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“キミ”が見るキミ。  作者: アンキモタロウ
オープニング
8/16

私の身体を返して

 月明かりが絨毯のように敷かれた廊下を、二人の男女が歩いている。


 男子出席番号一番、明智光と、女子出席番号十二番、細川夢乃。

 普段はまったく接点のない二人ではあるから、傍から見たら、違和感を覚える組み合わせ。


 細川夢乃は現役のアイドルだった。だがそれを鼻にかけることもなく学業と芸能活動の両立のために努力を重ねていた。

 男女隔てなく接し、嫌味なところもなく、誰にも好かれいた。


 一方の明智光はクラスでも目立つことはなく、いつもクラスの隅でぼーと外を眺めてるような生徒だった。


 組み合わせ以上に不可思議なのは二人の様子である。

 細川夢乃がずんずんと進み、その後ろを俯く明智光が歩く。


 普段であったら逆であろう光景。


 それもそのはずだ。二人は“ゲーム”に参加しているのだから。身体を入れ替えられた状態で生き残るためのゲーム。元の身体に戻るためのゲーム。


「あのぅ、明智くん……」夢乃【明智】が弱々しい声を出す。

 それに明智【夢乃】は返答しない。ずんずんと前を歩く。


「どこに行くんですかぁ? これからどうするんですかぁ?」


 返さない。


 二人のスタート地点は高等部棟の一号棟四階音楽室。樋口、夏目ペアのスタート地点である保健室のほぼ頭上だった。


 ゲームがスタートするやいなや。明智【夢乃】は音楽室の端から端を漁り、武器、食料などを調達し、音楽室を出た。樋口、夏目ペアが高等部棟を出てから約五分後のことであった。


「……この辺りか……」明智【夢乃】が唐突に言う。

 三階に下りる階段の踊り場で。


「どうしたんですか。何かありましたか」

「……いや」


 その時、何故だか夢乃【明智】は得体もしれない恐怖を感じた。自分の姿のはずなのに、毎朝鏡で見ていた、髪を解いて、眉毛を弄っていた、その姿のはずなのに、怖い、恐ろしい。


「………………とばは?」明智が何かを言っている。

「……ぇ?」

「…………のことばは?」

「…………っ」

「……最後の言葉は?」


 へ?

 分からない。

 へ? へ?

 噓。噓だ。噓、噓、噓!!

 何を、どういう意味で、どういう意義で、どういうことだか、まったく、全然、ちっとも、少しも、これっぽちも、分からない。


「どういう……こと……ぉ」

「……最後の言葉を聞いてやる」

「…………っ」

「……ここでお前は死ぬ」

「……だって、だってこれは」今にも破裂しそうな頭で必死に言葉を見つける。「これは……、これは、本当は、貴方の身体なんだよぉ」


 これがすべて。これ以上の真実はない。

 けれど、


「そうだ」明智は続ける。「けどそんなことはまったく関係ない」


「……っぅ」

「俺は別に、その身体に、未練も執着もない」

「何、言ってるの。生まれ育った、身体、なんじゃないのぉ……?」

「ああ、」明智は懐から取り出す。音楽室で見つけた、ハンドガンを。「それでもだ」


「オカシイ、オカシイよ」

「そうは思わない。俺はたとえどんな身体であっても“俺”だ。性別が男であろうが女であろうがな」

「ぅぅぅぅぅぅ、返してよぉ……」

「…………」引き金に指をかける。




「じゃあ、せめて、私の身体を返してよぉぉぉぉぉぉ!!!!」




 生涯これほど大きな声を出したことがあっただろうか。けれど、その声は細川の、“自分自身”の声ではない、が。


「できるものなら、してやってもよかった。例えばあの音楽室に件の指輪が二つ落ちてたりしたらな。けど、俺には今すぐ、ゲームに、このゲームとやらに参加しなくてはならない。そのためには、弱い“お前”は邪魔だ」

