19 彼女は恥いる。
学祭準備期間六日目。本日最終日。現在時刻17:46。前夜祭開祭中。
郁奈が慌てた感じでシノハラ君を見てないかと聞かれた。たまたま一緒にいた金村君と顔を見合わせるけど二人して知らなかった。そもそもシノハラ君の顔を知らない。何でも、部活動紹介のパフォーマンス役を忘れていて、主人公を演じるシノハラ君に頼もうと探しているらしい。きょろきょろと周りを見ていた郁奈は、どこかに発見したのか、あ、と声を上げ、「後でね!」と走って行った。もう部活のパフォーマンスは始まってるけど、間に合うのかな。何となく目で追いかけていると、郁奈は二人でステージを見ながら何か話していた男の子のうち背が高くて機嫌の悪そうなほうの腕を掴んでステージ裏へと走って行った。あの人がシノハラ君なのかな。間に合うのかな。
「・・・・まあ、順番は後のほうみたいだし、大丈夫なんじゃないかな」
「うん・・・・でも郁奈がこんな大事なことを忘れるなんて珍しい」
そうなんだ、と言う金村君に、あたしは頷いて見せる。ほんとに珍しい。
「演劇部か・・・・三日目だったよね」
「うん。面白いから是非見に行きなよ。なんなら一緒に行こうか?」
そうですねー、と金村君は笑った。ステージでは大道芸部がパフォーマンスをしている。バランスボールを二つ積んだ上で逆立ちしてる。とんでもないバランス感覚。
「清水さんはテニス部だったよね。パフォーマンスは何やるんだろ」
「あー確かに。何やるんだろ。売店だけの部活も全部パフォーマンスやるんだよねえ」
でも焼鳥屋のパフォーマンスって何だろ。・・・・さっぱり思いつかない。
「あ、陸上部。・・・・あれ近藤君だよね」
金村君がちょっととまどったのもわかる。近藤君は他の数人とかき氷の被り物をしてポーズを決めていた。
「『熱血陸上部魔人かき氷』って・・・・」
近藤君だけは一切恥ずかしがることなく通した。他の人たちはどことなく恥ずかしそうで、見てるこっちも恥ずかしくなってくる。
「凄いなあ近藤君」
金村君が呟いた。あたしも頷く。ああいうことができるタイプとは。
「ん、次テニス部だよ」
「あ、ほんとだ。何やるんだろ」
・・・・一見した。あたしは途中から無性に顔を下げたくなった。
「あー・・・・あはは」
金村君は曖昧に笑った。あたしも同じく曖昧に笑う。
完成度はさっきの近藤君たちと似たような感じだった。部長だけが楽しそうで、他の数人はかなり恥ずかしそうだった。内容については、アレは描写したくない。
とにかく、身内なだけにさっきの数倍は恥ずかしかった。
「あ、キミ、この間の」
唐突に知らない女の子の声がかかった。見ると、指に包帯を巻いた女の子が立っていた。いや、湿布かな。金村君が、ああ、と反応する。
「その後指は大丈夫なの?」
「ええまあ、順調ですかね。そちらは?」
「あと何日か、早く治るといいね。不便だもんねえ」
「本当に」
少し離れたところでまた違う女の子がその子を呼んだ。その子はじゃあね、と言って戻って行く。
「今の人は?」
「この間保健室に包帯交換してもらいに行った時に先に湿布交換してもらってて、その時に少し話した人。名前は知らないな。突き指したんだったかな」
「へえ・・・・何か指に怪我してる人多いね、今年」
「いやーあはは」
金村君はなぜか照れ笑いをした。こらこら、褒めてないぞ。
「あ、ラストだね。演劇部だ」
お、とあたしもステージを見る。クラシック、多分ヴァイオリンの、どこかで聞いたことのある曲をBGMに、あのシノハラ君が登場した。さっき見た不機嫌そうな表情は全くなく、遠くからでもそれとわかる不敵そうな笑み。衣装は即席と見てわかる黒マントを羽織っただけで、その下の服装は変わっていない。他の人たちのようなハンドマイクは握らず、でもどこかに仕込んでいるのか朗々と声が響く。カンペも持っていない。舞台慣れして堂々とした、それでいて細かいところまで隙のない動き。
凄い、と思った。とても同じ歳で、同じ学校に通う人だとは思えない。同じ空間に確かにいるのに、まるでテレビの向こうの有名人を見ているような感じ。郁奈が信頼するのもわかる気がした。シノハラ君は、凄い。
「うん、見に行くよ。見てみたい気がする。三日目だよね」
金村君が呟いた。ステージでは生徒会長が登って前夜祭終了の挨拶をしている。
「うん、三日目。あたしも絶対見に行くよ」
演劇部の舞台は今までにも何度か見たことはあったけど、シノハラ君がああやって舞台の中央に立ってるのを見るのは初めてだったと思う。今まで主役をやってなかったのが不思議なくらいだ。どうして今まではやってなかったんだろう。
「あ、そういえば、金村君、クラス展示のシフト表もらった?」
「いや、まだ」
「さっき室長が配ってたよ。後で行ってみたら?」
「ああ、うん。ありがとう」
ちなみに金村君のシフトは・・・・と。
「金村君は、明日の午後だね」
「午後か・・・・明日はちょっと忙しいな」
「そうなの?」
「うん。午前は剣道部の手伝いすることになってるから」
「へえ。あたしは明日と明後日でバラけてるなあ。クラスは明日で、部活が明後日」
「でも僕、そのかわり明後日はほぼ一日暇なんだね」
あはは、と金村君は笑った。あたしも笑みを浮かべて、下校する全校生徒の流れに金村君と一緒に入って行った。




