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22 彼は噛み締める。

 学祭第一日目。現在時刻11:07。九時に一般開放されてから約二時間、客足は好調だ。

 僕が手伝いで入っている剣道部のチョコバナナも、なかなか上々の売れ行き。

「いやあ、ほんと助かるわあ金村。一時はどうなることかと思ったよ」

「いや、それはもうわかったって。何度も言わなくていいよ。僕も暇なんだ」

 剣道部主将の土谷君が朗らかに言ってくれるのに対し、僕もひらひらと軽く手を振った。

 この学校の剣道部は慢性的な人数不足で、全員で五人しかいなかった。しかも三年生の男子二人が引退したら、男女三人になってしまうのだそうだ。

 入部しなかった僕が何か言うこともできないけど。

「ほとんど知ってる人だったってのもあるしさ」

「でもバイト代出せるわけでもないしなあ」

「いらないって。僕も暇だから、ちょうどいいんだよ」

 ほんとに暇なんだよ。行くところがあるわけでもないしさ。

「まあもう二時間くらいか。そしたら後輩連中がこっちに来るから、それまで頼むな」

 うん、と頷いて、僕は前に向き直った。

 本当のところを言えば、僕は土谷君にも、他の中学の頃から顔見知りの皆にも、いくらかの引け目を感じていた。

 人数は多い方がいいのに。

 別に何か怪我をしたわけでもないのに。

 どうして入部しなかったんだ、と。

 被害妄想、なんだろう。誰も言葉にも表情にも出さないけど、そう責められているような気がしていた。

 気のせいなのはわかってる。皆、そんな人たちじゃないから。

 多分、僕自身が僕を責めているんだろう。

 やめた理由が、僕のちっぽけなこだわりに由来するのだから、なおのこと。

 続けていてもよかったかな、と思うことがなかったわけじゃない。でもやっぱりやらなかった。

 少し、気が塞がる。

 恋人同士らしき浴衣の女の子と私服の男の子二人に一本ずつ売って、僕はまた次のお客を待つ。そこまで忙しい店でもないのだ。嘆かわしいことかもしれないけど。たまに固まってくることもあるけど、基本的に暇。ときどき風向きが変わって、テニス部の方から焼き鳥の煙が流れてきて煙たいくらいだ。

 だから漠然と中庭ステージを眺める。ここからはよく見える。陽も照って暑そうだ。さっき書道部の発表が終わって、今度は生徒会主催で有志のカラオケ大会になっていた。

 歌の良し悪しはよくわからないけど、上手な人は本当に上手だ。笑いを狙いに行っている人は十分に面白い。

 そこでふと思う。

 この場合の『歌が上手』というのは、その人の歌い方がもともとその曲を歌っている歌手にとてもよく似ているから上手だと思うのか、それともその人自身の『何か』があるからこそ上手だと思うのか、どっちなんだろう。

 ま、僕は流行歌はほとんど知らなくて、ステージで歌われている曲もほとんど僕の知らない曲で、それでも上手だなあと思うんだから、その人自身が確実に上手なんだろう。

 ちなみに僕は、歌にはさっぱり自信がない。

 他人の論評をして褒める以外の評価を下してもいいのは、自分にその人以上の『何か』があるときだけだよね。

 点数は先生方が入れるらしい。一人二十点で計百点。声楽部の先生と年若い先生が評価するのはまあいいんだけど、年配の先生方は何をもって判断するんだろう。お年からして演歌なんかが得意そうな・・・・とか言ったら失礼か。実はカラオケに行けばイマドキの邦楽をイケイケなのかもしれない。これも偏見か。

 ま、いいか。

 また数人のお客さんの相手をしてから、ぽかんと考えに沈む。

 これが終わったら、とりあえず昼食をバザーに買いに行こう。で、少しそこで休んでから午後はクラスのシフトだ。

 うん、と僕は頷いた。こんな感じで、今年の学祭も終わるんだろうな。

 でも僕は別に、祭が嫌いなわけではない。参加することに乗り気にはどうしてもなれないんだけど、この雰囲気の中にいることは好きだ。

 だから明日は一日中、ぼけーっと眺めていよう。休憩室として開放される会議室の窓からは、中庭がよく見える。

 ん、と少し伸びをした。ずっと立ちっぱなしだから腰や肩の骨がボキボキと鳴る。将来が不安になるような音だった。

「あ、キミ。また会ったね。剣道部だったの?」

 見れば、例の湿布の女の子が立っていた。友達らしい女の子と一緒だ。一本ずつ、と三百円を受け取る。

「いや、僕は部員ではないんだけど・・・・あー、友達に頼まれて」

 嘘は言ってない。まあごまかす理由もないんだけど、説明するほどのこともない。うまくできる気もしないし。

 でも、ものは言いようだなあ。

「あ、湿布とれたんだね」

 見ればチョコバナナを受け取る手の指には湿布が巻かれていなかった。

「うん。もう完治完治。斎藤さんにもオッケーもらったの」

 わきわきと指を開閉してみせる。実に健康的な指の運動です。

「僕も後で行っておこうかな」

「うん、いいと思うよ。斎藤さんすっごく暇そうにお茶飲んでたから」

 テントの中でもお茶飲んでるんだ。

 じゃあねー、と手を振って女の子は友達と一緒に人混みの中に紛れていった。不思議な縁もあるものだ。関連は指の怪我。保健所で偶然遭遇。それだけ。

 でもこれでもう、話すこともないんだろうな。

 一期一会。

 南無ー。

「お、金村。もういいぞ。あいつら戻って来た。ちょっと時間延びてスマンな」

「いやいや、こちらこそ」

 我ながらちょっとよくわからない返答をし、土谷君にエプロンを返して僕はテントを離れた。明後日にももう一度来ることにはなっている。

 さて、まずは昼食か。

 おお、と歓声と拍手が起こった。見れば、遠目なので誰なのかはわからないけど、長身の男子が百点を取っていた。今まで百点は一人もいない。何年も催されてきた生徒会のカラオケイベント史上、満点は初だ、と司会の生徒会の女の子が興奮気味にインタビューを始めていた。おお、もの凄いことだ。

 僕も小さく拍手を送った。


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