ピストル
「ねえ樋口くん」
声のほうをみると夏目がこちらに向かって手をひらひらと振っていた。
「あ、夏目。図書委員の仕事?」
「うん」
図書室の前には長テーブルが置かれていて、本が題名の見えるように並べられていた。
「どれでも一冊五十円です。委員の家からもう読まない本を集めたの。意外な掘り出し物もあるから、どうぞ」
「って言っても」俺は本の山を探すふりを見せる。「掘り出し物すぎて欲しい本が見当たらないな、これじゃ」
「ふふ、だよね」夏目は表紙が布でできたぼろぼろの本を取り出す。「これなんていつから埋まってんだってくらいだしね。誰も買わないよね」
あはは、と声が重なる。
文化祭中の校内は騒がしくて、少しくらい騒いだほうが、正しい。
「で、樋口くんはこれからどこ行くの」
「ああ、羽柴のやつと、その……、ダンス部の舞台を見に」
俺は古ぼけた本の表紙を撫でた。
「ダンス部?」夏目は少しだけ考えた風を見せすぐに、ああ、と納得したような顔をした。「市田さんでしょ」
ん、と一瞬言葉に詰まるが「まあ」と正直に頷く。
「美人だもんね、市田さん。やっぱ樋口くんもああいうコが好きなんだ」
「いや……、」とちょっと見栄を張った。「そんなこと……、羽柴がどうしてもって言うから……」
ふ、と夏目は小さく息を吐いた。
「いいじゃない。私から見てもすごく魅力的だもの、あのコ」夏目は笑う。「羨ましくなっちゃうくらい、ホント」
引き止めてゴメンね、と夏目が言うので、俺は、ヤ、と返し体育館へ向かう。
けどその前に、
「そう言えば、夏目」聞かずにはいられなかった。
「ん……?」
「お前って――」
※※※
「そっちは!」
「ない!」
俺たちは下駄箱を端から片っ端から開けていく。とにかく隠されているという指輪を探し出そうとしているのだ。
つまり俺たちは考えないようにしたのだ。メガネウサギの言った、『コロス』という言葉の意味を。
まだ俺たちはこの現実をどこかで夢だと思っている。
だって、そうじゃないか、身体が入れ替わって、その上、殺し合い、だなんて。
「樋口くん!!」夏目が声を上げた。「これって……」
俺は急いで夏目のほうに駆け寄る。そこには。
「っ……!?」
言葉を失った。
淡い月明かりに光るソレは、実物なんて見たことは無いけど、一目で本物と分かるような、言葉では言い表すことができないような、一種の冷気を纏っていた。
「ピストル……」
どちらともなく呟く。
「これ触っても大丈夫なのか?」
「え、これ、持って行くの……?」
確かに、少し考える。
これを持ち歩くということはつまり、そういうこと、だ。
「ねえ、樋口くん。もしかしてホントに」
ホントにコロシアウノ?
本当に殺しあうの?
「本当に殺すのか? クラスメイトを……」
夏目と俺の視線が絡まって、俺はその線を解くのに必死になって苦労する。