ふたり並んで
「お前って、いつから俺のこと樋口くんって呼ぶようになったんだっけ?」
「え、」と一瞬きょとんとする夏目。「ダメ?」
「いや、別にダメってことはないけど、ただ」俺は顔だけ夏目の方に向け、「昔は、ほら、名前の方で『はじめ』って俺のこと呼んでいたのにさ」
「それ、小学生の時の話だよ」
「そうだったか?」
「そうだよ」微笑む。「樋口一さまのことを『はじめ』だなんて、呼び捨てられるわけありませんでしょう?」悪戯っぽく言う。
そうか、と俺も笑い返した。そして、今度こそ、と俺は夏目に背を向けた。
「あ、ちょっと待って」夏目の声。
「ん?」
「あのね、」夏目は俺から目を逸らしつつ言う。「樋口くんはさ、」と小さな声で言う。「明日の後夜祭、予定とかって……、もうある?」
「後夜祭?」今の今まで、まったく頭に無かった言葉だった。「いや、別に何も無いけど」
そう言うと夏目は少し安心したように息を吐いた。
「じゃあさ、明日のキャンプファイアーの時間、ここに来てくれない?」
「ここ?」俺は図書室を指しながら、「図書室?」
「うん、ダメ?」
「ん、分かった来るよ」俺はできる限りの笑顔を見せる。「ちゃんと」
※※※
「コンバットマグナム……」俺はピストルと一緒に下駄箱に入っていた紙を読み上げた。「初心者にも扱いやすい銃。装弾数六発。支給弾三十発……」
声に出せば出すほど目の前にあるものが現実味を帯びてくる。これは間違いなく人を殺す道具だという
「…………、」
沈黙が拳銃に吸い込まれる。
「ねえ、樋口くん」とん、と夏目が言う。「私、やっぱりこれ持っていったほうがいいと思う」
「え、」不意の言葉に驚く。
「別に撃とうって気は、もちろん、無いけど。でもやっぱり持っていったほうが、いざ、って時に……」
いざ、って時。それが何を意味するのか、理解はしている。
「……意外と」言葉が出る。「意外と夏目って強かたんだな」
「それって褒めてる?」
「ん、どうだろう」
そういいながらも俺はピストルをしっかり握り締め、慎重に鞄の中に入れていた。
不思議と先ほどまでの、怖さ、は感じられなかった。
※※※
「私の名前、『月夜』でしょ」
下駄箱を一通り開け、コンバットマグナム以外にはビスケットを二人分見つけた後(夏目曰く「下駄箱に入ってた食べ物ってのは何だけどね」)、俺たちは外靴に履き替え外に出た。一先ず学園外に出られるかどうかだけでも確認しようと話し合った。
外に出るといつもより大きく見える満月が浮かぶ黒い空が見えた。
俺たちは肩を並べ、歩いた。
「だからね、こういう、月がきれいな日ってなんだかとっても好きなんだ」
俺は月光に手をかざしてみる。“夏目”の細い指がきらきらとその光を反射する。
「俺も好きだ」
「……え?」
「きれいな月」
「……ん、」
「今日はいい月だ」
「ね、」夏目がこくんと頷く。「なんだかなぁ、背が伸びたからかな、いつもより空が近い気がする」
「ああ、俺はいつもよりちょっとだけ遠く思える」
からから、と俺たち二人の声が月に返る。
月影に踊る俺たち。頭上を照らす満月のバックライトを存分に受けて、歩く。
「満月をさあ、キレイって思うのってさ、やっぱ東洋人のセンスなのかな?」
「ん?」
「西洋じゃあさ、狼男とかさ、そういうイメージじゃない。神秘的って意味じゃ同じだけどさ、やっぱりちょっと価値観みたいなのが違うのかなって思って」
「ああ」
「不思議じゃない? 同じ月なのにさ、兎と狼じゃ、全然違うでしょ」
「ん」
「今日の月はさ、どっちの月なのかな?」
「……」
「兎の飛ぶ月と、狼の吼える月と……」
俺たちは月の照らす月をただ進む。