「っっっっ…………」

「……最後の、言葉を、聞いてやる、せめてもの、慈悲だ」


 夢乃は言葉を選ぶまでもなく、唯一絶対の、その言葉を、呟くように、けれど、しっかりと、自分が思ったよりも、大きく、半ば叫びながら、吐いた。


「死にたく……ない!!」


 次の瞬間、“明智光”の脳みそに鉛球が食い込み細川夢乃の意識はこの世から消滅した。

 最初の、このゲーム最初の死亡者となった。ゲーム開始から十分を少し過ぎた頃の話。


※※※


「ねえ、何か聞えなかった」夏目が言った。

「え……、いや、特には」何も聞えなかった。

「そう、なら、いいんだけど」腑に落ちない様子の夏目。「もしかしたら“キミ”の耳がいいのかも」

「そんなこと」無いと思う。


 そんな話をしながら、俺たちは中等部棟と高等部棟の間にあるコンビニを漁っていた。食料と、あわよくば指輪を見つけるために。


「わざわざめんどくさいことをするよね。誰だか知らないけど、この……ゲーム、を考えた人たち」

「そうだな」


 俺たちはてっきりコンビニやら購買やらに置かれている食品やら飲料品やらはそのまま放置されてものかと思っていた。

 けれど、コンビニの商品は一切合財その姿を消していた。

 ところどころにぽつんぽつん、とおまけか何かのように置かれているお目当ての品は、やつらなりにはプレゼントのつもりなのかもしれない。

 飲食の獲得もゲームの一環、というわけか。


「もしさ」

「……ん?」

「こんなこと言っていいのか分からないけど、もし、もしね、指輪が二つ見つからなかったらさ、どうしようか」

「……そしたら、か」

「うん、そしたら」


 俺は無意識に鞄の中の鉄の塊を想像していた。

 元の身体に戻るのには三つの方法がある。何も、見つからないものを無理やりに探す必要はないのだ。

 もし、その時。

 俺と夏目、それと、それ以外。そのどちらかの命を天秤にかけなくてはいけなくなった時に。俺はきっと、いや、絶対に、決断をしなくてはならないのだ。

 鞄の中のピストルが一層重くなった。


※※※


「こうやってさ、レジの上に食べ物並べて気付いたことがあるの」

「……俺もだ」

「ねぇ」

「ああ」


 オニギリ、パン、サラダ、チョコレート、クッキー、ビスケット、ガム、レトルトカレー、お茶、ミネラルウォーター、チンして食べる白米。


「でさ、まずお茶と水は持って行くじゃない」

「ああ、」


 俺はお茶とミネラルウォーターのペットボトルを夏目に渡し、自分の鞄のなかにも水のペットボトルを入れる。

 先ほど試しに水道を捻ったら、やっぱり水は出てこなかった。電気はつくからインフラが止められているわけではないのだろうが、水はどうやっても出なかった。つまり飲料の確保は最優先だ。


「でさ、まあ日持ちしそうなクッキーとビスケットは持っていくでしょ」

「ああ、」


 鞄に入れる。


「でさ、気付いたのはここなんだよ」

「ああ、」


 俺も気付いていた。


「これさ、この超辛口って書いているカレー。何でか今日は美味しそうに見えるんだよね。私、辛いのだめなのに」

「……」

「で、逆にこのチョコレートだよ」

「……」

「キミは、甘いの嫌いだよね」

「……ああ、」

「今は?」

「……美味そうに見える」

「でしょ」


 夏目はしたり顔で頷く。


「私は逆に今日は何でかこの甘いチョコレート口に入れる気しないんだよね」

「俺の場合はカレーが、だ」

「やっぱさ」夏目は言った。「味覚の好みとかさ、そういうのって今の身体に影響されたりってするのかな?」

「…………」


 俺は彼女の言葉に無言の賛成を見せた。

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