11 彼女はやっと和む。
学祭準備期間五日目。残り二日。現在時刻8:36。校内には既に活気が出てきている。
今朝、山梨君に頼まれて朝早くから開いてる少し離れたホームセンターまで買いに行き、戻って来たらずいぶん時間がかかってしまった。山梨君と一緒に篠原君も来たらしいけど用事があって寄り道している、と聞いたけど、戻って来たら教室の入り口で違うクラスの女の子と、ちょうど篠原君がクラスに呼び出された経緯の話をしていた。
思わず立ち聞きしてしまったけど、篠原君は誰のことも一切悪く言わなかった。浅ましいようだけど、私のことも。教室に入るとき、私は何か言おうとしたのだけど、結局何を言ったらいいのかわからなくておはよう、としか言えなかった。
中で作業していた山梨君に買ってきた物を渡す。山梨君はありがとう、と頷いて受け取った後で、
「そんなに落ち込んでないでよ、遠江さん」
え?と私は顔を上げた。山梨君が柔らかく笑っていた。
「私・・・・そんなに落ち込んでる?」
「うん、かなり。そんな気にすることないって。篠原もそう言ってたでしょ?大丈夫だよ。それに、あんまり落ち込んでるとあいつが気にする」
ちょうど戻って来た篠原君を見る。
「ん、どうかしたか?」
「いや・・・・ああ、そろそろ始めようか?」
篠原君は時計を見て頷き、
「ん・・・・そうだな」
注目、と手を叩き、簡単に開始を宣言すると、
「よく聞いてくれ。−−−−今日中に完成させる」
え、と皆がどよめいた。私も思わず声を上げてしまった。今日中に?
「なに、大して難しいことじゃあない。やればできるさ。もっとも、やらなきゃできない。・・・・協力を頼む」
まだ明日があるじゃないか、という声が上がるけど、篠原君は首を横に振った。
「最終日に終わったんじゃ危ない。さすがにもう一回大破したらどうしようもないが、ある程度の不足を確認する時間はいるし、大体、作ったらそれで終わりってわけじゃないだろ、俺たちは。明日は最終点検と調整に当てる」
成程、と皆が静まったところで山梨君が頷き、
「はい、じゃあ始めようか」
誰もこれといった不満もなく動く。でも一番動き回っていたのは篠原君だった。細かく分けられたそれぞれの全てで、呼ばれたところで指示を出したり覗いたりしたところで修正したりしていた。常に誰かに呼ばれていた。ずっと動き回っていた。休む暇なく。
いつの間にか、皆が何かあれば篠原君を呼ぶようになっていて、篠原君もただ指示して回るわけじゃなく、意見があればちゃんと頷いていた。
凄い、としか思えなかった。指示を出すだけでなく、居丈高な命令もせず、常に動き回り、そして仕事のない人を作らない。誰もが常に何かの仕事をしている。
本当に完成するかもしれない、と思い始めた。きっと皆もそうだろう。皆の表情が変わってきていた。
篠原君を中心に、皆が一つになりつつあった。
「いや、そんなことはない」
昼食のために全員の休憩を篠原君が宣言したとき、皆が思わずため息をついた。完全に作業に夢中になっていた。
そんなとき、昼食を食べながら私が「篠原君のおかげで・・・・」と言った時のことだ。
「そんなことはないさ。別に俺のおかげがどうこうってわけじゃない。ないない、もう全くない・・・・まあそう言ってもらえると嬉しいけどな。でも、俺じゃなくても他の誰かがもっと上手くやっただろうさ。それこそ山梨とかな。今回はたまたま俺だっただけで」
無表情に篠原君が言う。ぶっきらぼうなのは恥ずかしがり屋さんだから、と山梨君が言っていた。篠原には内緒ね、どやされるから、という言葉つきで。
「そういえば。お前昼飯は?」
コンビニ袋を開けておにぎりを探り出しながら、山梨君が篠原君に訊く。そういえば、皆も何かしらの昼食を広げているし、私もお弁当で山梨君はコンビニセットで、でも篠原君だけはそういったものを取りだす様子もない。篠原君は頷き、
「朝早すぎて何もない」
「・・・・おい」
呆れたふうに山梨君が突っ込む。
「お前マジでノリで来たのか・・・・こいつ、四時過ぎに俺に電話掛けてきやがってさ」
「え、四時?」
日も昇ってないんじゃないか。さすがに私もまだ寝ていた。迷惑千万だ、と山梨君は顔をしかめた。
「何かコンビニで買ってこいよ。倒れるぞ」
近くを通った女子生徒二人が提げているコンビニ袋を見つつ山梨君が言う。
「近くににコンビニあったろ?」
「金も忘れた。一応探したら鞄の底に偶然小銭が転がっててさ。でもペットボトル一本買えてせいぜいだな」
むしろ堂々と篠原君は言ってみせた。
「・・・・お前、馬鹿だろう」
「何をいまさら」
私は思わず吹き出してしまった。