声をかける。そこでようやく武島君が、

「その、真庭さんに、話があるんです」

「ん?何?」

 ずいぶんと緊張している様子。まさか告白でもされるのかな。ハハ、まさかね。

「その・・・・ちょっと場所を変えません?」

「ん?まあ、いいけど」

 ほんとに何なのだろう。私は武島君の背について行った。武島君は中庭の方に入って行く。そして隅の方、渡り廊下の下で微妙に一目につかないところに入って行った。えっと、とつぶやいて木製のベンチを示す。ふむ、と頷き、二人並んで腰かける。

「んで、私に話って?」

「えーっと、その」

 ずいぶんと言い渋るね。何だかじれったい。私は早く帰りたいんだけどな。

「あ、その、いろいろとすいませんでした。今日とか特に」

 え、何が?と訊くと、武島君は生徒会の話です、と言う。

「え、いやいや、生徒会だけの話じゃないでしょ?そっちもいろいろと大変だって聞くし。まあ軽音部は大変そうだったけどうちはそうでもないし」

 うちはほとんど自前で用意するからね。生徒会に限らず、自力でできる範囲は極力外部に頼らない。これも伝統の一つ。そうですか・・・・とまた話が途切れた。何なんだろう。話がそれだけなら私はもう帰りたい。梓も戻ってるかもしれないし、バスの時間が、

「俺、」

「はい?」

 不意に武島君が、腹筋に力の籠もった発声をした。私は驚いてちょっと声が裏返りかけた。

「俺、は」

 もう一度、少し勢いを失って武島君はまた言い澱む。でも今度は早くに立ち直って、私の方をまっすぐに見た。

「単刀直入に言います」

 真剣な表情の武島君に、私は頷くばかりで、


「俺、真庭さんが好きです」


 ・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・あ?

 ・・・・・・・・・・え?

 ・・・・・・・・・・・・へ?

「・・・・はい?」

 耳で聞き取った音を頭の中で何度も必死で反復した。でも理解が追いつかない。今、武島君は私に何て言った?

