踊ろう、一緒に
後夜祭を抜け出して、俺たちは図書室から校庭を眺める。
真っ赤な、真っ赤な、キャンプファイアー。その周りでは生徒たちが馬鹿になったみたいにくるくる回る。
遠くここまでその熱気が届く。それは、きっと、炎の熱さだけではない。
「キャンプファイアー見るとさ」
「ああ、」
「なんか踊りだしたくなるよね」
「オクラホマ?」
「ミキサー!」
笑いあう。声が重なる。
「覚えてる?」
「ん、」
「中学校のときの運動会」
「のフォークダンス?」
「うん、」
「覚えてる、特に三年生の」
「私も、そう、三年目の」
「踊り始めて一分ぐらいしたら」
「にわか雨が振ってきて」
「にわか雨っていうよりアレはスコールだったな。この学校にも負けないくらいに大きかったはずのキャンプファイアーが一瞬で消えたもんな」
「うん、すごかったね」
夏目が静かに笑った。その表情に、俺は、何故だか急に胸が苦しくなった。
「あの時ね、私、何が悲しかったかってね」
「うん…………」
「あとね、三人で樋口くんとの番だったのね」
「…………」
「私ね、この手を伸ばしたかった。前の日に、ちゃんと爪を切ってきた、爪を磨いて、きれいに整えて、そんな手を。伸ばして、君の手を掴みたかった。握りたかった。何より、雨に打たれながらでもいい、キミと踊りたかった。息をそろえて、足並みをそろえて、そして、心を、二つの心を一つにそろえられたら、どんなに素敵だろう、って、そう思ったんだよ」
息が震えた。
その震えが、自分のものなのか、それとも彼女のものなのか。もはや、そんなこと、どうでもよかった。
「だからね、今日、キミを呼んだの。ここに」
「…………」
「ねえ、踊ろう、一緒に」
手を伸ばす。夏目が。
「あの時の、そう、続きだよ」
俺は、その手を――。
※※※
「月がきれいだね」
夏目が言った。
「ああ、」頷く。
俺たちは一先ず朝になるまで高等部棟のどこかに篭城しようと決めた。暗いうちに出歩くのはやはり危険だし、何より少し疲れた。
高等部棟の校門をくぐり、ハンドを覗くと画面の右上に1時04分と表示されていた。
「もう一時間たったんだね」夏目もハンドを見ながらそう言う。
もう一時間。そんな気がするけど、あの楽しかった文化祭から半日しか経ってないなんてその方が信じられない。
夏目も、多分俺と同じことを考えているだろう。沈黙からそれが伝わる。
もうどこかで誰かが戦っているのだろうか。この広い学園内で銃声が響いても多分反対側の学生寮棟だったり幼等部棟だったりしたら、多分ここまでは聞えない。
悪戯に叫んでも、泣き叫んでも、その声は何人に聞こえるのだろう。
羽柴や楠木、俺が親友と呼んでいたあいつらに生きてまた会えるのだろうか。
あいつらは今、誰と何をしているのだろうか。あいつらも、今はきっと、俺の想像するあいつらの姿とは、別の姿のはずで。
「ねえ、あのさ、私思ったんだ。ウサギが言ってたじゃない」
「…………」
「三十人の内一人欠席だって」
「ああ、」
俺たちのクラスは三十人。
「その人が誰だか分からないけど、その人は幸運だったのかな、不幸だったのかな?」
「幸運なんだろ。こんなふざけたゲームに参加しなくていいんだから」
「……でもさ。私思うんだ」夏目は息を吐く。「私はさ、もしこのゲームがどうしても起きなくちゃいけないものだったのだとしたら、参加できないよりも、出来てよかったって。だってキミと一緒に居れる。キミと一緒に帰ろうって頑張れる。だから……」とん、と音がなる。「うん、よかったんだと思うよ。私は」
「……そっか」
「うん、そう」
「そうかも知れないな」
「ね、でしょ?」
風が“夏目”の髪を靡かせる。スカートもたなびく。足の間を冷たい夜の空気が通る。
「寒い?」
“俺”が尋ねる。
こくり、と俺は頷く。「ちょっと……」
「早く、建物の中に入ろう」
そういって“俺”が“夏目”の手を引く。“夏目”の胸がどきりと音を立てる。
温かい。手と手が重なった部分が、とても温かい。
「……っ」
なんだろう、この気持ち。胸が熱い。
『私、はじめのこと、ずっと好きだったよ』
耳の奥で“俺”の声が夏目の声に代わって聞こえる。
俺は、俺はどうなんだろう。夏目のことをどう思っているんだろう。
「ねえ、はじめ」
「……え」
「私、今だから言える!!」
月影が俺たちを照らす。
「はじめ!!」
「…………、」
「ずっと、ずっと昔から」
「……っ、」
「だーいすき!!!!」
夏目の声。夏目の気持ち。“夏目”の声。“夏目”の気持ち。
伝わる。伝えたい。
この気持ち。分かった。やっと分かった。この気持ち。
『踊ろう、一緒に』
と。
夏目の身体がまるで、踊るかのように、宙に舞った。赤いリボン。それが流れるようにして、その軌道を追う。
時間が止まる。熱が冷める。
どん、という軽くて重い音が、闇の中に、響いた。