「・・・・えっと」

 武島君は真剣な表情。私は混乱して、何が何だか。

 と、とりあえず深呼吸。

 一回。

 二回。

 三回。

 武島君は辛抱強く待っていてくれた。

 落ち着いた。武島君の言葉もしっかりと理解した。

 む、と私は片手で胸を押さえ、唇を浅く噛んだ。

「その・・・・ありがとう」

 こういうとき、何を言えば正解なのか、私は経験値が足りなくてわからない。

 だから、思うところを言う。

「えっと・・・・どうして、私?」

「・・・・えっと」

 今度は武島君がちょっと困った顔をした。困ったというか、恥ずかしそうな表情。

「どうしてっていうか・・・・」

 言葉を探しているみたい。だんだんと武島君の顔が紅くなっていく。

 ・・・・私の顔も紅いんだろうか。

「部活動のときの真庭さんを見かけたときに、真庭さんが凄く格好よかったんです。真剣で、一生懸命で・・・・凄く、楽しそうで。いいなあって・・・・」

 うん、と武島君は頷いた。

「ずっと見ていたいなって、ずっと傍にいたいなあって、そう思ったんです」

 武島君はもう真っ赤だ。私も顔が凄く火照っているのを感じる。

「そっか・・・・」

 武島君は、気持ちをまっすぐに伝えてくれた。伝わった、と思う。

「ありがとう。・・・・でも」

 でも。

「・・・・御免なさい」

 本当に、御免なさい。

 応えられなくて、御免。

 私は、あなたのまっすぐな気持ちに、応えられない。

「そう・・・・ですか」

 武島君は、寂しそうな表情をしていた。


 ☆


 もう少しそこにいる、という武島君と別れて、生徒玄関前に戻ると梓が待っていた。

「やー」

「うん・・・・部活のはいいの?」

「え?あー、うん、まあね」

 曖昧に梓は笑う。二人で並んで歩き出した。

 少し歩いてから、梓がぽそっと、訊いてもいいのかな、とつぶやいて、

「・・・・武島君、何だって?」

「・・・・うん」

 私も、言ってもいいのかな、と心の中でつぶやいたけれど、

「・・・・告白された」

「おー!・・・・で、えっと」

「うん、振っちゃった」

 ありゃー、と梓は空を仰いだ。夕焼けで真っ赤な空だ。

「何で、って訊いてもいい?」

 私は少し困った。

「何でっていうか・・・・」

「武島君て、結構いい人だって聞いたよ。目立って凄いことはないけど、細かいところにも気が回って性格いいんだって。生徒会もがんばってるらしいし」

「うん・・・・そうだね」

 私の返答はどうしても曖昧になる。

「他に好きな人がいるとか?」

「んー、いや、そういうわけでも・・・・」

 と、梓が不意にこちらへ顔を向け、

「もしかして、あの篠原君?」

「ええ!?いや、篠原君は」

 今日は何だか驚いてばかりな気がするなあ。

 篠原君を思い出してみる。どれだけがんばっても、仏頂面の篠原君しか思い出せない。いくら篠原君でも、全く笑わないわけじゃないはずなんだけど。

「いや、篠原君は、違うかな」

「え、違うの?一番仲良さそうだったけど」

 梓が篠原君を引き合いに出したのはそういう理由か。まあわからなくもないけど。

「確かにね。篠原君は、私がかなり気楽に話せる男の子だけど」

 でも、何か違う。そういう対象として考えたことは、ない。

「うん、そういう仲じゃあないんだよ。そういうんじゃなくて、もっと、こう」

 言葉を探す。けど、うまい言葉が出てこない。んーと・・・・

「戦友・・・・そう、戦友みたいな感じかな」

「はあ。戦友ですか」

 梓が少し抜けた顔をしてるけど気にしない。

「同じ部活で一緒に戦ってきた戦友。同志、とかそんな感じかな。だから別に、篠原君はそういうんじゃない」

 やっぱりうまく言えないな。梓はふーん、と唸る。

「まあ、郁奈がそう言うんならそうなんだよね。え、じゃあ他に誰か?」

「いや誰もいないって」

 私は笑いながら手をひらひら振って梓の追及をかわそうとする。梓は少し膨れて見せた。

「むう、口の固いことですね。ま、少なくとも郁奈の眼中にはなかったわけだ、武島君は。試しにっていう気もないと」

「そこまでは言わないけど・・・・」

 武島君には何だか申し訳ないけど、まあ全く予想していないことだった。そもそも告白されたのだって人生で二回目だ。

「っていうか、試しに付き合ってみるって、何か相手に対して失礼じゃない?」

「えー?付き合ってみたら意外と本気になったりとかあるかもしれないじゃん」

「いや、でも相手は誠実に言ってくれてるわけで」

「郁奈・・・・ウブな乙女じゃあるめーに」

 梓・・・・とりあえずその発言はオヤジくさい。

 どーせ私はウブな乙女ですよ。

「え、郁奈って彼氏いたことなかったっけ?」

「・・・・ないよ。ないない。そう言う梓だってどうなのさ」

 ないって答えるとき、そこはかとなくためらいかけたのはなぜだろう。

「や、まああたしもないんだけどねー」

 からからと、梓は笑ってみせた。

「んじゃあ、郁奈は後夜祭どうするの?別に相手もいないんなら篠原君誘ってみたら?」

「え?」

 んー・・・・

「・・・・考えとく」

「早くしないと時間ないよー。もう誘われてるかもしれないし」

「んー」

 後夜祭、か。


 ☆


 梓は駅だからそこで別れて、私はタイミングよく来たバスに乗った。もう外も暗いから窓は鏡のように私の冴えない顔を映している。

 篠原君、か。

「別に何もないんだけどなあ・・・・」

 周りに人がいないから、私は小さくつぶやいた。

 篠原君、ね。

 私は脚本役になってからは群像形式をメインにしていたから、核になる主役っていうのを立ててこなかったけれど、もっと早くに篠原君を立ててもよかったかな。

 でも何で、そもそもどうして私は、篠原君を主役にしたんだろう。

 確かに私は、一年生の頃から篠原君とは話すことも多かったけれど・・・・

 ふと、胸がざわついた。

 ああ、一つだけ思い出した。

 篠原君の笑ったところ。

 仏頂面の多い篠原君だったけど、でも別に全く笑わないわけじゃない。微妙に笑ったりはする。口の端辺りで。その篠原君が、一度だけ凄くいい笑顔になった場面。

 あれは、いつだっただろう。

 何のときだっただろう。

 篠原君。

 私は、ほんとのところ、篠原君を一体どう思ってるんだろうか。

 好意はある。

 でもそれは別に恋愛感情みたいなものじゃなくて、もっと、友情だとか、そっち寄りな。

 いやでも、本当にそうなのかな?

 私は、篠原君を・・・・?

「・・・・後夜祭、か」

 後夜祭。

 別に、私は、いや、でも。

 窓ガラスに映る私の顔は、相変わらず冴えない。

 とりあえずは、舞台だ。

 監督も兼ねてる私がちゃんとしてなかったら、皆にも迷惑だ。結構歴史の長い部活だし、尊敬する先輩方に託された部活だ。こんなところで不名誉に名前を残したくはない。梓も、あの指に包帯巻いてる人を誘って見に来てくれるそうだ。失敗なんてできない。

 卒業記念の舞台の台本も、正直かなり煮詰まってる。こっちもどうしようかって話だ。

 でも・・・・どうしようか。

 どうしても思考がそっちに流れる。

 どうしたら・・・・いいのかなあ。

 着地点を探してすらいない悩み。ふわふわとした掴み所のないその悩みが、どことなく楽しいような気がするのが不思議だった。



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